第6話

 ドォーンッ!


 にぎりこぶしくらいの比較的小さな隕石が一つ、アレサたちから少し離れた位置に落ちる。しかしその程度のサイズでも、ものすごい衝撃波とともに地面に巨大なクレーターを作っている。


「くっ……」

 それだけでも充分に凄まじい威力であることは間違いないのだが……。

「きゃははははぉーっ! それで終わりじゃないくよぉーっ⁉ まだまだまだまだまだぁーっ!」


 ドドォーンッ! ズガァーンッ! チュドォーンッ!

 空から次々と隕石が飛来して、アレサとウィリアに向かって落ち続けてくる。


「……こ、このっ!」

 アレサはその場で自分が使える最大出力で風の魔法の壁を作って、その隕石たちをなんとか受け流す。その威力が凄まじすぎて、直接防御なんてしても貫通してくることは明らかだったので、受け流すことしか出来ない。


「わ、わわっ! わわわっ⁉」

 ウィリアは持ち前の運動神経で、隕石をよけている。次々と降ってくる隕石を避ける姿は、まるで奇妙なダンスでも踊っているようだった。


「こ、こんなに隕石ちゃん呼べちゃうなんてぇ……わ、私、初めてだよぉ! もぉう付与術って、さいっこぉーっ! イアちゃん、ありがとぉー!」

「は、はい……!」

 付与されている【シン】の効果で、限界を超えた魔法を発揮できていることが相当嬉しいらしい。二位パーティの魔導士は、今も無数の隕石の落下位置を魔法でコントロールしながら、ハイテンションで笑っていた。



「ア、アレサちゃんっ! ここは一旦、逃げよっ⁉」

 普段は適当な勇者ウィリアでも、流石にこの状況がどれだけ危険かということは理解したらしい。彼女らしくもなく慌てて、アレサの手を引いてその隕石群の落下予想地点の外に移動しようとする。


「……いいえ」

 しかし、アレサは動かない・・・・

「アレサちゃんっ⁉」

 風魔法による受け流しを続けながら、彼女ははっきりとした口調で言う。

「確かに、私たちの今の状況は、ちょっと不利っぽいけれど……。でも、逃げるなんて冗談じゃないわ。だって、ここで逃げたら、あいつらに負けたことになっちゃうじゃない。私たちがあいつらより弱いと認めて……私たちより、あいつらのほうが魔王討伐隊としてふさわしいことになってしまう。それじゃ私たち……結婚できないじゃないの!」


「で、でも…………」

 食い下がろうとするウィリアだったが、そのときのアレサの真剣な表情を見て、言葉を止めてしまった。



 今のアレサの視線は、自分たちに向かってきている隕石の方を向いているわけではなかった。その隕石を呼んだ魔導士でも、態勢を立て直してまたこちらへの攻撃を再開しようとしていたサムライや格闘家でもない。


 アレサの視線は、さらにその後方にいた、自分たちの元仲間――今は、自分たちも隕石の犠牲にならないようにと、前衛の二人だけでなく後衛の自分と魔導士と僧侶にも【盾】の付与術を有効化している――付与術師イアンナに向けられていた。


「私がクビにした、あの子のためにもね……私は、ここを逃げるわけにはいかないのよ……」

 そうつぶやいたアレサの表情から、覚悟のようなものを感じ取ったウィリア。

「アレサ……ちゃん」

 逃げることは諦めて、掴んでいたアレサの手をそっと離した。




「さあ、そろそろこの勝負も、大詰めですよっ!」

「ふ……われの拳が、勇者を討つ日がこようとは……な!」

 そこで、サムライと格闘家が再び、アレサたちに攻撃を仕掛けてくる。


 一度は距離をとっていた彼女たちだが、二人ともこれまでのように付与術【盾】が付与されているので、アレサたちに向かって降り注いでくる隕石の巻き添えを恐れる必要はない。たとえ隕石が直撃したとしても、【盾】の効果によってノーダメージ。そのうえ、そのあとすぐに付与術師イアンナが新しい【盾】を起動してくれるはずなので、その後も常に安全な状態がキープされるというわけだ。

 むしろ、その隕石が降ってくる間に自分たちも攻撃することによって、魔法と物理のコンビネーションでアレサたちのスキをつく。それが、ランキング上では格上の勇者パーティを倒すために彼女たちが用意した作戦の完成形、ということなのだろう。



「いきます! 不刀流奥義……不知端ハジシラズ!」

 サムライが、さっきの居合よりもずっと遠い距離から「実在しない刀」による水平方向への剣撃一閃を繰り出す。それは、攻撃力を落とすかわりに射程距離を特化させた技のようだ。物質としての制約がない「実在しない刀」ならば、その刃の長さは自由自在ということなのだろう。


「ふんっ、そんなもの……」

 しかし、攻撃力が落ちるなら、【盾】を使わなくてもなんとかなる。

 アレサはちょうど同じタイミングで自分の真上に落ちてきた隕石を風の魔法で弾いて、サムライの剣撃の方向に投げ飛ばす。そして、その隕石を盾代わりにして、サムライの攻撃を防いでしまった。


 だがその直後。

 【風】による物凄いスピードとともに、アレサが投げた隕石の向こう側から、女格闘家が飛び出してきた。

「えっ⁉」

 大気圏突破の摩擦熱で生まれた隕石を突き破り、その炎を自分の体にまとった状態の格闘家が、アレサに攻撃を繰り出す。

「七曜拳……煮血ニチっ!」

 火をまとった拳は属性魔法のバランスを崩し、アレサの風魔法の盾を突き抜けてしまう。


「ちょ、ちょっとっ⁉ うそでしょっ⁉」

 ガードがなくなって無防備になったところに向かってくる格闘家の拳。魔法の防御はもう間に合わない。


 しかし、

「……そぉいっ!」

 その攻撃をあらかじめ予想してアレサの前に移動していた、勇者ウィリア。【風】で高速化されていた相手の腕を、鍛えられた自分の反射神経のみでつかむ。さらには、相手のその攻撃の勢いを利用して、逆にその格闘家を投げ飛ばしてしまった。


「ウィリア⁉」

「ア、アレサちゃん……」

 拳の直撃こそ受けていないが……やはり、付与術によって高速化された攻撃を生身で対応するのは、少し無理があったようだ。相手を投げたときの反動で、ウィリアの腕の関節はおかしな方向に曲がってしまっている。

 それに加え、炎に包まれた格闘家の体に密着したことによる火傷もあって、今の彼女は結構なダメージを受けている。顔をしかめながら、苦い薬草をガムのように噛んでいたが、そんなものは気休めくらいにしかなっていないだろう。


「……ふ」

 一方の格闘家は、当然まったくの無傷だ。付与術の【盾】や、それを使うまでもない細かいキズには僧侶の手厚い回復魔法があったので、炎に包まれていても投げ飛ばされて地面に叩きつけられても、ダメージを受けるはずがなかったのだ。


「む、無茶しないでよ、ウィリア! 貴女になにかあったら、私は……」

 自分の代わりにボロボロになってしまったウィリアに、悲痛な表情を向けるアレサ。今すぐ彼女のもとに駆け寄って回復魔法で手当してあげたいが、それは出来ない・・・・・・・


「へへへ……わ、私は、大丈夫……だよ。そ、それより……さ」

 ウィリアは明らかな、強がりの笑顔を浮かべる。

 自分のすぐ頭の上に魔導士の隕石が迫っていることに気付くと、関節の外れた肩の痛みに耐えながら体を動かして、なんとかそれを回避する。


「そ、それよりアレサちゃん……私、思うんだけどさ、」

 回避した先で言葉を続けるウィリアの息はすでにかなり荒くなっていて、どんどん余裕がなくなっていることを感じさせる。それでも彼女は、強がりを崩さない。

「ア、アレサちゃんこそ……いつも、無理しすぎなんだよ。私は、アレサちゃんはもっと適当でも、いいと思うよ? アレサちゃんが困ったときは、私がサポートするし……。どんなアレサちゃんだって……私は、大好きだか……」

 そう言ってまた彼女が、ニッコリと微笑みを作ろうとした、そこで……。


「ウィリアっ⁉ 後ろっ!」

 アレサが、叫ぶような声を上げる。

「スキあり……ですっ!」

 振り返ると、ウィリアのところまで走ってやってきたサムライが、その勢いのまま「実在しない刀」の一撃をあびせてきていた。


「うわっ、とっ!」

 しかし、百戦錬磨の勇者の反応速度は、考えるよりも前に体を動かしていた。彼女は「刀」が当たるギリギリのところでその身をわずかに横にずらし、その攻撃を回避することに成功する。

「ふう……。あ、っぶな……」

 だが……。

「勇者、討ちとったり……。七曜拳……カネっ!」

 【風】の高速スピードによって死角に回り込み、完璧なタイミングでそこに掌底突きを合わせてきた格闘家からは、逃げ切ることが出来なかった。



 ゴォォォーン……。


「っあ……」

 体の内側から揺さぶられるような、不思議な感覚の打撃。

 その掌底突きが直撃したウィリアは、脳しんとうを起こしたときのようにフッと意識が飛んでしまって、その場に崩れ落ちた。


「ウィリアーっ!」

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