3-3 犯人

レイノルズが客室へ入ると、そこにはスーツのようでスーツでない服を身にまとった女性が一人ソファに腰掛けていた。

黒髪のショートヘアで端正な顔立ちをしており、乱れのない手先まで整った姿勢で座っている。

教養と美しさを感じられる佇まいだった。

「お待たせした。エルピス総司令官のレイノルズだ」

「突然の訪問失礼いたします。私はRing of Fire社の社長秘書をしておりますエレンと申します。お初にお目にかかります。」

「こちらこそよろしく頼む。要件はある程度伺っているが詳細を尋ねたい」

「はい、種の保存事業として行われたサード・ノア計画とその顛末についてはご存じと聞いていますので説明は省きますが、失敗の要因となった収容生物の大量死について不可思議な事象が観測されました」

「それは一体?」

「音です」

「音」

「調査の結果、収容生物はある時間一斉に休眠状態から死亡状態へと移行していたことが分かりました。その際、ユニット船外からある音波が観測されているのです」

「宇宙空間で音というのも妙な気がするが、我々への依頼というのもその音に関係すると見てよろしいかな?」

「はい。まずその音には規則性がなく、ある種の自然的な要因で発生したと考えられています。一方で、音の出所を調べた結果発生源はオゾン層最上部と見られています。その空域に先ほど言ったような自然的な音を発生させるようなものは確認されていません。無論自然現象や他の衛星による音とも考えられますが、そのような音であればそもそも宇宙空間に浮かぶ保管ユニットまで届くはずがないのです。以上の矛盾を解決できそうな機関としてあなた方に協力を依頼した次第です」

「我々はマイズ…、未確認生物の対策機関だ。基本的にその方向で調査や研究を進めることになるが」

「勿論構いません。そちらでお願いします」

エルピスの研究員たちにROG社の開発チームから情報が共有され、協力体制が築かれた。

ホーンズを初めとした研究員たちはサード・ノア計画に関われるとして俄然やる気を出していた。

一方で、レイノルズはアノレマとの会合の準備を整えていた。

レイノルズとしてはエルピス本部で行うことができれば最上であり、アノレマもそれでよかったらしいがさすがに幹部たちが許さなかったらしい。

結果、密会の場として一つの料理店が選ばれた。

レイノルズは護衛の中にアデルも混ぜ込んで会合の場へ赴いた。

レイノルズが案内された奥の部屋に入ると、既にそれらしい者たちが机の片側にまとまっていた。

「やあ」

軽快な挨拶をしてきたのは、初老の女性だ。

顔に皺も入り始め、皮膚や筋肉からは衰えが隠せていない。

それでも、その表情や声は元気に満ちたはつらつとした女性だった。

彼女を中心に人がいることを鑑みても、おそらくその女性がアノレマだろう。

そう考えたレイノルズは彼女の対面に座った。

「はじめましてだね、私がアノレマだよ」

レイノルズが椅子に座ったことを確認したアノレマが口を開く。

「直接会うのは初めてだな。私がエルピス総司令官のレイノルズだ」

「世間話も前の電話でやってしまったからね、早速本題に入るとしよう。”NAL”、Nature Land。純粋な自然由来のもののみを求め、人の手が関わったものは天然の動植物であろうと排除を謳う集団さ。そいつらがサード・ノア計画の衛星接近事件の黒幕って噂を耳にした」

「黒幕がもう判明したのか」

「事件前後にそいつらが慌ただしく何かをやっていた。その様子から私らみたいな集まりで噂されているだけだ。けど、ちょっと前にとんでもない化け物の創造に関わってしまった身としてはちょっと敏感になっててね。踏み込んで調べてみたんだ。そしたらこれが大当たり。奴ら非正規の衛星を買い取ってサード・ノア計画の打ち上げロケットにぶち当てようとしてたんだ。まあ、あいつらの理念からしたら人工的に種を保存するなんて行為、看過できなかったんだろうさ」

「それだけでも値千金の情報だな」

「それでここからは最新情報だ。私らの理念はそいつらと被るところがある。だから付き合いも細々とあったんだ。それでつい先日、ある人間を治療できないかと打診があった。植物状態の男でね。治せるかどうかの一点張りでそうなった原因もなにも話しちゃくれない。結局治せないとなって帰っていったけどね。どうだい怪しいだろう」

「それがマイズの仕業だと?」

「それは分からない。でもいい線は行ってると思うね」

そういってアノレマは後ろにいる側近らしき者の一人から紙束を受け取る。

「NALが買い取った衛星の型番をあたってみた。スペースデブリ除去用の機体だ。使用目的、開発目的も普通。中古で流される時点で使用期間もそこそこの型落ちだ。けど、一つだけ他の除去用機と違うところがある」

「何だ」

「遠隔同期システム搭載型なんだよ。地上に居る操縦者がまるで現地、実際に搭乗しているような感覚を持ちながら作業する。作業の効率化を考えて導入された機体だ。結局その目論見はポシャったみたいだけどね。そんな機体で妨害工作を画策しといて後に病人の世話だ。我々としては何かあると見ているがね」

「怪しくはあるが…状況証拠ばかりだ。マイズとは断言できないな」

そう言いつつもレイノルズはエレンの話を思い出していた。

宇宙空間でサード・ノアの保管ユニットが感知した出所も伝達手段も不明の不振音。

人工衛星衝突未遂事件の黒幕と思しき組織。

特殊な機能の人工衛星と詳細不明の患者。

明らかに関係がありそうだ。

「まあこっちとしても警告の意味合いで今日は呼んだからね。何かあってからじゃウチも困る。リークというか口が緩んでないと話せないことだから直接会ったまでさ」

「分かった。重要な情報の提供感謝する。調査の参考にさせてもらう。何か分かったら子細もれなく教えよう」

「頼むよ。良い情報期待してるよ」

そうして密会は終了した。

帰りの車の中でレイノルズは考え込んでいた。

現時点での情報を鵜呑みにするならば、事件の犯人は自然保護団体NALであり、人工衛星の利用を予定していた。

アノレマとしても犯罪行為のリークだ。

リスクもあろう。

だからこそ密会を選んだのだろう。

事件についてはこの情報で解決を見ると考えて良い。

対して、音に関しては未だ情報がない。

人工衛星の遠隔同期機能と植物状態のNAL構成員が関係していそうだが確証にいたる段階ではない。

こちらに関しては独力で調査するしかなさそうだ。

そのまま思考を投げ出したレイノルズは車に揺られながら基地に戻った。

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