第9話 ゴブリン

大前がセイバーとなってからも幸運な事に学校周辺にモンスターが現れる事なく1週間が過ぎた。

大前はセイバーになってからは、完全にクラスのヒーロー扱いだ。

お金もあるので羽振りがいいのも手伝って、放課後は毎日クラスの女子と遊びに行っているようだ。

俺だって男だ。

羨ましくないといえば嘘になるが、こればかりはどうしようもない。

俺のスキルは『ガチャ』なのだから。

今はクラスの1番人気の神楽坂さんが、大前に言い寄っていないのだけが俺の精神安定剤だ。

俺は神楽坂さんに特別な感情を抱いているわけではないが、かわいいものはかわいい。


『バリィイイン』


突然窓ガラスが割れる音が聞こえ、


「キャアアアアア〜!」

「で、で、でたああああああ〜!」

「に、逃げろ〜!」

「ゴブリンだああああああああ〜!」


下の階から悲鳴が聞こえて来た。

マジか。

どうやら、ついに学校にゴブリンが現れてしまったらしい。


「大前君」

「お、おう。セイバーの俺に任せとけ。ちょっといってくる」

「さすがセイバーね」

「まあな、まかせてくれ」


そう言って大前は颯爽と教室を飛び出して行く。

どうする。ここは逃げた方がいいのか? だけど大前が向かって行ったし大丈夫か?

判断に迷うところだが、クラスのみんなは大前が退治してくれると信じているのか落ち着いたものだ。


「俺がいたところにやってくるとは運の悪い奴だな。これでもくらえ!」

『ガシャアアアン』


どうやら戦闘が始まったらしい。

生徒の悲鳴に混じって大前の声と何かが壊れた様な音が響き渡る。


「御門、大丈夫かな」

「どうだろう。一応逃げれる用意はしといた方がいいな」

「そうだな」


念のためにいつでも逃げられる体勢をとっておくが、その間にも下の階で戦闘は続いているようで大前の声が聞こえてくる。


「クソッ、ちょこまか動くな! さっさとくらえよ!」

「ゲゲッ」

「近づいてくるんじゃね〜!」


声から判断するとかなり苦戦している様にも思える。

そろそろ逃げ時かなと思ったその瞬間、教室の窓ガラスが割れそれは現れた。


「ゴブリン……」


一瞬思考が停止する。

なんでここにゴブリンがいるんだ。

大前はまだ戦っている。

なのになんでここにゴブリンが。


「うううううううアアアアアアア〜」

「ギイイヤアアアアアアアア〜!」

「でたああああああ〜」

「大前君、大前君助けて〜!」


一瞬で教室に混乱が巻き起こる。

悲鳴を上げ、ゴブリンから遠ざかるべく足を動かそうとするが、窓側にいた生徒は逃げ遅れ、ゴブリンに捕まれ放り投げられる。


「グアアアアッ、痛えええ」


ゴブリンの大きさは小学生くらいしかないのに濱田を軽々と放り投げた。

やはり小さくてもモンスターだ!

男子生徒が放り投げられたのを見て、扉側にいた生徒は一目散に逃げ出す。

それを見た他の生徒も一斉に扉から逃げ始める。


「いやああああああ〜!」


ゴブリンがゆっくりと教室を歩き中程まで来て周囲を見回す。

俺も逃げ出すチャンスを窺うが、モンスターであるゴブリンの方がスピードは上だろうから目をつけられたらまずい。

息を殺してゴブリンの動きを観察する。

初めて見る本物のモンスターは、小さく醜悪で今までの人生の中で1度もなかった自分自身の死を想起させるには十分だった。

こんなところで死ねるか。なにがなんでも逃げ切ってやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る