第165話 お土産

英美里に舞歌。

今日だけで何度呼んだ事だろう。

流石に何度か呼んでいるうちに吃る事なくスムーズに呼べるようになった。

名前呼びになった事で、なんとなく心の壁が一枚剥がれて今まで以上に仲良くなれた気がするし有意義な放課後だったと思う。

ただ、それまでお美味しいと感じていたパンケーキの味が最後にはよくわからなくなっていた。

どうやら人間というのは、緊張や大きな負荷がかかると味がわからなくなるらしい。

楽しいはずのカフェが終わってみるとかなり疲れてしまった。

いや実際に楽しかったんだけど。


「は〜〜〜っ」

「お兄ちゃん、ため息なんかついてどうかしたの?」

「いや、今日はちょっと疲れる事があって」

「英美里さんか舞歌さん?」

「え!? なんで?」


俺はひとことも伝えてないのにいきなり向日葵が確信をついてきた。


「だってねぇ。学校から帰ってきたらそれだし」

「あぁ……」

「お兄ちゃんって基本悩みないでしょ。ため息なんか初めて聞いたし。じゃあ二人の事かなって」


向日葵、我が妹ながら鋭いな。

だけど、悩みがないって、俺にだって悩みくらいある。

日々色々悩んでたりもするから。

今日だって朝から中間テストの事で悩んでた。

どうやったら数学でいい点が取れるのか。

向日葵の言い方、まるで俺が能天気なバカみたいじゃないか。


「まあ、2人のことだけど別に悩んでたわけじゃない」

「そうなの? 2人のどっち?」

「どっちっていうか両方?」

「両方!? 両方ってどういう事? 詳しく聞かせて!」

「別にいいけど」


やたらと食いついてきたけど向日葵なら言っても大丈夫だろう。

俺は向日葵にカフェでの出来事を話してみた。


「なんだ、そんな事?」

「向日葵、そんな事って」

「だって名前呼びしただけでしょ」

「まあ、そうだけど」

「なんか思ってたのと違〜う。わたしなんかずっと名前で呼んでるし」

「いや、それとこれとは」

「お兄ちゃん!」

「はい」

「それよりカフェ行ったんだよね。パンケーキ美味しかったんだよね。ところでわたしのは?」

「え?」

「だから私にパンケーキは?」


え〜っと、今の話の流れでなんで向日葵のパンケーキ? カフェで食べたって伝えたよな。


「向日葵、パンケーキはカフェで食べたから、ここにはないけど」

「お兄ちゃん! お土産! お持ち帰りってあるでしょ。自分だけズルい。わたしだっておいしいパンケーキ食べたかった」


それ? そもそもカフェのパンケーキって持ち帰りってできるのか?


「お兄ちゃん! こうなったらお兄ちゃんのガチャでパンケーキ出して。世界一おいしいパンケーキを当てて! ほら、今すぐスマホ出して」


ガチャで世界一おいしいパンケーキって、向日葵それは無理だ。

知っての通り、ガチャはランダムなんだって。

そんなピンポイントで出せたら、それはもうガチャじゃ無くて4次元ポケットだから。

結果、当然の如くパンケーキは一枚も当たらなかった。

パンケーキどころかこの日スィーツは一回も当たる事はなかった。

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