第2話

 この世界には、大きく分けて三種類の魔法がある。



 一つ目は、地水火風のような自然現象を操る「属性魔法」。


 これは、普通の人が考える「魔法」のイメージに一番近い。だが、実はその仕組みは完全に解明され、学問として確立されている。この種類の魔法は、「リンゴが木から地面に落ちる」とか、「摩擦で熱が発生して物が燃える」といったようなものの延長でしかなく、科学の中に含まれるものだ。

 そういう意味では、優秀な属性魔導士は同時に優秀な科学者でもあると言える。



 それから二つ目は、「精霊魔法」。


 別世界の生き物を一時的に呼び出す召喚術が一番有名だが、その他にもいくつかバリエーションがある。それらをひとまとめにすると、「この世界と別の異世界を接続して、こことは全く違う異世界の物理法則を無理やりこの世界に適用する」というものになるだろう。

 この種の魔法については、行使するための手順や条件についてはある程度判明しているが、その結果発生する現象の動作原理――例えば……どうしてドラゴンのような幻獣バ○ムートを召喚すると、いきなりものすごい爆発メ○フレアが起こって敵にダメージを与えられるのか?――については、いまだにほとんど分かっていない。というより、この世界の法則が通用しなすぎて、バカバカしくて真面目に研究する者がほとんどいない……というのが、この分類の魔法だった。



 そして、上記二つには当てはめることが出来ない全ての不思議現象は、まとめて最後の三つ目の魔法として分類される。


 呪術師シャーマンが使用する呪術や、遠い島国に伝わる陰陽術などは、いまだその詳細が解明されておらず、分類としては「属性魔法」や「精霊魔法」ではなくこれになる。

 また、その他にも僧侶が使う神聖魔法も、その原理がいまひとつハッキリしていないために、厳密な分類学上ではここに当てはまるのだが……。

 宗教団体側の言い分として、「神聖魔法は現世を超越した神の世界から力を借りる魔法なので、第二分類が適切である」とか……。あるいは、「我々があがめる偉大な神を、うさんくさい呪術や異世界の獣と一緒にするとはなにごとか!」とか……。いろいろと貴重なご意見うるさいことを頂戴することが多いので、表向きには神聖魔法は別枠として第四分類とすることも多かったりする。


 ……閑話休題、話をもとに戻そう。



 とにかく、そんなこの世界の魔法体系に照らし合わせると、付与術師エンチャンターが使用する付与術というのは第二分類の「精霊魔法」の仲間になる。

 この世界とは別の世界に住む「精霊」と呼ばれる生命体と契約し、その「精霊」の力をこの世界の物や人に与える。それが付与術だ。使用する際には、力を借りる「精霊」によってそれぞれ異なる、いわば魔法陣のような役割のインを付与術の対象に描き、その印を二つの世界をつなぐゲートとする必要があるのが、他の魔法にはない特徴だ。


 ちなみに、先程何もない空間から突然ランキング二位パーティたちが現れたのも、そのような付与術のうちの一つ。アレサがクビにした付与術師イアンナが、ランキング二位パーティの四人と自分に【コン】という印を描き、「透明化」の効果がある付与術を使っていたのだった。




「……つまり、今まで私たちが知らないところで、イアンナは私たちに強化の付与術を使ってくれていたってことなのね? 貴女をパーティからクビにしたことでそれがなくなって、今まで楽に倒せていたモンスターにも意外と苦戦してしまうことになった……と」

 さきほどの「イアンナによる渾身の宣戦布告」を聞いたアレサの反応は、意外にも落ち着いたものだった。


「なるほどね。教えてくれてありがとう。おかげで、街で準備をやり直したら、すぐにでも魔王討伐に再出発できそうだわ。ふん……強化が無いなら無いで、やりようはいくらでもあるからね」

 今の彼女の態度はなぜかまた、イアンナたちをクビにしたときの「パワハラリーダー」モードだ。

「ああ、それさえ分かれば、もう貴女たちには用はないから消えてくれて大丈夫よ? ふふっ。さっきの『貴女たちが私たちを倒す』なんていうつまらない冗談は、聞かなかったことにしてあげるから」

「うぅっ……」

 あざ笑うようなアレサの視線に、気が弱そうなイアンナはさっきの「宣戦布告」のときのなけなしの勇気もなくして、また体を震わせてしまう。


 そんなイアンナをかばうように、面倒見のよさそうな二位パーティリーダーの女剣士が、一歩前に出た。

「私たちは、ランキング一位のあなたたちの噂を、今までたくさん聞いてきました。それに、こちらのイアンナを仲間に引き入れてからも、彼女からもいろいろと聞かせてもらったわけですけれど……」

 キッ、とアレサをにらみつける女剣士。

「どうやら、実物は噂以上に最低な性格のようですね⁉ まあ、おかげでこれからあなたたちを倒すのに、遠慮しなくて済みそうですよ!」

「……ふんっ」


 熱い性格らしいその剣士は、まるで優等生の生徒会長といった感じだ。イジメっ子のアレサを学級裁判で糾弾するかのように、彼女に尋ねる。

「アレサさん! あなたは自分が、私たちや他の冒険者たちから陰で何と呼ばれているか、知っていますか⁉」

「え」

 アレサはそこで、ポッと顔を赤らめる。

「な、何て呼ばれてるって……ま、ま、ま、まさか……」

 それから、彼女はモジモジと体をくねらせながら、こんなことをのたまった・・・・・


「も、も、も……もしかしてそれって……ゆ、『勇者様のお嫁さん』……とか⁉ も、もおーう! そんなのまだ、気が早いわよーっ! そ、そりゃあ、私たちは完全完璧なお似合いのカップルだしぃ? 他の冒険者たちからみたら、もうとっくに結婚しちゃってて、ヤルことヤッてる二人に見えちゃうのかもしれないけどぉ! 宿屋に泊まれば、毎朝店主に『昨夜はお楽しみでしたね?』なんてコンプラ無視のセクハラ発言されちゃうくらいに、私もウィリアも気持ちはアツアツのラブラブなのは間違いないわけだけどぉ! そ、それにしたって、物事には順序ってものがあるんだからねっ⁉」


「……」

 厳しかった目を点にして、呆れてしまう剣士。しばらくの間、なにも言うことが出来ずに立ち尽くす。

 しかしやがて、二位パーティ後衛の魔導士が、

「んなわけ無いでしょ……バカじゃないの?」

 とつぶやいたことで、その剣士も、なんとか気を取り直した。



「わ、私たち冒険者は、あなた……勇者パーティの賢者アレサのことを、こう呼んでいます。……『世界一愚かな賢者』、と」

「な、何よそれーっ⁉」

 その不名誉な二つ名を初めて聞いたアレサは当然、怒りを露わにする。味方のはずの勇者ウィリアが「ぷぷっ! いいじゃん、それー!」と笑っているのがアレサを恥ずかしくさせて、怒りを助長させていた。


「賢者といえば、この世に存在するあらゆる魔法に精通し、この世界のことわりを知り尽くした……いわば、全知全能の神にも等しいような最上位クラス。それだけの魔法の技術があれば、この世界を思うままに操ることだって不可能ではない。だからこそ、その職に就く者には確かな倫理観と先見の明が必要とされると聞きます」

「そ、そうよっ⁉ だ、だから、その賢者である私が、『愚か』なはずがっ……」

 アレサの反論を無視する剣士。

「実際に、これまで歴史に名を残してきた賢者たちは、その能力をむやみに濫用することなく。しかし、世界が混乱しそうなときには舞台裏からそれを鎮めるように働きかけて、世界を救ってきたらしいです。それなのに……そんな偉大な賢者たちに比べて、あなたときたら……」

「……へ?」


 「アレサが勇者パーティに参加するまでの経緯」については、割と有名なことのようだ。また剣士が、厳しい表情になっていく。

「まだ幼い子供のころに、ゴールバーグ王国で勇者修行をしているウィリア姫の姿をみかけたときに一目惚れして……『賢者になれば、ウィリア姫が勇者として旅立つときにパーティのメンバーとして同行できる!』という私利私欲の下心だけで魔法を勉強して、本当に賢者になってしまったなんていう……。あまりにも、自分勝手で……お粗末な……」


「うふ、うふふ……うふふふ……」

 そこでまた、アレサは頬を赤く染める。

「何事にもモチベーションって大事よね⁉ 弟子入りした先輩賢者のお師匠様がその理由を聞いたときも、やっぱり結構ドン引きしてたみたいだったけど……結局最後には、ウィリアへの下心で頭がいっぱいだった私が、他の兄弟弟子たちよりもずっと早く、一番最初に賢者になってしまったんだからねっ⁉ 結果オーライ……というより、もはや愛の力の勝利って感じかしらーっ⁉」

「わー。アレサちゃんの、煩悩大魔神!」

「そうでしょう、そうでしょう! おーっほっほーっ!」

 褒めているのか何なのかよくわからない――おそらく、適当に相槌を打っただけだろう――ウィリアの言葉に、さらに気をよくしていくアレサだった。



「はあ……」

 そんな彼女たちに、もはや全てを諦めた様子の剣士は大きくため息をつく。

「あなたには賢者としての品格が……力を持つものとしての自覚が、欠落しているという話をしているんですよ……。あげくの果てに、一緒に冒険をしてきた大事な仲間すらも、その下らない私欲のために解雇してしまうなんて……」

 そして、

「そんな横暴を、私たちは見過ごすことは出来ません! だから私たちは、イアンナがあなたたちへ復讐するのを、手助けすることにしたのです!」

 と言って、またアレサを睨みつけた。

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