第5話
「ア、アレサちゃんっ⁉ 大丈夫っ⁉」
アレサを心配して、勇者ウィリアが叫ぶ。
すでに彼女は、吹き飛ばされた状況から復活している。今は、壊されてしまった大剣の代わりの予備の剣で、格闘家に応戦していた。
ウィリアはさっきのサムライの凄まじい一撃も見ていたらしく、なるべく早くアレサの加勢をしたいと思っているようだが……自身も格闘家の相手をするのに手一杯で、それが出来ずにいた。
「え、ええ! こっちは大丈夫よ! そ、それよりウィリアのほうも……」
アレサも彼女に応えようとするが、その言葉を続けることが出来ない。
アレサはアレサで、今は、「実在しない刀」を左右の手に持った二刀流で剣撃を繰り出してくるサムライ少女に対して、魔法で防御をするのに必死だったからだ。
並の魔導士だったら、前衛アタッカーのサムライの攻撃を防御することなんて出来ない。だが、そこはさすが、魔法を極めた賢者だ。魔法職のアレサでも、風の属性魔法で空気の壁を作り出すことで物理攻撃――「実在しない刀」も一応は物理攻撃になるらしい――を防ぐことが出来たのだ。
しかし、もちろんさっきの居合いのような強力すぎる攻撃の前では、そんな小手先の防御は通用しないだろう。あのレベルの攻撃は、この世界の物理法則を超越した付与術の【盾】くらいでしか、防ぐことなんてできないのだから。
「『こっちは大丈夫』? さっきから防戦一方で身動きとれないようですが……本当に大丈夫なのですかっ⁉」
左右の手で交互に剣撃を繰り出しながら、アレサをあざ笑うサムライ少女。
「くっ……!」
アレサには、その言葉に反論することも出来ない。
右と左、どちらからの攻撃に対しても、全力で風魔法の防御をしなければその瞬間にサムライの「実在しない刀」がアレサの体を真っ二つにしてしまう。
それもあってかアレサは、
(と、とにかく一番ヤバいのは、さっきの居合いよ! あ、あれだけは、絶対にもう二度とさせちゃいけないわ!)
その場で防御を続けながら、それでも必死に打開策を探すアレサ。
(あの攻撃を唯一防ぐことのできる【盾】は、さっき一回使ってしまった。一応、私の体にはもう一つ【盾】の印を描いてあるから、あと一回は耐えられるけど……でもウィリアは……)
付与術は、同時に有効化しておく数にこそ制限はあるが、有効化されていない不完全な印を描いておく分には数の制限はない。
むしろ、前衛メンバーに複数の印を描いておいて、有効化していた付与術の効果が切れてしまったら、簡単な魔法で後衛から別の印を有効化してサポートする。それが、一般的な付与術師の戦闘スタイルだ。だから付与術師がいる冒険者パーティは、事前に仲間の体になるべくたくさんの印を描いておくのが、戦いの定石となっていた。
当然、付与術が使用できる賢者のアレサも、今回の冒険の出発前にウィリアの体に【盾】や【風】などの印を描こうとしたのだが……。
えー? 付与術の印って、あんまりカワイくないからやだー! っていうかアレサちゃん、印を描くっていう口実で、ヘンなトコ触ろうとするでしょ? もぉう……えっち!
なんて言われてしまって、――主にアレサの日頃の下心のせいで――ウィリアには付与術の印を一つも描けていなかったのだ。
(だ、だから……このサムライに、さっきの攻撃をさせるのは絶対ダメだわ! それがもしも、私じゃなくてウィリアのほうに向けられてしまったら、彼女を守り切ることができなくなってしまうもの! でも……それじゃあ、どうすれば……)
ウィリアとは違って、相手のサムライや格闘家のほうには、付与術師イアンナが描いた印がたくさんあるだろう。つまり、彼女たちに今かけられている「一回ダメージ無効」や「高速化」の効果が終わってしまっても、簡単な手順ですぐにまた同じ効果を復活させることができるということだ。
実際に、さっきからウィリアは何度か相手の格闘家に攻撃をヒットさせていたようだが、その格闘家は全くダメージを受けていない。ウィリアの攻撃を【盾】の付与術で防いだあと、イアンナがまたすぐに別の新しい【盾】の印を有効化して、「ダメージ無効」の効果を持続させていたのだった。
(こちらの攻撃は何度でも無効化されてしまうのに、相手の攻撃はこっちにとって致命的だなんて……そ、そんなの、詰んでるようなものじゃないの……。そ、それじゃあ、もう……私たちには勝ち目なんてないってこと? あとは、
実は、この世に存在するほとんどの魔法が使用できる賢者アレサには、本当にどうしようもなくなったときの最後の手段……とっておきの、禁呪があった。
それは、分類学上は第三分類に相当する……未だ原理も詳細もほとんど判明していない、シャーマンなどが使用する呪術の一種だ。
呪術の多くは、特定の誰かを呪うことでその相手の身体能力を封じたり、弱らせたりすることができるものだ。
その中でも、おそらくは世界中でも賢者アレサだけが使用することの出来る特殊な呪術が、相手の「記憶」に呪いをかけるもの。対象の相手から、特定の記憶を失わせることができるという呪術だった。
例えばそれで、付与術師イアンナから「付与術」に関する記憶を奪ってしまえば……彼女はこれ以上、付与術を使えなくなる。現在二位パーティにかけられている
(……で、でも)
とても強力だが……同時にその呪術は、かなりの危険を伴うものでもある。まだまだ未知の部分が多い人間の精神に直接働きかけるので、失敗すると相手の心に致命的なダメージを与えて、相手を廃人のようにしてしまう可能性もある。だからそれは、禁呪なのだ。
激しく首を振って、自分の頭に浮かんだ考えを否定するアレサ。
(や……やっぱりダメよっ! それだけはダメっ! そ、そんなことしなくても……きっとどこかに、突破口はあるはずよ! だ、だって、私たちはランキング一位の勇者パーティなのよ⁉ 今までだって、こんな戦いをいくつも勝ち続けてきたのよ⁉ だ、だから、今回だってきっと…………はっ⁉)
そこでアレサは、自分たちを取り巻く状況がさらに悪くなっていることに、気付いてしまった。
「ま、まさか……」
それからすぐに、
「おっけぇっ、準備出来たぁ! こっからはぁ……私のターンだぞぉーっ!」
後衛で長い呪文詠唱を続けていた魔導士が、目をギラつかせてそんな言葉を言った。
「ふ……」
「ああ。やれやれ……ですね」
それまで休みなく攻撃を繰り出していた格闘家とサムライが、一旦アレサたちから距離を取る。彼女たちは、これから起こることの
周囲の魔力の動きを読み取ることが出来た賢者のアレサも、一足早く何が起こっているのか分かっていた。
「な、なんてこと……なの……」
「ほぉーらほらほらほらほらぁー! く、く、く……くるよぉー⁉ もうすぐ、きちゃうよぉーっ⁉ …………き、き、き、来た来た来た来たぁぁーっ!」
若干テンションがおかしくなっているのは、精神力をあげて魔力を強化する【
「ああ、もおう……」
「えー、うっそー……」
上空から、無数の隕石がアレサたちに向かって飛来している状況を目の当たりにすることになったのだった。
「可愛い可愛い
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