第14話
「ふ、バ、バカな……」
先程までと同じような言葉をつぶやくオルテイジア。
しかし、その瞳はひとところにとどまらずにキョロキョロと動き回っている。脚はガタガタと震え、鎧の接続部が触れ合うカチャカチャという金属音がテンポの速い狂想曲を奏でている。
「オ、オルティ……ちゃん? えっとぉ……」
それまでの自信たっぷりな勇者の豹変ぶりがいたたまれなかったのか、ウィリアが何かを言おうとするが……。
「ち、違う……違うんだぁーっ!」
それは、自分の恋心を暴露されてしまったオルテイジアを更に焦らせ、紅潮させるだけだった。誤魔化すように彼女はまた、アレサに向かって斬りかかっていく。しかし今は慌て過ぎているからか、相当乱暴で適当な攻撃になってしまっていた。
「ふんっ」
「あぁん⁉ やだ、またっ⁉」
アレサはまたウィリアに風の魔法を使って、彼女のスカートをめくる。さっきは体の前側だったが、今回は体の後側だ。
「はっ⁉」
当然、そんな光景をオルテイジアが見逃すはずもない。攻撃なんて途中で止めてしまって、またさっきのようにウィリアの太ももを凝視する。
「……く、くふっ」
次の瞬間、オルテイジアの右手が放っていた『聖なる光』が、彼女自身の頭に浮かんでいた「邪な心」と反応して……彼女にダメージを与えた。
「ぐはぁっ!」
その苦痛で正気を取り戻したオルテイジアは、またアレサに斬りかかっていく。
「くっ……や、やめろアレサ! ウィリア姫を、
しかし、またアレサの魔法がウィリアのスカートをめくって……。
「ちょっ、ちょっとアレサちゃんっ⁉」
「ぐ、ぐふふ…………ぐはぁっ!」
ダメージを受けるオルテイジア。慌ててアレサに攻撃。ウィリアのスカートがめくれる。
「ぎゅふふふ…………ぶばぁっ!」
ダメージを受けるオルテイジア。慌ててアレサに攻撃。ウィリアのスカートがめくれて……。
「じゅるりっ…………ぼぶばぁっ!」
ダメージを受けるオルテイジア……。
「も、もおう! アレサちゃんのえっち!」
それからも……。
「はあ……はあ……はあ……」
全力で斬りかかろうとする。ウィリアのスカートがめくれるのに目を奪われる。『聖なる光』でダメージを受ける……という同じパターンを何十回と繰り返して、オルテイジアは完全にグロッキー状態になってしまうのだった。
「だいたい……私を魔女呼ばわりするのはいいとして、その私からウィリアを引き離した後で、『貴女とウィリアが魔王を倒す』なんて言ってたときから、おかしいと思ってたのよ。ウィリアが勇者じゃなくなったのに、なんで魔王討伐なんて危ないマネをさせるのよ? そんなの、勇者としても王国騎士団としても、貴女の行動として不自然でしょ。勇者じゃなくなった王女様は安全な王国に帰して、勇者の貴女は新しい仲間でも見つけて魔王討伐に行くべきでしょ。でもそれも全部……貴女がウィリアのことを好きだったから、と分かれば説明出来る。貴女がウィリアと少しでも一緒にいたかったから……ってことでね」
アレサは、呆れ顔でオルテイジアに言う。
「オルテイジア。もう、いい加減自分の気持ちを認めなさい…………っていうか、とりあえず右手で『聖なる光』出すのやめなさいよ⁉ そのせいで、さっきから自分でダメージ食らいまくってるじゃないの⁉」
「ふ……バ、バカな……。こ、この勇者の私が、『聖なる光』でダメージを受けるなんてありえるはずが……」
アレサの忠告にも耳をかさず、オルテイジアは、さっきよりも更に右手の『聖なる光』を強める。
それは、自分がその力でダメージを受けるはずがない。ウィリアに対して邪なことを考えるはずがない、ということを証明したいからだ。しかし……。
「ぐ、ぐはぁーっ!」
どれだけ我慢しようとしても、結局自分の『聖なる光』で自滅して、吐血してしまう。もうすでにアレサはウィリアに風の魔法を使っていないのに……さっき何度もウィリアのスカートがめくれそうだったことを思い出すだけで、ダメージを受けるのに充分なほどの『邪な心』を抱いてしまっている。
それは、自分自身でアレサの言葉が正しいことを証明してしまっているだけだった。
「と、とにかく……これで勝負は決まったわね?」
勝手に瀕死の状態になっているオルテイジアの姿に、哀れみの視線とともに小さく首を振るアレサ。
「もう、貴女が勇者かどうかなんて、関係ないわ。ちょっとウィリアが生脚を見せただけでそんなふうになってしまうような致命的な欠点を持っている貴女には、魔王を倒せるはずがない。これから、ウィリアを守り切ることも出来ない。ウィリアのとなりにいるのにふさわしいのは、私だわ!」
そう言って彼女に背中を向けて、カッコつけながらその場を立ち去ろうとした。
しかし……。
「……アーレーサーちゃーん?」
「はっ⁉」
背後で、散々スカートめくりをされて怒り心頭のウィリアが、魔王並の気迫と殺意を向けていたので、アレサはその場から一歩も動けなくなってしまうのだった。
「ち、違うのよ、ウィリア? さっきのは、仕方なかったのよ? わ、私も、本当はやりたくなかったのだけど……で、でも、勇者のオルテイジアを倒すためには、ああするしかなかったというか……。もちろん、別に本当にウィリアのスカートをめくらなくても、口で説明すればすむ話といえばそうなんだけど……でも、そこはやっぱり私としてもウィリアのスカートをめくれるチャンスがあるなら、めくっておきたかったというか……。む、むしろ、普段からスカートをめくる口実を探して風の魔法を練習してたから、その練習の成果を活かすことが出来てよかったというか……」
「っていうかそれ、今日やらなくてもいつか普通にスカートめくりしようとしてたってことじゃん⁉ もおうっ! アレサちゃんなんて、知らない!」
「あ、ああーん! ウィリア、そんなこと言わないでよー!」
そんなふうに。
二人はバカバカしい口論をしながら、その場を去っていく。勇者との戦いは、そこで完全に決着したのだった。
……いや。
「だって……だって、仕方ないじゃないかっ!」
そこで、オルテイジアが絶叫にも似た金切り声とともに、地面を強く叩いた。
「……」「……」
ウィリアもアレサも無言になって、立ち止まって彼女のほうを振り返る。
オルテイジアは八つ当たりするようにまた大地を何度も叩きながら、叫ぶ。
「私は……勇者なんだ! 勇者は、この世界を守る責任がある! 誰か一人じゃなく、この世界の人間全員を幸福にする使命を負った、由緒正しき血統なんだ! そんな私が……ウィリア姫一人のことを愛しているなんて……そんなこと、言える、わけが……」
最後の方は、もはや言葉にすらなっていない。ほとんどうめき声と変わらない、口のずっと奥のほうでわずかに空気を震わせているだけの喉の運動だった。
それはきっと、彼女の苦悩を表しているのだろう。
それまでずっと言いたくて言えなかった言葉が、感情に任せてあふれてきている。勇者オルテイジアは、勇者であるがゆえに、これまで自分の気持ちに正直になることが出来なかった。それが今、うめき声となって口からこぼれ出ているのだ。
「私だって……いいや……私のほうが、遥かにウィリア姫を想っている……。でも、私は勇者なんだ……。勇者は、すべての人を幸福にしなければいけない……。それは、はるか昔から決められたルールで、呪いで……。だから、勇者は……勇者は……」
同じようなことを、何度も何度も繰り返すオルテイジア。その光景は、生前の記憶をかすかに残したまま不当に現世に蘇らされてしまったアンデッドモンスターのゾンビのようだ。みじめで、哀れで、見るに耐えない。もしもこの場に勇者の応援者の街人たちがいたなら、そんな彼女の姿に幻滅して、ツバでも吐いていたかもしれない。
「オルテイジア……」
しかし、もちろんアレサは、そんな気持ちにはならなかった。
彼女は、いまだに自分の『勇者』という肩書を呪うかのようなつぶやきを続けているオルテイジアに、歩み寄る。
そして、覚悟を決めるようにひと呼吸してから……彼女に向かって何かを放り投げた。
「……」
顔をあげて、その放られた物に視線を向けるオルテイジア。
それは、回復アイテムのエリクサーだ。
「……これ、は?」
その意味が分からないという様子のオルテイジアに、アレサは言う。
「もしも……貴女のウィリアへの気持ちが、本物だというのなら。もしも貴女が勇者でなかったなら、本当に、私よりもウィリアを幸せにできるというのなら……。それを、証明して見せてよ? もう一度、私と勝負しましょう? 今度はウィリアを使って貴女の弱点をつくような、卑怯なマネはしない。正真正銘の一対一の真剣勝負で……負けたほうは潔くウィリアから手を引くのよ。本当にウィリアへの愛が強ければ、この戦いに負けてはいけない。負けるはずがない。……どっちの愛が強いか、はっきりさせましょう?」
「ア、アレサちゃん⁉ ちょ、ちょっと何を……」
急にそんなことを言い出したアレサに戸惑って、それを撤回させようとするウィリア。しかし、その言葉は続かない。
さっきまで惨めにうめいていたオルテイジアが、別人のようにものすごい闘志を放っていて、そのオーラに圧倒されてしまったからだ。
「オ、オルティちゃん……」
立ち上がるオルテイジア。
ゴク……。
その視線をまっすぐにアレサに向けたまま、さっき放られたエリクサーを一気に飲み干し、空き瓶を遠くに捨てる――きっとその不法投棄された空き瓶は、あとで街人が拾って勇者関連の博物館にでも展示するだろう。
それから彼女は、魔王でも怯むかと言うほどの強い眼光とともに、アレサに言った。
「いまさら取り消しても、もう遅いぞ? この勇者の私が…………いや。世界中の誰よりもウィリア姫を愛する、このオルテイジアが……お前ごときに負けるはずがないのだからな?」
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