第15話

「はあぁぁーっ!」

 オルテイジアが、気迫のこもった掛け声とともに切りかかってくる。

「ふんっ!」

 アレサはこれまで何度もしてきたように、風の魔法による風圧で、その攻撃を受け流そうとする。しかし、

「なっ⁉ は、速い!」

 その剣のスピードは、これまでのいかなる攻撃よりも、アレサがこれまで戦ってきたどんな剣士の太刀筋よりも――二位パーティのサムライ少女の居合抜きよりも――速かった。風の防御は間に合わず、オルテイジアの剣がアレサの体を切り裂く。


「くっ……」

 いや。アレサは事前に、【盾】の付与術を有効化していたようだ。その攻撃は直撃したが、なんとかノーダメージで済んだ。

 しかし、オルテイジアはそこから更に畳み掛ける。

「だあぁぁぁーっ!」

 剣を振り切った勢いを利用して、重装備の鎧姿とは思えないほどの機敏さで、そのまま体当たりを仕掛けてくる。

「あ……」

 残り一回だけ印の用意がある【盾】を使うか、それを温存するために、とりあえず体当たりは風の魔法でやりすごすか……。

 アレサの中で、一瞬の躊躇ちゅうちょが生まれる。


 その一瞬で、

「ぐぁっ!」

 更に加速したオルテイジアの体当たりが、アレサの体にクリーンヒットしていた。


「ま、まずぃ……」

 凄まじい勢いで後方に吹き飛ばされ、自分の視界からオルテイジアの体が消える。その状況が、すでにかなりの危険信号を意味していると察知したアレサは、今度は躊躇しなかった。

 自分の体にある最後の【盾】の付与術を有効化すると同時に、瞬間移動テレポーテーションの魔法――実際のところは、風属性魔法の突風で自分の体を吹き飛ばしているだけ――を同時詠唱して、その場から退避した。


 その決断は、正しかったようだ。

 【盾】が発動した直後のギリギリの瞬間に、オルテイジアによる追撃がアレサを襲う。さっきの体当たりはアレサの態勢を崩すことが主目的で、その後の追撃で勝負を決めるつもりだったのだろう。


 もちろん、その追撃は一撃で終わらず、一撃が必殺級の攻撃力をもった連撃だ。だが、どうにか瞬間移動の魔法でオルテイジアから距離を取ることが出来ていたので、食らったのは最初の一撃のみ。その一撃も、【盾】によって防いだことでダメージはなかった。


 【盾】と瞬間移動、どちらかだけだったなら、確実にその時点でアレサの敗北が確定していた。王国の元騎士団長にして、世界中の冒険者の頂点ともいえるランキング一位パーティの前衛、さらには伝説の勇者でもあったオルテイジアが本気を出せば、後衛が専門の賢者アレサが近接戦闘で敵うはずがなかったのだ。


「はあ、はあ、はあ……」

 すでに息があがって肩を揺らしているアレサ。

「……ふ」

 瞬間移動で視界から消えたアレサの姿をすぐに見つけて、とどめを刺すべくオルテイジアが近づいてくる。【盾】の印を使い果たした今の状態では、もうさっきのような攻撃を防ぐことは出来ない。彼女の攻撃の射程距離に入った時点で、アレサは瞬殺されてしまうだろう。

 しかし、一旦距離が取れた今ならば、アレサにも利はある。


 というより、相手の直接攻撃が届かない中距離戦こそ、魔法を極めた賢者の真骨頂だ。当然アレサは、自分がその距離になるように計算して、瞬間移動したのだ。


「はっ!」

 大地に両手をつき、地属性魔法をかける。

 次の瞬間、オルテイジアを中心とした半径五メートル程度の大地が波打つようにうごめき、障害物がなくなって平らにならされる。しかも、その円形の整地された大地には、色の異なる数種類の土を使って奇妙な模様が描かれている。

「いでよ、【霊亀ケートス】!」

 アレサのその呼び声とともに、大地に描かれた模様が輝く。そして、地震のような大きな揺らぎとともに、地面から口を開けた魚のような巨大な怪物が姿を現した。


 それは、この世界の魔法の第二分類にあたる、精霊魔法の一種――あらかじめ契約を交わした異世界の怪物を呼び出して、物理法則を超越した様々な効果を引き起こす――召喚魔法だ。


 通常、強大な召喚獣を呼び出すには、その強大さに見合うくらいに大きくて複雑な魔法陣が必要となる。だからそれを使う召喚魔導師は、あらかじめ魔法陣を描いてある場所に敵をおびき出すか。あるいは、パーティの前衛が敵を引きつけている間に急いで魔法陣を描く必要があるのだが……。

 あらゆる魔法に精通した賢者アレサであれば、地属性魔法で大地を作り変えることで、短時間で『魔法陣が描かれた地形』を用意することも可能なのだった。


「くっ!」

 召喚獣の巨大な口に、オルテイジアが飲み込まれる。その化け物はそのまま上空に飛び上がり、まるでイルカが海面で大きくジャンプをして再び水中に戻るように、出てきたときの地面の魔法陣に飛び込もうとする。

 しかし、

「はぁっ!」

 その巨大な化け物の体に直線の切れ目が入り、二分割されて斜めにずれる。そして、その切れ目からオルテイジアが飛び出してきた。

 本来は、異世界からの召喚獣をこの世界の人間が攻撃することなんて出来ない。だが、勇者補正という特別な力を受け継いでいて、妖精王からもらった剣を手にしていたオルテイジアならば、それも可能だったようだ。


 致命傷に近いダメージを受けた召喚獣は体が水のように溶けて、その水がボトボトと魔法陣の描かれた大地に落ちていく。きっと死んだわけではなく、もと来た異世界に戻っているだけだろう。

 かなり上級の召喚魔法だったはずだが、勇者オルテイジアには効果はなかった。


 だが、アレサもそれは想定内だった。

「【朱鳥フェニックス】!」

 すでに、火と風の魔法を使って上空に火文字のような別の魔法陣を描いていたのだ。その魔法陣が輝き、向こう側から炎に包まれた怪鳥が出現した。

 ゴォォーッ!

 炎が燃え上がる効果音のような鳴き声とともに、その炎の鳥がオルテイジアに向かっていく。

「はぁっ!」

 オルテイジアは素早く剣にオーラを貯め、剣撃を飛ばす。それによって、怪鳥は真っ二つになる。


 だが、炎で構成された鳥は、体を切り裂かれても影響がない。まるで火が燃え移るように別れた体が再び合体して、オルテイジアに向かってくる。しかも、その途中でアレサが火属性魔法で用意していた、サーカスの曲芸で見るような炎の輪を何個もくぐり、その度にそれを吸収して更に体を大きくしていく。

 そして、最初に召喚されたときよりもずっと巨大になった炎の塊が、地上のオルテイジアに激突した。


 ドォォォーン……。


 

 あたり一面をあっという間に焼け野原にしてから、役目を終えた炎の鳥は消える。

 その被害の中央付近に、苦痛の表情のオルテイジアがいた。

「く……」

 凛々しい顔も、紫色の髪も、焦げて黒ずんでいる。身を包んでいた金属鎧も弱い接続部が焼き切れて、半分近くが外れてしまっている。これまで見たこともないほどに、かなり痛々しい姿だ。

 凄まじい炎のエネルギーが直撃しては、流石の勇者も無傷というわけにはいかなかったようだ。


 しかし、本来であれば生きていることなんて不可能なくらいの最強召喚術の二連撃を食らって、その程度で済んでいる事自体が奇跡なのだろう。

「なかなか、やるな……」

 オルテイジアがつぶやく。

「貴女もね……」

 強力な魔法を連続行使して呼吸が荒くなっているアレサも、それに応える。


 お互いに、相手を殺害するくらいの、全力による攻撃の応酬だった。それくらいでなければ、物理攻撃あるいは魔法攻撃の頂点ともいえる自分の相手に勝つことは出来ない。それが分かっているのだろう。




「アレサ、ちゃん……」

 二人の戦いの被害が及ばない少し離れた位置から、心配そうな顔でウィリアがそうつぶやいた。

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