第二章 vs 真の勇者

第1話

 勇者。



 それは、アレサたちのいる世界では、子供でも知っているくらいに有名なクラスであると同時に……他の職とは、一線を画す特殊なものでもあった。


 もちろん。

 世界各地に数々の伝説を残しているような、「最強」の代名詞とでも言うべき勇者職が、剣士や魔導士といった通常職と同じであるはずはない。だが、それを差し引いたとしてもその特殊性は際立っている。実のところそれは、一個人が人生の中で一時的に所属するクラス、というよりは……その個人そのもの。その個人の存在そのものを、表現する言葉だった。

 世界にたった一人だけその存在を許されている勇者は、生まれたときから勇者であることを宿命付けられる。本人の意思や努力などには一切関係なく、その「血筋」で、勇者であることを決められてしまうのだ。



 この世界に最初に勇者が生まれたのが、今から二百年ほど前。

 ……いや。

 より、正確さを意識して……今から二百年ほど前に、世界を脅かしていた当時の魔王を倒した一人の冒険者のことを、後の人間が勇者と呼び始めた……と言うべきだろう。


 その冒険者は、魔王にたどり着くまでに数々の障害を乗り越え、それだけで、別の大長編物語が作れるくらいに山あり谷ありの大冒険をしてきた。またその際には、魔王軍の率いるモンスターたちに支配されてきた妖精たちや、魔王が引き起こす世界の混沌に悩んでいた神々を助け、その報酬として、それらの超常的な存在から数々の祝福や応援を受け取ってきた。

 身体能力ステータスの向上や、特殊な能力スキルを授かってきたのだ。


 その力……いわゆる、『勇者補正』はその一代で消えることなく、その勇者の子、その孫へと引き継がれていく。当然、親の勇者から『勇者補正』を受け継いだ子供は、他の普通の人間には到底成し遂げられないような偉業を達成することができる。さらにはその過程で、また新たな祝福や応援を受けとることもありえる。


 そうやって、勇者の力は血筋とともに連綿と受け継がれ、一人の人間の中に凝縮され、濃縮されていった。ある意味では、その現象そのものを「勇者」と呼ぶ……なんて言ってもいいのかもしれない。


 いや……概念的な話はこのくらいに留めておこう。


 歴史書をひもとくと、初代の血筋を受け継いだ四代目の勇者が、当時から世界最大の領地を誇っていたゴールバーグ王国の王女と結婚したのが、今からおよそ百年前。それ以来、ゴールバーグ王家の第一子――第一王子、あるいは第一王女――は同時に、勇者と呼ばれる存在となった。


 その四代目が当時の四代目魔王を封印してからは長らく平和が続き、勇者という肩書もなかば名ばかりになりつつあったのだが……。八代目勇者のウィリア――本名、ウィリアミーナ・ド・オール・ゴールバーグ――の誕生とほぼ時を同じくして、彼女の祖先が倒しそこねた四代目魔王が、復活したという凶報が入る。

 その魔王を倒すため、勇者としての責任を果たすため、物心ついたころから王女ウィリアには厳しい訓練が与えられてきた。そして、彼女がその国での成人を意味する十六歳になったとき……満を持して、勇者ウィリアは魔王討伐の旅に出発したのだった。




 そんな……由緒正しい歴史を背負った八代目勇者ウィリアが、今……。


「ねーねー、お姉さんさー? 私のこと、知ってるー? ……知らないわけないよねー? だって確か私ってー、ちょっと前にこの街のこと? 救っちゃった? 的なー?」

 辺境の街ラムルディーアの道具屋で……。

「……あっあー! 違うよー⁉ 別に、恩きせちゃってるとか、そーゆーんじゃないよー⁉ ただ、あのときの戦いでがんばちゃった分、ちょっとはサービスしてほしいなー……ってゆーかー? この商品エリクサーが、私たちのお財布的にちょーっとだけ、お高いよーな気がするなーって話。まあ半額、とまでは言わないけどさー……例えば、三割引とかー? 最低でも、二割引くらいは…………ってゆーか、ぶっちゃけどこまでなら割引してもらえるかなー?」

 道具屋店員に、「ウザがらみ」をしていたのだった。



 イアンナと二位パーティとの戦闘を終え、無事に拠点地のラムルディーアに戻ってきたアレサとウィリア。彼女たちは再び魔王城へ出発するための準備として、必要なアイテムの買い出しにやってきていた。


「あははは……。え、えーっとぉ……どうなんでしょうねー……? 今、オーナーが留守にしてるんで、私の一存ではなんとも……」

 さっきから、苦笑いを浮かべているだけの店員の女性。

 実際に、ウィリアを含む勇者パーティがこの街を救ったことは事実なので、まだどうにか彼女も我慢しているようだが……そうでなければ、こんなたちの悪い客は護身用の武器を振り回して店から追い出していたところだろう。むしろ、そんな邪険な扱いが出来ない勇者が相手だったからこそ、余計にたちが悪かったのだ。


 そして、

「うふふ。もう、ウィリアったら」

 そんな、「迷惑モンスターカスタマー」と化したウィリアの横暴を止めることもなく。むしろ、公共の場で他人に迷惑を掛けまくる我が子を「あらあら。ウィリアちゃんったら、ヤンチャなんだからー」的な無責任な視線で、遠くから見ているだけの親バカ――というかバカ親――のような、ただのバカのアレサ。


 彼女たちは、これまでの冒険で立ち寄った街でも、何度もこんな調子で武器屋や防具屋で勇者割引ゆすりたかりを求めてきた。だからこの道具屋の店員も、この二人に目をつけられたのが運のツキということで、諦めるしかないのだった。

 いや……。


「分かったよー! もうこうなったら、大サービスっ! 書いてあげちゃおっかなー? ……サ・イ・ン。『道具屋さんへ エリクサーごちそうさまでした 勇者』的なやつー! もーう、特別だぞー?」

 そんなことを言ってウィリアが、普段から持ち歩いていたペンと羊皮紙を取り出したところで。

 道具屋の入口から、ウィリアを教え諭すような落ち着いた声が聞こえてきた。


「姫、そのくらいにしておきなさい。彼女も困っているだろう」

「あ……」

「あー!」

 振り返ってその声の主を確認したアレサとウィリアは、驚きの声をあげる。そして、「貴女は……」と、その人物の名前を呼ぼうとした。だが。

「ああっ! オルテイジア様っ!」

 その道具屋の女性店員がそれより早く二人を押しのけて、その人物……アレサの元パーティメンバーの戦士、オルテイジアに抱きついていた。


「すまないね。この二人は、少し常識が欠落しているんだ。私のほうからよく言い聞かせておくから、君はどうか気にせずに、自分の仕事に戻ってくれ」

「そ、そんな……」

 名残惜しそうに、すりすりとオルテイジアのシルバーの鎧に顔をこすりつけていている店員。彼女はそっとオルテイジアの懐に、さっきウィリアが必死に値切ろうとしていたエリクサーの瓶と、自分の連絡先が書かれた紙切れを入れようとする。

「申し訳ない。こういうのは、受け取れないんだ。……でも、気持ちは嬉しいよ」

 しかし、オルテイジアにそう言って優しく断られてしまい、しぶしぶという感じで、もといた店のカウンターに戻っていった。



 それから三人はその道具屋をあとにし、街の大通りに出てから、あらためて話を再開した。


「オルティちゃん、おっひさー!」

「……だ、誰かと思えば、オルテイジアじゃない」

 気を取り直して、ウィリアとアレサは自分たちがクビにした元仲間の女戦士・・・に話しかける。


「ひ、久しぶりね? 私が貴女をクビにしたときぶり……よね? てっきり貴女は、あれから王国に戻ったと思っていたのだけど……も、もしかして貴女も、私に復讐するために戻ってきたのかしら?」

「……あなた、も?」

「そ、それとも貴女、クビになったという現実がいまだに受け入れられなくて……『もう一度、仲間に戻してくれー』なんてお願いしにきたんじゃないでしょうね⁉」

「ふっ……」

 イアンナのことがあったので、また同じようなことになるのではないかと思って少し戸惑っている様子のアレサ。

「ま、まったく! もともとウィリアの国の王宮騎士団の団長だったくせに、見苦しいわよ⁉ 貴女は、パーティリーダーの私が『このパーティにはいらない』って判断したのよ! だから、いまさらどれだけお願いされたところで、もう戻れるわけがないのっ! い、いくら、ウィリアが所属しているこの『勇者パーティ』から離れるのが、惜しいからと言って……」

 そこで、


「ふ、ふふふ…………ハァーハッハッハッ!」

 我慢できなくなったオルテイジアが、勇敢で勇猛で勇ましい、笑い声をあげた。

「な、な、何よっ⁉」

 その様子に、アレサは動揺を隠しきれない。

「何を笑ってるのよっ⁉」

「ハ、ハハ……ああ、すまない。アレサが、自分たちのことを『勇者パーティ』なんて言ったものだから……つい、笑ってしまったんだ」

「だ、だから、それの何がおかしいって言ってるのよっ! だって、勇者のウィリアが所属しているのが『勇者パーティ』なのよっ⁉ だから、たった二人になってしまっても私たちが『勇者パーティ』であることは、何もおかしなことじゃあ……」

「実は……」

 自信に満ち溢れた様子のオルテイジアは、アレサの言葉を遮る。

 そしてようやく彼女は、凛とした勇壮な勇姿を見せつけるように胸を張って、アレサたちにその『事実』を告げたのだった。



「実は、かつてこの世界を救った伝説の勇者の血を引いているのは、ウィリア姫の祖先ではないのだよ。そのゴールバーグ家で代々王宮騎士として仕えてきた私の祖先こそが、由緒正しき勇者の末裔。すなわちこの私……オルテイジア・ディードリッヒ・スクワートこそが、真の勇者だったのだよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る