第3話

「お説教は、それで終わりかしら?」

 アレサはまた、感じの悪いパワハラリーダーの口調に戻った。


「貴女たちに用はないからさっさと消えて、って言ってからしばらく経った気がするけど、まだ消えてくれてないのはどうしてなのかしら? もしかして……一度言っただけじゃ理解できないくらいに、頭がおバカなの? だいたい、ランキング二位の格下のくせに、どうしてそんなに自信満々でいられるのか理解不能だわ。そんな、どこにでもいるような付与術師を一人仲間に引き入れたからといって、それで貴女たちがランキング一位の私たちに勝てるはずが……」

 しかし……。


「ふ、ふふふ……」

「くくく……」

「ぷぷぷぅ。あ、あいつ、あんな事言ってるぅー」

「えー、やだー」

 そこで、剣士をはじめとした二位パーティの面々から、次々と笑い声が上がった。


「な、何よっ?」

 その理由が分からないアレサは、苛立たしそうに眉をしかめる。

「な、何が、おかしいのよっ! 今のは、笑うところじゃなかったでしょうがっ⁉ そ、そこのイアンナは、私たちみたいな上位クラスの賢者や勇者とは違う、通常クラスの付与術師なのよっ⁉ 付与術なんて、ほぼ全ての魔法が使える上位互換の私がいれば充分なんだから、そんな子を一人仲間にいれたところで貴女たち二位パーティが、私たちに勝てるはずが……」


「……じゃぁじゃぁー、逆に聞いちゃうんだけどさぁー?」

 アレサの言葉を遮ったのは、オレンジ色のローブを着た二位パーティの女魔導士だ。


「アレサっちってぇ、付与術何個使えるのぉー? 一度に、同時に何個のインを有効化しておけるわけぇー?」

 馴れ馴れしい口調の彼女の質問は、賢者のアレサにとってはあまりにも単純で、初歩的なものだった。

「はあ? 貴女、何言ってるの? そんなの……二つに決まっているでしょう?」



 一般的な付与術師が同時に使っていられる付与術の数は、一つだけだ。つまり、物や人に強化バフ弱体化デバフなどの補助効果を与えておける数も、普通は一つが限界ということになる。

 それが、達人クラスマスターと呼ばれるくらいまで技術を極めた付与術師ともなるとその数が二つに増え、百年に一人の天才付与術師クラスで三つを同時に行使することができたりする人もいる。

 だが……四つ以上ともなると、話盛り盛りの神話の中の世界か、幼い子供がやたらと「百億千万」とか「無量大数」とか言いたがるのと同じくらいに、現実味のない馬鹿げた話だった。


 だから、一応は賢者という肩書で、魔法にはそれなりに自信があったアレサの同時使用可能な付与術の数が「二つ」というのは、簡単に予想可能な、聞くまでもない当たり前のことなのだった。



 しかし。

「ぷぷぷぷぅ! こ、こいつ、ダッサぁー!」

 魔導士は、そんな「当たり前のこと」を言っただけのアレサをまたバカにするように笑った。

「だ、だから、何よっ⁉ さっきから、何が言いたいのよっ!」


「こ、こほん……」

 常に冷静沈着に精神集中している状態を美徳とする女格闘家が、さっき思わず笑いをこぼしてしまった自分を律するように軽く咳き込んでから、落ち着いた様子で言う。

「今一度よく、思い返してみるがいい……。先程のわれらが……五人・・とも姿をくらましていたことを……」


「え? ……あ」

 そこで、アレサもようやく気付いた。



 二位パーティの四人と元パーティメンバーのイアンナはさっき、五人とも付与術によって透明になっていた。当然それは、五人の体にそれぞれ一つずつ【コン】の印を描いて、「透明化」の付与術が使われていたということだ。

 それはつまり……。


「イ、イアンナ、貴女⁉ ま、まさか、同時に五つも付与術を……!」

 その最低限・・・の事実を確かめようとしたアレサの言葉を遮って……ピンク色の髪をした二位パーティの女僧侶が、おっとりとした口調で言った。

「ねー? イアちゃんって、すっごいよねー? 最大で、同時に八つ・・も付与術使えちゃうんだよー? わたしー、そんな事できる人、今まで聞いたことないよー?」


 それを聞いた瞬間、今度はアレサのほうが、イアンナのように体を震わせてしまった。

「や、八つ……? 同時に、八つ、ですって……? そ、そんな……まさか……」

 なまじ魔法のことに長けているだけに、彼女にはそれがどれだけ凄まじいことなのかが、分かってしまうのだ。


 まるで、それまでスライムやゴブリンを退治していい気になっていた初級冒険者パーティが、調子に乗って挑戦した中級ダンジョンで圧倒的実力差のあるボスモンスターのドラゴンに遭遇したときのように……。

 自分の想像をはるかに超えた脅威に、無意識に恐怖すら感じてしまったのだった。



 そんな彼女の気持ちが落ち着くのを待たず、二位パーティリーダーの剣士が剣を抜く。そして、その切っ先をアレサの方に向け、改めて宣戦布告した。


「さて、それではアレサさんのお望み通り、御託はこれくらいにして……。そろそろ始めましょうか? 後にも先にも、この世界に二人と存在しないであろう『超々々天才付与術師』を、自分勝手な理由でクビにした愚かなあなたたちと……その、『超々々天才付与術師』を仲間に入れた私たち。どちらが、魔王討伐隊としてふさわしいのか。真のランキング一位はどちらなのかを、決める戦いを。……イアンナ、準備はいいですか⁉」

「は、はいっ!」

 完全に二位パーティたちの一員となっているらしいイアンナ。すでに、彼女の体の震えは収まっている。

 今はアレサたちを睨みつけて、戦闘態勢に入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る