第16話

「はあぁーっ!」

 鎧を脱ぎ捨てたことによって、更に身軽になったオルテイジアの攻撃。

 対するアレサは地形を変化させ、大きな岩を盾代わりに自分の前に出現させる。しかし、そんなものは紙切れ同然とばかりに、オルテイジアの剣はその岩を真っ二つにして、その後ろのアレサまで到達する。

 もう【盾】の付与術の印はない――もちろん、新しくその準備をする余裕もない。アレサは風属性魔法の風圧でそれを防ごうとする。


「……ゔ、ぁっ」

 しかし、その程度では防ぎきることができず、風魔法の壁ごしにやってきた衝撃波によって、アレサの体が空に吹き飛ばされる。すかさず自身も高くジャンプしたオルテイジアが、剣を振りかぶって追い打ちをかけようとする。


「なにっ⁉」

 だが、岩を切り裂いた剣、それから彼女の手足には、細いツタ植物のようなものが絡みついていた。さっきの岩に、アレサが魔法の罠をしかけていたのだ。

「だぁっ!」

 アレサは魔力でツタ植物を動かし、飛び上がっていたオルテイジアを大地に叩きつけようとする。


「……ふんっ!」

 慌てることなく、剣の向き先をツタのほうに変更するオルテイジア。そのツタは何重にもねじりあわされ、魔法で強化もされて、そう簡単には切れないようになっていたはずだが……勇者の一撃には、簡単に切断される。

 しかし、その動作をしているうちに吹き飛ばされたアレサは距離をとって体勢をたて直してしまい、追い打ちは間に合わなくなった。




 そんな調子で。

 それからも、二人の激しい攻防は続いていた。


 かつては、世界中の冒険者の中で一位と言われたパーティに所属していた二人。それも、世界一の実力をもつ賢者と、祖先代々の力を引き継いできた勇者。

 まるで、子供同士のごっこ遊びに出てくる「オレ、伝説の勇者だから!」、「じゃあオレは魔法最強の賢者ー!」的な……人類の頂上決戦だ。実際に戦ってどちらが強いのかは、誰にも分からない。もしかしたら実力は互角で、この勝負は永遠に終わらないのではないか……。

 そんな錯覚さえするほどに、二人の壮絶な戦いは続いていた。


 だが……。

 その勝負の決着は意外にも、あっさりと決まってしまうことになった。




「あぁぁーっ!」

 オルテイジアが駆けてくる。

 アレサは火の壁ファイア・ウォールを何回も出現させてそれを妨害しようとするが、身軽なオルテイジアは少しもスピードを緩めることなく、アクロバティックに体をひるがえしてそれらをよけてしまう。

 そして、アレサが自分の攻撃の射程距離に入った瞬間、また目にも止まらない速度の攻撃を繰り出してくる。もう、大地の壁も風の盾も間に合わない。


「はあっ!」

 だから、アレサは防御でなく積極的な攻撃でそれに対抗する。

 最強の火属性魔法――それは同時に、アレサが最も得意としていて、最も高速に行使できる魔法でもある――火柱メルト・ハイ爆発・グレネードを使って、ものすごい爆風とともにオルテイジアを吹き飛ばしてしまった。


「くっ……」

 飛ばされた先にもすでにアレサが準備した炎の壁があり、オルテイジアの身動きが取れないように取り囲んでいる。彼女は剣でそれを振り払おうとするが、すでにアレサはその一手先をいっていた。

「これで、終わりよ! 【朱鳥フェニックス】!」

 上空に火文字のような魔法陣を描いて、もう一度、さっきの炎の鳥を召喚していたのだ。それも、今回はオルテイジアの周囲三箇所に魔法陣があり、それらから一羽ずつ、合計三羽の炎に包まれた怪鳥がオルテイジアに向かっていく。

 さきほどからアレサが火属性魔法ばかり使っていたのも、このための布石だったのだろう。周囲に残っていた火を吸収した三羽はどんどん炎の範囲と密度を増して、もはやマグマにも見えるような圧倒的なエネルギーを蓄えている。さっきの一羽でさえかなりのダメージを受けていたのに、こんなものを喰らえば本当に「終わり」だ。

「く、くそっ……!」

 向かってくる三羽のマグマからは逃げ切れない。剣でかき消すことも出来ない。忌々しそうにオルテイジアが顔を歪める。

 やがて、アレサの召喚獣たちの体当たりが、逃げ場のないオルテイジアに炸裂した……はずだったのだが。


 シュゥゥゥ……。


 突然、その三羽の炎の鳥が火種が燃え尽きたかのように小さくなっていき……あっという間に、消えてしまった。その召喚獣は、アレサがそれまで周囲に巻き散らかしていた炎のエネルギーも吸収していたので、そのエネルギーも一緒に消えてしまっている。

「あ……」

 それは、あまりにも単純なミスだった。

 初級魔導師ならまだしも、アレサほどの達人の賢者にはありえないような、初歩的なミス。それだけ、今の彼女が切羽詰まっていて余裕がなかったということなのだろう。


 魔力切れ。


 あまりにも負荷の高い上級魔法をいくつも連発したおかげで、自分の精神力の限界を超えてしまい、炎の鳥を召喚していた魔法陣を保つことができなくなった。契約によってこの世界に召喚されていた怪鳥たちは、出入り口ゲートである魔法陣が崩れてしまうとこの世界に居続けることができず、自動的に消えてしまうのだ。


 炎の鳥とともに周囲の炎の海もすっかり鎮火して、その周囲一体の火属性エネルギーもなくなる。

 その反対属性である水系の力が強まり、急激に気温が下がって空気はヒンヤリとしている。


 ガク……。

 精神力とともに、立っているだけの気力も失われて、その場に崩れ落ちるアレサ。彼女の前には、いつの間にかオルテイジアが立ちふさがり、ピンク色の刃の剣を突きつけていた。

「勝負、あったな……」

 もはや、どうあっても動かすことの出来ないくらいに決定的な……決着の瞬間だった。




 剣を振りかぶるオルテイジア。

 あとは、それを下に振り下ろすだけで、眼の前で膝をついているアレサは「終わる」。魔力切れの賢者には、その一撃を防ぐことなんて出来ない。

 決着の瞬間だ。


 そして勇者は、その剣をかつての仲間である賢者に向かって振り下ろ……そうとした。



 しかしそこでオルテイジアの視界に、こちら・・・を見つめている少女の姿が入る。彼女は真っ直ぐに、こちら・・・を見ている。今にも泣き出しそうな表情で、まばたき一つせずに……自分ではなくアレサ・・・を見つめている。

 自分の想い人のウィリアが、アレサが倒されそうになっている状況に、悲しみの顔を向けている。


「……あぁ」

 オルテイジアの思考が、一瞬止まる。

 その剣も、アレサに当たる直前で一瞬スピードが遅くなる。


 その瞬間、

「だぁぁぁぁぁーっ!」

 膝をついていたアレサが、素早く動いた。

 いまだに魔力切れの彼女には、どんな簡単な魔法も使う余裕はない。だが、そんなことは無関係に、彼女は眼の前のオルテイジアに向けて肩を突き出し、ショルダータックルを繰り出していたのだ。


「うぐぅっ!」

 ちょうど、さっきの炎の鳥の攻撃で鎧がぬげたみぞおちの部分にアレサの肩がクリーンヒットして、オルテイジアが吹き飛ばされる。そして、アレサにとっては運が良く――オルテイジアにとっては運が悪く――ちょうど飛ばされた先にあった頑丈な岩に体を打たれ、大ダメージを受けてしまった。

「う、うう……」

 それでも、すぐにその場から立ち上がろうとするオルテイジアだが、

「これで、本当に終わりね……」

 吹き飛ばされたときにうっかり手放してしまったらしい彼女の剣を拾っていたアレサが、さっきとは逆にそれを突きつけていたのだった。



「オルテイジア……貴女はやっぱり『世界一臆病者の勇者』ね? ウィリアの前では、私を斬ることも出来ないの? ふん。ウィリアに嫌われたくないとか、思ったのかしら? ……でもね、そんな甘い考えじゃあウィリアを守れない。ウィリアのことを、本当に好きだなんて言えないわ!」


 アレサはチラリと視線を後ろに向けて、ウィリアの方を見る。やはり彼女はまだ、泣きそうな表情でこちらをみている。しかし、アレサはそれでも止まらなかった。

「はぁぁぁーっ!」

 すぐに前に向き直り、持っていた剣を迷いなく振り下ろした。

「くっ!」

 オルテイジアは、体を回転させてそれをよける。

 全力で振り下ろされた剣は大地に深く突き刺さる。避けていなければ、確実に致命傷を負っていたことだろう。


 剣を持ったまま、オルテイジアをにらみつけるアレサ。

「私は、逃げなかったわよ⁉ ウィリアに嫌われるかもしれない。もう二度と、これまでみたいにウィリアと笑い合うことができなくなるかもしれない。それが分かっていても私は逃げずに、あの日・・・自分の気持ちをウィリアに伝えた。だから、彼女も私に応えてくれたの! ……そんな私が、最後まで自分の気持ちを隠したままだった臆病者の貴女なんかに、負けるはずがないでしょう⁉」

「……!」

 鬼迫をこめてそう言ったアレサの表情に、オルテイジアは言葉を失う。

 それと同時に、もはや戦意もすっかり消えてしまっていた。



 その勝負は、ようやく本当に、決着したのだった。

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