第5話
「な、なかなか……やるじゃないの……」
口の端から一筋の血を垂らしながら、まるで「かつての仲間と望まぬ死闘を繰り広げた結果、深手を負ってしまった」とでもいうように、カッコつけているアレサ。
しかし、それは実際には……ウィリアに対してモンスター級の
そのことは、アレサ自身が一番分かっていたので、
「で、でも……このまま貴女のシナリオ通りにはさせないわよっ!」
と、恥ずかしさを誤魔化すように、彼女は強引にバトルを始めた。
「はぁっ!」
アレサが気合の声ととも、両方の手を大地につける。すると、オルテイジアの周りに植物のツタが生き物のようにウネウネと伸びて、彼女に絡みつこうとした。それは土中に埋まった植物を急速に生長させて操る、土属性魔法だ。
視界が届かない死角も含めた周囲360度を取り囲むツタが、同時にオルテイジアを拘束しようとする。
「ふん」
しかし、勇者オルテイジアにはそんなものは何の障害にもならない。まるでダンスでも踊るように、シルバーの鎧姿とは思えないような華麗さでその場で回転し、一太刀ですべてのツタを根元から剣で刈り取ってしまった。
「まだまだっ!」
間髪入れずに、アレサは次の行動に移る。
刈り取られたツタの残骸の一つに触れて、魔法でそれに火をつける。すると、そのツタから別のツタへと導火線のごとく火がうつっていき、またたく間にオルテイジアの周囲を炎が取り囲んだ。どうやら、そのツタが刈り取られてしまうことは予想していたらしく、さっきそれを生長させる前に地面に着火剤のようなものを混ぜていたらしい。しかし、勇者にはそれも通用しない。
「……無駄だ」
彼女はその場で大きくジャンプをして、炎が自分に触れる前に逃れる。しかもその勢いを利用して、妖精王の剣で斬りかかってきた。
「魔女アレサよ、姫を返してもらうぞ!」
「くっ⁉」
魔法の二連撃をノーダメージでかわされてしまったアレサには、次の魔法を準備するまでにスキが生じる。そんな無防備な彼女に、オルテイジアの渾身のジャンプ斬りが炸裂する……その直前で。
カキィーンッ!
「させないよっ!」
アレサの前に飛び出してきたウィリアが、その攻撃を自分の剣で受けとめていた。
「ああ、魔女に操られている哀れなウィリア姫……」
攻撃が不発に終わったオルテイジアは慌てることもなく、着地と同時に体勢を低くして、ウィリアに足払いを掛ける。
「私が、目を覚ましてあげましょう!」
「だ、だから、ヘンなこと言わないでよっ⁉」
その足払いを、軽いジャンプでかわすウィリア。そこから、さっきのオルテイジアのようにジャンプ斬りに移行しようとする。しかし、
「やれやれ……誰が、あなたに戦闘術を教えたと思っているのだ!」
王宮騎士団の団長として幼い頃からウィリアに戦闘術や騎士道を教えてきたオルテイジアには、それは完全に想定内の行動だったようだ。足払いを途中で
「ゔっ!」
ジャンプ中で身動きがとれなくなっていたウィリアは、頑丈な鎧に包まれたオルテイジアの強烈なその体当たりをモロに食らってしまう。そして、彼女の小さな体は街の大通りを勢いよくふっとばされてしまった。
「ウィリアっ⁉」
慌ててアレサが彼女に駆け寄る。
そして、倒れたウィリアを抱き起こして回復魔法の準備をしながら、
「オ、オルテイジア、貴女! 王宮騎士団のくせに、
と、当然の主張をしようとする。しかし、
「アレサ貴様……ウィリア姫に何てことをするんだっ! 絶対に許さんぞっ!」
と叫んだオルテイジアによって、それはかき消されてしまった。
「は、はぁ⁉」
普通に考えれば、自分でウィリアをふっとばしておいて、あまりにもデタラメな言葉だ。しかし、それを聞いた周囲の街人たちにとっては、それは全然デタラメではなかった。
「ヒ、ヒドい!
「姫様にあんな恐ろしいことができるなんて、やっぱりモンスターだったんだわっ!」
「おるていじゃー! ごくあくあれさを、ゆるすなー!」
「な、何よ……これ」
自分の理解を超えた状況に、アレサはとまどいを隠せない。
「ふふ……」
オルテイジアは、周囲から自分に送られる声援に手を振って応えながら、アレサたちにだけ聞こえる音量で、その状況を説明した。
「不思議なものだな……。人は、頭の中に強烈な先入観があると、それが勝手に眼の前の真実を書き換えてしまうらしい。『世界を救う勇者がお姫様を攻撃するはずがない』という人々のイメージは、さっきの出来事を正しく認識できなかった。その代わりに、私が用意した『魔女アレサが悪者』というシナリオがそれを上書きしてしまったのだ。まあ……これも、『勇者補正』の一つなのだろう。自分の目で見たことでさえこれなのだから、すべてが終わって街人が広めたウワサの中では、さらに強調されていることだろうな。『悪役魔女アレサと正義の味方の勇者オルテイジア』という構図が」
「なによそれ⁉ そ、そんなの、バカげてるわよ!」
しかし、そんな当然の反論をしようとするアレサに対して、
「邪悪な魔女め! もう、姫様を操るのをやめるんだっ!」
「消えろ、魔女ーっ!」
「これでもくらえーっ!」
周囲の街人はオルテイジアの言葉を証明するかのように次々と罵倒を浴びせ、家の中から物を投げてくるのだった。
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