3-2 兆候
「あ゛あ゛っ!」
苛立ち交じりに男が頭から器具を取り外して放り投げる。
後ろで見ていた別の男が声をかける。
「聞くまでもなさそうだが一応聞いておこう、直ったか」
「無理ですね、うんともすんとも応答がない」
「古い機体を使おうとしたのがまずかったか」
「と言ってもですね、あれはまだ十分機能するはずですよ。あんなタイミング良く機体が寿命を迎えるなんて考えられない?」
「たんなる故障じゃないのか」
「だったら兆候の一つくらいあっても良さそうなんですがねぇ。報告機能にも異常はないですし。そっちの具合はどうです?」
「こっちも駄目だ。機能障害が起こったときに何かがまずったのは確実なんだが、一向に目を覚ましやしない。完全に植物状態だ。あいつが目覚めてくれればもう少し情報もありそうなもんなんだが…」
「こんなことなら、遠隔同期型のデブリ除去用機なんて選ばなきゃよかった」
「そりゃ結果論だろう。調達できる中古機体で一番状態がよかったのはあれだったんだからな」
「…しょうがない、か…。もう少しやってみます」
「おう、まかせる」
所変わってエルピス本部。
今回の騒動で憔悴していたのは渉外担当たちに限らない。
レイノルズ司令官もまたあらゆる報告、声明、会見を求められ、その度に綱渡りの発言や返答を日夜繰り返していた。
とはいえ、さすがに今回の事態は適切な説明をすれば済むというものではなかった。
能力に限らず人柄や経歴を含め、彼そのものにまで話が波及することもあった。
それでも司令官のポストを降ろされなかったのは、彼の能力もそうだが他に適した者がいないという問題が大きかった。
人類の存亡をかけた戦いの前線部隊そのトップという肩書きは、外から非難する分には問題ないが、自らが座ろうとする者はいなかった。
レイノルズは来客がめっきり減った司令室で椅子に揺られていた。
目を閉じ、外の喧噪から距離を置いていたレイノルズを現実に押し戻したのは司令室直通の連絡が来たことを知らせる通知音だった。
思い当たる用事を頭で整理しながら通話をつなげる。
「やあ。元気してるかい」
その低めだがどこか騒がしさのある響きは聞き覚えがあった。
M.U.のアノレマであった。
「何のようだ」
司令室直通の回線は本来、緊急事態のためのものだ。
部外者と気安く連絡を取るためのものではない。
特別思いつく用事もないため、若干ぶっきらぼうに答える。
「いやーすまないね。そっちと連絡を取る方法を他に知らなくてさ」
「…後で他の通信先を教えよう」
「どうも。いや実はね、少々怪しい話を聞いたもんだから告げ口しておこうかなと思ってさ」
「怪しい話?」
「さっきサード・ノアの計画の失敗が報道されたろう?」
「知らないな」
「あんた…、それでも総司令官なのかい?」
「今は休憩中だ。多少の取りこぼしは仕方なかろう」
「まあいいけど。話を戻すが失敗の原因は、保管ユニット内の生物が軒並み死亡状態になっていることが分かったからなんだ」
「確かに一大事かもしれないが…、それがどうかしたのか」
「その前に。この話は誰かに聞かれていないかい?私からの情報だとは知られたくない」
「その点は問題ない、政府高官も御用達の専用回線だ。むしろこんな会話の方が少ないくらいだ」
「ならいい。で、本題だが…新しいマイズがいるかもしれない」
さすがのレイノルズも血の気が引く。
数はともかく、こんな短期間で複数の種類のマイズが現われることはなかった。
「まだ可能性の話だ。実際にいると決まった訳じゃない。その上で、だ。”NAL”というワードについて聞いたことはあるかい?ある組織の名前だ。こいつらが怪しい。できればここで全部話してしまいたいが今回の話は少々長くなる。どこかで直接話したいんだが」
「了解した。後で場所と日時を指定しよう。希望はあるか」
「いやぁいつでも。こういう立場なんだが案外暇でね」
自身の立場を考えれば、見ず知らずの者と直接会うことのリスクは考えられたが、レイノルズは情報収集を優先することにした。
だが、向こうの真意を確認するため、かねてからの疑問を解消することにした。
「先の情報提供は事態を引き起こした責任を果たすという理由があったが、なぜ今回また私たちに情報をくれる?君たちの目的は新たな支配種の擁立だ。その中にはマイズも含まれるだろう。マイズは確認次第原則として討伐する私たちは本来君たちと相容れないはずだ」
「勘違いしないで欲しいが私らは人類を滅ぼしたいわけじゃない。ただ増長しすぎな人類を押さえつける強者が欲しいのさ。その点、マイズときたらやたら人類に殺意が高い。自然的な捕食や共生じゃない。明らかに人間に対して意思を持って行動している。あんな奴らに跋扈されては生態系も何も無い」
真面目な会話はそこで終わり、軽いやりとりの末通話は終わった。
「NAL…。Nature Landか…」
レイノルズもその組織について名前くらいは知っていた。
怪しいとのタレコミがあった以上調査は行いたい。
だがその前に、とレイノルズは自分の端末を手に取るとニュース記事を調べた。
渦中の記事を見つけるのに時間はかからなかった。
一番上に出てきた大手出版社のネット記事を開く。
無事に保管ユニットが打ち上げられたはずのサード・ノア計画。
しかし、衛星軌道上で運用開始の準備を進めていたところ、動植物の胚が軒並み死亡していることが判明した。
当面は保管ユニットに備え付けられた計器によって調査が進められる。
記事にはそのように書かれていた。
他の記事も見ようとレイノルズが端末を弄り始めると同時にドアがノックされる。
「入ってくれ」
返事を聞いて入ってきたオペレーターが用事を告げる。
「司令、ROG社からお客様です。サード・ノア計画における一連の事件において事態解決に協力願いたいとのことです」
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