第4話

「ちょ、ちょっとオルティちゃん⁉ アレサちゃんに、何するのっ!」

 ウィリアが、アレサをかばうように彼女の前に出る。

「自分が勇者とかなんとか、さっきから変なことばっか言って……。し、しかも私が『アレサちゃんに誘拐された』とか、一番意味わかんないしっ!」

 適当な彼女は、いまだに状況をよく理解出来ていないようだ。


「やれやれ……」

 オルテイジアがまた呆れたように首を振り、天に掲げた剣を下ろす。そして、物分りの悪い子供に教え諭す教師のように言った。

「これは、ウィリア姫のためでもあるのだぞ? 自分の一人娘を、危険に晒したくない。まして、偽りの勇者として騙したまま、最凶最悪の魔王となんて戦わせたくない。そう思ったウィリア姫の父君のゴールバーグ国王は、今まで代々隠し通してきた真実をついに公表するという、立派な決断をされたのだ。自分の娘のウィリア姫は、実は勇者ではなかった。自分たちの王族は、勇者の血筋なんて引いていなかった。実際の勇者は、王宮の騎士団長である私の血族のほうだった。……私たちはただ、『悪い魔女』に騙されていただけなのだ、とね」

「は、はあっ⁉」

「だって、そうだろう? もしもゴールバーグ王家が、自ら進んで勇者を偽っていたと知られてしまったら……それを信じていた国民たちは、どう思う? 今まで勇者の血筋としての利権を不当に得ていたわけだから、当然反発は避けられない。暴動を起こす者も現れるだろうし、ゴールバーグの権威も地に落ちることになるだろう。だから、王家としてはどうしても、そこだけは認めるわけにはいかなかった。自分たちの代わりに、その反発を引き受けてくれる『悪者』を用意する必要があった。そんなときにアレサが、『パーティメンバーを片っ端からクビにする』なんて暴挙をしてくれて都合がよかった、というわけなのさ」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ⁉ そんなの、おかしいでしょうがっ!」

 淡々と話すオルテイジアに、今度はアレサが声を上げる。

「確かに、私が貴女たちをクビにしたことはヒドい暴挙だったかもしれないけど……だ、だからって、それだけで私がウィリアの国を大昔から騙してたとか言うのは、無理があるでしょっ⁉ っていうか、私一人を『悪者』にしたって、それだけじゃ全然説明にならないでしょっ⁉」

「ふ」

 しかし、やはりオルテイジアは動じない。

「確かに。ただの人間のアレサが、四代目勇者を王国に迎え入れた百年前からずっと、ゴールバーグ王家の人間を騙し続けていた……なんて言われても、誰も信じないだろうな。だがもちろん、ゴールバーグ王の考えた『シナリオ』は、そこもちゃんと解決されているぞ?」

 そこで彼女はまた、大声で宣言するような口調になる。


「魔女アレサ! 貴様の正体は実は、すでに三百年以上生きているモンスターだったのだっ! 今のその姿は、実は偽りのもの! そうやって姿を変えながら、歴代の勇者たちに取り入ってきたのだな⁉ 貴様の人並み外れた魔法の力も、『世界一愚かな賢者』と呼ばれる奇行も、実はそれが理由だったというわけだ!」

「は、はぁっ⁉ 私が、モンスター⁉ だから、そんなバカな話が…………⁉」


 そこで、アレサは気づいた。

 さっきから、オルテイジアがときどき仰々しい話し方になっていた理由。それはどうやらその言葉が、アレサたちだけに向かって言っていたわけではなかったからなのだ。



 今彼女たちがいたのは、辺境の街ラムルディーアの大通り。その通りに面して、さっきの道具屋の他に、武器屋や宿屋、酒場などの多くの店や家屋が並んでいる。


 その建物の中、あるいは二階建てのベランダや窓から……、

「きゃー、勇者様ーっ!」

「そんなモンスター早くやっつけて、姫を助けてあげてーっ!」

「いけーっ! やっちまえーっ!」

「おるていじゃー! がんばえーっ!」

 老若男女さまざまな住民NPCたちが顔をのぞかせ、オルテイジアを応援している。オルテイジアは、そんな彼ら彼女らに自分の『シナリオ』を聞かせるために、さっきから大きな声をあげていたのだった。


「こ、これって……」

「ふふ」

 アレサのその視線に気づいたオルテイジアが、小さく笑う。

「この街の人たちには、勇者の活躍を後世に残すという役割を担ってもらう。だから、これから私が行うことを正当化するための説明ゼリフが必要だったのさ。……こういうの、勇者ヒーローっぽいだろう?」

 周囲の人間には、勇者オルテイジアの言葉を少しも疑っている様子がない。

 すでに、「ウィリアではなく彼女が真の勇者だった」という真実と、「魔女アレサが周囲を騙していたすべての元凶である」という捏造は、同程度の信憑性をもって街の人々に受け入れられてしまっているようだった。



「さあ、魔女アレサよっ! 覚悟するがいい! この勇者オルテイジアの聖なる光の力で、お前の悪しき魔力を打ち倒してやろう!」

 また、周囲に聞かせるように声を上げるオルテイジア。それとともに、剣を持つ右手をかざして、その手の甲に紋章を浮かび上がらせる。するとまた、そこからまばゆい聖なる光が放たれた。

「くっ……な、何をっ⁉」

「ふふ。聖なる光で浄化ダメージを受けるのはアンデッドや邪な心を持ったモンスターだけで、ただの人間にはこの光はなんの効果もない。だが……それっぽい雰囲気は出るだろう? 『これから強敵に挑む勇者』って感じするだろう? まあ、一種のファンサービスだな。ああ、でも……もしも可能なら、『光の力で魔法が解けて、モンスターとしての正体を現した』というていで、このタイミングで何か魔女っぽい姿にでも変身してもらえたりすると、街の人々ギャラリーたちも喜んでくれると思うのだが……?」

「そ、そんなこと、するわけないでしょっ⁉」

「まあ、そうだろうな。冗談だ。さて、御託はこのくらいにして、そろそろ魔女狩りを始めようか。ふふ……姫を返してもらうぞ、魔女アレサよ⁉」

「……くっ」


 光を放ったままの右手で、妖精王の聖剣を構えるオルテイジア。

 今にも斬りかかってきそうな彼女の気迫に、アレサも警戒を強める。

 かつては仲間だったはずの二人の間には、もはや「どうあっても避けることのできない戦闘」に対する、緊張感が張り詰めていた。




 ……と、そこで。

 その街の大通りを突然、強い風が吹いた。


 その風は、激しい戦闘がいまにも始まりそうな二人の間を通り抜け、ちょうど中間あたりにいたウィリアに直撃する。

「きゃっ」

 そして、油断していた彼女のスカートを巻き上げ……その、ぷにぷにの太ももをあらわにした。


「っ⁉」

 普段からウィリアのことを愛おしく想っていて……むしろ、その想いが若干強すぎるくらいのアレサ。勇者でお姫様のウィリアにいつも「おあずけ」されていた彼女は、その想いをこじらせ、常に頭の奥ではウィリアに対するアレやコレのいかがわしいことでいっぱいだった。

 そんな彼女にしてみれば、ウィリアのたまさかの柔肌ラッキースケベは、まさに砂漠の中のオアシス。空腹時のごちそうだ。当然、見逃すことなんてできるわけもなく……光の速度を超えているかと思うほどの超スピードで、スカートを抑えるウィリアのほうに顔を向ける。


「ぐふ……」

 それどころか、風が収まってめくれ上がっていたスカートもすっかり直ってしまったあとも、さっきの光景を忘れることが出来ずに、その記憶を何度も何度も頭の中で反すう・・・してしまい……。さらには、その太もものさらに先へと進んだ、ウィリアの下着や……その「向こう側」のことまで、妄想してしまい……。

「げへ……げへへ…………う……うぎゃーっ⁉」

 完全に脳内を邪な心・・・に満たされていたアレサは、まだオルテイジアの右手の紋章から出ていた聖なる光の力によるダメージで、勢いよく後方にふっとばされるのだった。


「え……」

 その様子に、ドン引きしているオルテイジア。

「『聖なる力』でダメージって……ア、アレサお前、どんだけいやらしいこと考えてるんだよ……」

 いまだにスカートを抑えるポーズのままのウィリアも、「もーうっ、えっち!」と、アレサに軽蔑の目を向けている。


 さらには、

「ざわざわ……聖なる光でダメージ受けたってことは……」

「ざわざわ……あいつ、本当にモンスターだったんだ……」

「ざわざわ……やっぱりね。私、ずっとそうじゃないかと思ってたのよ……」

 遠くから様子を見ていたギャラリーたちにいたっては、今の出来事で「アレサが魔女である」という『シナリオ』を確信してしまったようだ。


 自らの欲望で、自分自身の状況をさらに悪化させてしまうという……こんなときまで『世界一愚かな賢者』の二つ名にふさわしいアレサなのだった。

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