第2話
「おっつー! 二人とも、おっひさー! あたし、やっぱりアレサたちのパーティ抜けるなんてヤダから、ついてきちゃったよー! お願いだから、クビなんて考え直して、もう一度みんなで…………って」
小屋に入って中を見渡したあたしは、予想外の光景に絶句してしまった。
っていうか、普通に二人がいねえ……。
その小屋は、中央にテーブルと椅子がある以外はほとんど家具らしい家具のないボロボロのプレハブみたいで、探すまでもなく、誰もいないことはすぐに分かった。
あれ? あれれー?
た、確か前回のループだと、あの子たち今の時間はこの小屋にいたはずなんだけどなー……。あたしがあの子たちを説得する時間くらいは、あったと思ったんだけどなー…………ま、まさか⁉
気づいたあたしは部屋を飛び出して、慌ててラストダンジョンの先へと進む(もちろん、途中でモンスターにエンカウントしたときは、時間を戻してそいつに会わないルートを選ぶように変更して)。
そして、一番奥に控える魔王のところまでやってくると……そこには、
「う、うう……ア、アレサ、ちゃん……」
「こんなことに、なるなんて……。ウィリア……ごめん、なさい……」
あ、あー……。
「もしも……私たちが生まれ変わったら…………」
「私たち、来世でもずっと一緒よ……。愛しているわ、ウィリア」
「私も、愛してるよ……」
すでに瀕死の状態で、魔王にトドメを刺される直前って感じのアレサたちがいた。二人は、前回よりもずっと早く魔王戦に挑んでしまっていたらしい。
「もおーう、なんなんだよー! 話が違うじゃんかよーっ!」
魔王やアレサたちに気づかれることも気にしないで、つい大声をあげてしまう。
で、でもまあ……実はこういうことって、たまにあるんだよね。いわゆる、バタフライ・エフェクトってやつ?
『
でも実際には、毎回同じ行動をとることなんて、不可能だ。
例えば、ループする時間の中であたしが同じ場所とタイミングでサイコロを振るとしても……そのサイコロを手元で転がす回数、手放す角度や力加減は、毎回微妙に変わってしまう。だから、出る目も毎回違うし、当然それによってその後の展開も変わってきたりする。
あたしは今回も前回も、アレサたちの後を尾行してここまでやって来た。
でも実は前回は、途中でうっかりアレサたちに尾行を気づかれちゃったり。あるいは、自分だけモンスターに襲われそうになっちゃったことが何回かあって、その度に時間を戻してそれを回避して先に進んできたわけだけど……。
でも今回は、どうやったらそういうことになるかってことが先に分かっているから、そもそも最初からそうならないような行動をしてきちゃってる。アレサたちが後ろを振り向くタイミングも、モンスターにエンカウントする場所も覚えているから、事前にさり気なくアレサたちを誘導したり、こっちに気づいてないうちにモンスターを追い払っちゃったりしてきた。
そういうアレコレの秘密工作が、前回のループとの微妙な違いとなって、直接的じゃなく間接的に今回のループに影響を与えてしまうことはあると思う。例えば、あたしの尾行が上手くなったおかげで、余計な注意を払わなくてよくなったアレサたちが、小屋に着くのが早くなったとか。モンスターとエンカウントする回数が減って、休憩の時間が短くなったとかね。
ま、しゃーない。
それならそれで、今回の失敗はまた次に活かせばいいよね。……ってことでー、
「だる・せーにゃっ!」
あたしはいつものように、(あたしを転生させた女神が勝手に決めた)そんなクソダサ恥ずかし呪文を唱えて、時間を巻き戻した。
……………………………………………………
「なっ⁉」
「あー、エミリンだー」
「おっつー! 二人とも、おっひさー!」
小屋で待ち構えていたあたしに対して……アレサは驚きの表情、ウィリアは普通に町中で会ったときみたいに挨拶してきた。ここまで何回も尾行してきてて全然久しぶりとか思ってないあたしも、一応それっぽい挨拶を返す。
二人がここにくること自体はほとんど確定してたから、今回は先回りして待ち伏せさせてもらったってわけ。
「な、なんで貴女が……⁉ っていうか、非戦闘職の吟遊詩人に過ぎない貴女が、どうやってこんなところまできたのよっ⁉」
「まーまー、そういう細かいことは気にしない気にしなーい。とりあえず、茶でもシバきながら、ちょっとお話しよっ?」
そう言いながらあたしは、そのボロ小屋にもともとあったボロテーブルの、驚いて立ち尽くしていた彼女たちの前の席に、カップとグラスを一つずつ並べる。そして、アレサのカップには紅茶、ウィリアのグラスにはオレンジジュースをそそいだ。
このカップや飲み物、それからお茶を煎れるためのティーセットは、わざわざダンジョンの山の麓の街まで行って調達してきたものだ。パーティをクビになる前に一緒に冒険をしていたときに知った、彼女たちが好きな飲み物だ。
だって、こうしないと……、
「な、何を言ってるのよっ⁉ ここは、貴女みたいな人には危険すぎるわっ! 怪我をしないうちに、私が魔法で……」
「あー、オレンジのジュースあるじゃーん⁉ やったー!」
あたしが用意したオレンジジュースに気づいて、ウィリアがものすごいスピードでテーブルのところにやってくる。そして、そのグラスを両手で持って、何かを訴えかけるようにアレサを見る。
「ほらアレサちゃん、ほら! いつものヤツ、おねがーい!」
割と文明は発達してるっぽいこの世界だけど、さすがに冷蔵庫とか保冷剤とかはないから、街から瓶に入れて持ってきただけのジュースはぬるくなっちゃってる。だからウィリアは、アレサに魔法でそれを冷やして欲しいって言ってるんだ。当然、ウィリアにそんなふうに頼まれたら、アレサは断れない。
「わ、分かったわよ。せっかくだから、とりあえず飲み物だけはもらって……話はそれからにしましょうか」
アレサはそんなことを言ってウィリアのオレンジジュースの中に氷を出現させて、自分もテーブルの席に座った。
よっし。ここまでは、オケ。
実はあたし、前回アレサたちが魔王に倒されちゃったループから今回までに、追加で、五回は同じ「今日」を繰り返してきてる。
だってアレサってば……小屋で待ち伏せしてたあたしを見るなり、「ここは危険だから」とか、「非戦闘員はすぐに帰ったほうがいい」とか言って、ろくに話も聞かずに
あとは、このジュースやお茶を飲んでいる間に、このまま魔王と戦うのをやめてもらえるように二人のことを説得して……。
なんて、思ってたのに……。
「ゴクゴクゴク……ぷはぁーっ! おいしぃーいっ! あれー、もうこのジュースないのー?」
え……?
「もう、ウィリアったら……。そんなジュースくらい、私たちが魔王を倒して結婚したら、いくらでも飲ませてあげるわよ」
「あ、そっかー。そうだよねー」
あれ……?
「そうと決まったら、善は急げよ! さっきまでは、一旦ここで休憩しようかとも思ってたのだけど……そんな場合じゃないわね⁉ もう、出発しましょう!」
「うん!」
あ、あれれれれ……?
「というわけだから、エミリ! 飲み物ありがとう。久しぶりに貴女に会えたことも、嬉しかったわ。でも、ここからは私たちだけの問題だから!」
「い、いや、ちょっと待って……? ア、アレサ、あたしの話を……」
「
「じゃーねー。バイバーイ」
おい、マジか……。
あたしは結局、今回も街に戻されちゃったわけで……。
当然、今から山を登ってアレサたちを追いかけても、間に合うわけはない。着いた頃には……。
「う、うう……ア、アレサ、ちゃん……」
「こ、こんなことに、なるなんて……」
「もしも私たちが、生まれ変わったら…………」
「私たち、来世でもずっと一緒よ……」
……とか言って、アレサたちは魔王に倒されちゃったあとなわけで。
あ、あいつらぁー……。
ホントに人の話きかねえなっ⁉ あんなんだから、『愚かな賢者と適当勇者』とか呼ばれちゃうんだよっ!
……はあ。
とりあえず、ジュースの瓶はあと二、三本追加で持ってこよ。あと、お茶菓子にケーキとかも必要かな。
あの二人と普通に会話するだけのことが、自分が思ってたよりもそうとう難しいってことが分かって……若干呆れながら、あたしはまた時間を巻き戻した。
……………………………………………………
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