3章
3-1 サード・ノア計画
先のマイズの騒動から時間が経ち、被害を受けた場所や人々に対して処置から復興に見方が変わりつつあった頃、エルピスの仕事も落ち着き始めていた。
渡される書類の厚さとデータのサイズから流れてくる仕事量の減少を確認した担当者たちの何人かが力を抜いて椅子にだらしなく身を預ける。
今回の騒動は、本部が吹き飛んだ一つ前のものとは訳が違った。
組織管轄下の建造物一つの物的被害だけで済んだそれは内部で処理が終わるものだった。
対して、今回の被害は複数の土地がゴーストタウンと化し、犠牲者は一つの主要都市の人口を優に超える。
さらには、生き残っても精神が再起不能に陥った人々が多数いた。
エルピスもマイズ対策機関としての有用性を始めとして様々な指摘がされた。
そんな声をなんとかなだめて、ようやく騒ぎが収束しつつある。
気の一つも抜けるというものだった。
一方そんな渉外部門をさておいて活気づいていたのが研究部門だった。
腕の立つ何人かは渉外部門にかり出されていたが、彼らはようやくマイズについて好き勝手調査できていた。
何分、騒動の只中においてはその知見を生かす間もなく機密情報があちこちから集まり、いざマイズが行動を始めたと思えばその性質から調査も対処もろくに出来なかったのだ。
今はその鬱憤を晴らそうと、既知の情報の不備や疑問を埋める形であれこれと仮説を立ててはデータにまとめ、その性質の可能性について議論していた。
だが、彼らの気分を高揚させていたのはそれだけではなかった。
科学や技術に対して強い好奇心を持つ彼らの気を引く一大イベントがあった。
クロアは研究室の補助としていつものように研究室に足を運んだ。
開けたドアの先でクロアが見たのは普段好き勝手に行動する白衣の研究員たちが備え付けてあるテレビの前に集合している様であった。
「なにを見てるんですか?」
クロアが訪ねると最前列で床に座っているホーンズが手招きをしつつ、姿勢を変える。
ここに来いということだろう。
クロアは邪魔にならないよう身をかがめながらホーンズの足の間に収まった。
「今からロケットが打ち上がるんです」
小声でホーンズが説明してくれた。
どんなロケットかは聞くまでも無かった。
テレビのアナウンサーが詳細を説明し始めたのだ。
「今回打ち上げられるN3ロケットはサード・ノア計画の第一号であり、この打ち上げが成功すればあらゆる生物の情報が宇宙空間で安全に保存されることになります。このロケットの先端部には数百種類の生物の種とそれを半永久的に保存する保管ユニットが積まれています。積載された生物には植物だけでなく動物の遺伝細胞も含まれており、かつての世界種子貯蔵庫の機能をさらに拡大させたものとなっています。担当者によれば、この打ち上げの成功を皮切りに規模を拡大させ、現在確認できているあらゆる動植物の情報を…」
たくさんの生物を乗せたロケットが打ち上がる、クロアはそんな風に解釈した。
どう面白いのかは分からなかったが、その雰囲気からすごいことなのだと感じた。
「そろそろ打ち上げですよ!」
誰かがそう言い、ますますテレビに注目が集まる。
カウントダウンが始まり、ロケットの下部から白い煙が上がる。
1とカウントされた後、間を置いてゆっくりとロケットと地面の間が開く。
その隙間をオレンジの炎が埋め、白い煙があたりに広がる。
炎はロケットが持ち上がるほどに長さを増し、ついには飛び立った。
ロケットはみるみる内に上昇し、あっという間にカメラでも追い切れなくなった。
後に映るのはロケットの軌道を示す白煙だけだった。
打ち上げ成功のアナウンスが流れ、テレビの前で研究員達は「おおっ」と歓声を上げる。
だが、誰もテレビから離れたりはしない。
打ち上げは成功したが、肝心の保管ユニットが宇宙に出なければ意味が無いのだ。
そのミッションの可否について少しでも知ろうと全員がそのまま画面を見続けた。
数分後、分離に成功したとアナウンスが流れる。
誰からともなく拍手が起こり、みんなが我が事のように喜んでいた。
クロアはロケットが上手く打ち上がったこと以外何も分からなかったが、喜ばしい雰囲気の真ん中に居て悪い気はしないのだった。
興奮が冷めるまで、研究者たちは思い思いに雑談をして過ごしていた。
「ん…?えー、ただいま新たな情報が入りました。宇宙軌道管理局によると先ほど打ち上げられたN3ロケットの軌道に別の人工衛星が軌道を外れ、接近しているとのことです。管理局は2つの衛星が衝突する可能性があるとして対応を急いでいます」
穏やかで無い事態が告げられ、皆口を止めて画面を見やる。
しばらくして続報がアナウンスされる。
「速報です。衝突が危険視されていた正体不明の人工衛星が衝突軌道から外れ、安全な距離まで通過していたことが分かりました。管理局は衝突の恐れがあった人工衛星の所有者の割り出しを進めると共に破壊命令の送信も視野にいれているとのことです。」
安堵した雰囲気が流れると共に、その人工衛星の正体は何なのか。
皆の話の主題は専らそっちに移ったようだ。
いよいよ以て話についていけなくなったクロアは仕事を探して机の方を振り返ってみたが、研究者たちも相まって、手伝うようなことはなさそうだった。
それならば医務室にでも行こうとクロアはホーンズの元から立ち上がって研究室を後にした。
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