迷い

僕は、意気消沈しながら志望先からのメールを閉じる。さて、これで何社落ちただろうか。いや、数えているから分かるのだけれど、多すぎるとも少なすぎるとも言われたくないので黙っておく。何度も落ちるとなれてくると言い聞かせてはいるが、やっぱり慣れっこなどないのである。どうあっても就活のお祈りなど、自分が否定されているようで苦しくなるのである。学歴もエピソードとやらも、資格さえもある。だが、伝え方、人柄で全て無に帰る。実際どうだかなんて知らない。そう思うのである。求人、求める人と書くのに、こうもいらんと言われ続けると「募人」とかそんなのに名前を変えた方がいいんじゃないかとさえ思う。そうすれば、応募しない奴の方がおかしいみたいな風潮も少しは変わったりしないだろうか。

 今の「ご希望に沿いかねる結果」とやらで、僕が選考に進んでいる会社もなくなってしまった。およそどうでも良くなったので、どっかに行ってみることにした。どこかは決めていない。何か目標を決めて、そこに向かって歩くなど、今の僕が一番やりたくないことだった。

 見慣れた近所を歩きながら、やっぱり求人サイトでも見ていた方が有意義だったかなと思いそうになったけど、さっきの自分の判断が間違っていなかったと結論づけたいので歩き続けた。車か自転車でも使わないと来ないようなところまで来ると足の疲れでそんな煩悶はどこかへいってしまった。なんだ、その程度のことだったんじゃないかと思いながらも、そんな事もできない自分はなんのかと思ってしまう。

 夕暮れにさしかかって、影が伸びる。ふと太陽の方向をみれば、赤い空はきれいだった。ので、そっちの方向に歩いてみることにした。赤い異世界という話をネットで見たことがあった。どうにもその世界は赤いだけで特別住み心地など良さそうなお話ではなかったとは思うが、こういうほんのり暖かいような赤なら、それに塗りつぶされれば少しはこの沈んだ心もましになるかなと考えていた。歩いて、考えて、疲れて、どうでもよくなって、強がって、また歩く。繰り返し、繰り返し。こんな地味な繰り返しは続けられるのに、どうして他のことはろくに続かないのか、結果が出ないのか。気分が悪くなりそうだったので疲れるために歩く。歩く。

 やがて、足の向きを変えた。今頃、母さんが家でご飯を作ってくれているだろう。連絡をして、いらないと言ってしまってもいいが、既に作っているであろうときに連絡して、気をつかわせる方が嫌だった。だから、家に帰ることにした。数時間歩いて革新的なひらめきも運命的な出会いもない。これ以上歩く意味も無いだろう。でも最近は、あんまりご飯がおいしくない。食事が喉を通らないのではなく、むしろ食欲は旺盛だ。何もできていない僕に何かをしてくれているという事実が何よりも飯をまずくした。このまま過ごせば、卒業してしまったら、僕は学生という肩書きを失ってしまう。そうなれば、働かない奴がどんな目で見られるかは想像がつく。別にニートになろうが死にやしないし、アルバイトだっていくつもある。だが、およそ優等生として、遊び回りもせず、金遣いも荒くない僕にはそういう人生がどんなものなのか見当がつかなかった。しらない世界に身を投げ出さねばならない不安よりも、今消えてしまいたいという希死念慮の方が強くなったりもした。でも死なない。自分の中の優等生な自分が正気と理性を頭の中に流し込んできて、自棄になることも狂うこともできないのだった。優等生に育った自分を、育てた環境を恨みそうになる。自分のためにも、誰かのためにもならないのであれば、この品行方正は何の意味があるのか。いっそ軽犯罪でもして刑務所に入った方が楽だろうか。しかし、それをしてしまったが最後、何かを失ってしまいそうな気がする。別に何も持っていないと思うのだけれど。

 でも、ただ同じ道を帰るのは芸が無いと思った。だからいつも車の窓から見ていた住宅街にさしかかった辺りで路地裏に入ってみた。未知というのは、すさんだ僕の心にも届くぐらいには好奇心を刺激した。見たこともない道を少し痛む足で歩くのは、ちょっとした冒険であった。しかし、若干ばかりの後悔もあった。方向さえ合っていればいつか家には帰れるだろう。でも、道を知らないので晩ご飯の時間には間違いなく遅れることが決定してしまったからだ。

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