第一章 vs 天才付与術師

第1話

 あれから、数日後。


 二人きりになった勇者パーティのアレサとウィリアは、最終拠点の街ラムルディーアで充分な準備をして、いよいよ魔王城ラストダンジョンのある山へと出発した。


 そこは、険しい断崖や入り組んだ洞窟が続く、攻略難度最高レベルの山道だ。当然、出現するモンスターたちも各種族の最強レベルがゴロゴロいて、並の冒険者パーティであれば挑戦を始めて五分もしないうちに全滅してもおかしくないような、危険な場所だった。

 しかし、もちろん勇者パーティは並の冒険者なんかではない。


 彼女たちはこれまで、数々の高難度クエストを攻略してきた。

 全国の冒険者パーティを管理監督している「冒険者ギルド」が、定期的に発表している「冒険者パーティランキング」でも、アレサたちは毎回一位。しかも、そのパーティ内の戦闘力でも毎回トップ1、2を競っていたのが、アレサとウィリアだったのだ。

 だから当然、彼女たちは何の問題もなく魔王のもとまでたどり着くことが出来た……はずだった。



「ど、どういうことなの⁉」

「あっれー? ここのザコちゃん……なんか今までよりも強くなーい?」


 そのときアレサたちが対峙していたのは、命を落としてしまった冒険者たちの骸骨に、邪悪な魔力が宿って動き出したモンスター。いわゆる、骸骨戦士系と呼ばれる種族の上位種――スケルトン・スーペリアだ。

 もちろん強敵ではあるのだが、これまで何度も戦ってきた相手でもある。アレサだけ、あるいはウィリアだけで、十数体を一度に倒したことだってある。

 だから、山道の途中で遭遇エンカウントした三体ごとき、勇者ウィリアの電光石火の先制攻撃で瞬殺できると思っていた。

 しかし、実際には……。


「あっ、ちょっとー⁉ さっき二体から同時に反撃くらったときに、服のスソが破れちゃってるーっ! これ、おキニだったのにーっ⁉」

「っていうかウィリア自身は大丈夫なの⁉ ケガはないっ⁉ だから私がいつも、そういう軽装だけじゃなくてちゃんとした防具を装備しなさいって、言ってるでしょうがっ!」

「えー? だって防御力高い鎧って、カワイクないんだもーん。それに、いつもはこんなザコちゃんたちくらい一撃ワンパンで倒せるから、そもそも反撃受けるなんて思ってなくって…………あー。服の下も、ちょっとケガしちゃってるかもー……」

「な、なんですってーっ⁉ よ、よくも大事な大事なウィリアの柔肌を……ゆ、許さない! 消し炭にしてあげるわっ! 喰らいなさーいっ!」


 と、そんな感じで。

 そのときのウィリアの傷自体は大したことはなかったのだが、それによって頭に血が上ったアレサが、まだまだダンジョン序盤にも関わらず消費魔力MPを度外視した火属性最強攻撃魔法――火柱メルト・ハイ爆発・グレネード――をぶっ放して、敵モンスターごとあたり一帯を火の海にしてしまったり……。



「ケガのあとが残るとヤダから、回復しちゃおーっと」

「ちょ、ちょっとウィリアっ⁉ それは全回復用飲料エリクサーじゃないのっ⁉ そのくらいの軽傷なら、こっちの薬草にしときなさいよっ!」

「えー? でもでもー、薬草って苦くって、あんまり好きじゃないから……げ、げほっ、げほっ! あ、ゴメーン。むせた勢いで全部こぼしちゃったー」

「えーっ⁉ そ、それは魔王戦までとっておくつもりのアイテムだったのにーっ⁉ もおーうウィリアったらーっ! ……でも、そんなイタズラ子猫ちゃんな貴女も私は大好きよーっ!」

 魔王戦に必要な大事なアイテムを、早々に使い果たしてしまったりして……。


 時間をかけて準備してきたのが台無しになってしまい、結局彼女たちは一旦街に戻って、態勢を立て直すことを余儀なくされるのだった。




 街へ帰る途中。

 ダンジョンの険しさがなくなった、開けた空き地のような場所にやってきたアレサたちは、そこで一旦休憩をとることにした。


「……それにしても、変よね?」

 すでに落ち着いていたアレサは、さっきのことを冷静に振り返ることが出来ている。

「えー、何がー?」

 一方のウィリアは、そもそもいろいろなことをあまり気にしていないようだ。地面に敷いた布製シートの上に、持ってきたスイーツを広げておやつタイムを始めようとしていた。


「だって、そうでしょう? いくら私たちが油断しまくっていたとはいえ……今まで簡単に倒せていた相手に、あそこまで苦戦してしまうなんて……。やっぱり、どう考えてもおかしいわ。態勢を立て直すにしても、この理由が分からない限りは、新しい作戦も考えられないわよ」

「きっと、たまたまだよー。たまたま、すっごい鍛えてるザコちゃんに当たっちゃっただけだよー。……ごっくんっ」

 ショートケーキのようなものをスプーンですくいとって口いっぱいに詰め込み、オレンジジュースで流し込んで「もぐもぐ、ごっくんっ……うーん! おいしぃーっ」と体を震わせているウィリア。

「……ふふ」

 そんな、悩みごとなんて何もなさそうな彼女の様子に、アレサは思わず微笑みをこぼしてしまう。しかしそれからすぐに、またさっきの考察に戻った。


「敵が強い……というのとは、ちょっと違う気がするのよ。どちらかというと、むしろその逆……。まるで、私たちが弱くなったような……」

 そこで彼女は、自分たちから十メートルくらい離れた何もない空間に顔を向け、何かに呆れたような表情で、

「もしかしたら……そこにいる誰かさん・・・・たちなら、その理由を知っているのかもしれないけどね」

 と言った。



 すると。

「ふ……。やはり、気付かれていましたか」

 その言葉とともに、誰もいなかったはずの空間に、水面にできる波紋のような歪みが生まれ……五人の少女たちの姿が現れた。


「まあ、かつての・・・・仲間の力・・・・ですものね。それも当然でしょう」

 喋っているのは、どうやら彼女たちの中のリーダーらしい、女剣士。その他にも、格闘家と魔導士、僧侶がいる。

「ああ、貴女たち知ってるわよ。最近よく噂に聞くから。……冒険者ランキング二位のパーティね?」


 アレサもウィリアもあまりランキングを気にするような性格ではなかったが、ギルドの店主などから話を聞くことはあったので、姿を見るだけで彼女たちの正体はすぐに分かった。

 しかし、そのときのアレサが呆れた視線を送っていたのは、そんなランキング二位パーティの四人ではない。


 アレサが見ていたのは、そんな彼女たちの更に後ろで、隠れるように体を小さくしている黒ローブの少女。アレサたちが、更によく知っている人物だ。

「貴女……」

「あー、イアちゃんだーっ!」

 それは、クビにされたときと同じように体を震わせていた、アレサたちのかつての仲間……付与術師のイアンナ・ガルミリオだった。


 やがて、そんな彼女がバンジージャンプの高台から飛び降りるときのような勇気を振り絞って、アレサたちの前に飛び出してくる。そして、必死な形相でこう叫んだ。



「ア、アレサさんたちが今までやってこれたのは……ワ、ワタシが付与術で、みんなを強化してたからですっ! で、でも、そんなワタシのことを、自分勝手にクビにして……! い、今はワタシ、ランキング二位のこの人たちのパーティに入れてもらってるんですっ! こ、この人たちは、ちゃんとワタシのことを評価してくれて……大事にしてくれて……だ、だから、だから、だから…………魔王を倒して世界を救うのは、アレサさんたちじゃなくて、この人たちとワタシですっ! こ、これからワタシたちで、アレサさんとウィリアさんを倒して、それを、証明してみせますからっ!」

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