2-6 幻体、その異能
時は少し遡る。
クロアとミルカは自分たちの部屋でそれぞれのベッドの上で呆々としていた。
ミルカはここエルピスの活動を外に知らせる仕事をしているとクロアは聞いていた。
マイズが現われた少し前は特に忙しかったようで、昼すぎに起きてきた彼女が今でも眠そうに見えたクロアはその邪魔をしないよう静かに窓の景色を眺めていた。
ふと窓に影が映ったかと思うと、人が飛び込んできた。
けれど、音が響くことも割れた窓ガラスが飛び散ることもなかった。
きれいに人が通れるくらいの大きさで丸く切り取られた窓ガラスが侵入してきた人物によって軽く床に置かれる。
クロアは一瞬何が起こったのか分からなかったが、窓ガラスと侵入者を見比べて合点がいった。
まず侵入者はヴァイであった。
彼女が窓に飛びかかると同時にガラスをきれいにくりぬいて、勢いそのままにガラスを押しのけて入ってきたのだ。
ガラスも部屋に落ちる前に空中で掴んだらしい。
置かれたガラスの上に手が添えられている。
さすがのミルカも眠気が吹っ飛んだらしく、呆然とヴァイを見つめている。
その顔は侵入者が誰なのか理解すると共に恐怖の色が強くなる。
ヴァイを見つめていたクロアに「ヒッ」という小さな悲鳴を聞こえた。
見ると、とっさに携帯電話を手に取ろうとしたであろうミルカの手すれすれのところでベッドに剣が刺さっていた。
「お静かに」
ヴァイが端的に告げる。
ミルカはすぐさま身を縮めるが、対照的に目線はめまぐるしく動いている。
クロアはヴァイのことをよく知らないがために怪しい人物程度の認識であったが、ミルカは彼女について少しばかり話を聞いていた。
一切表情を変えることなく人を殺すような危険人物であると。
故に、ミルカはどうにか身の安全を確保しようとしていた。
そんな彼女を差し置いて、ヴァイはクロアの方に向き直る。
「御自身の異能についてどれほどの理解を進めましたか?」
クロアは自身の才と聞かれて一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。
自分の身に起こった不思議な体験のことだろう。
「よく分かりません」
「あなたの異能は他者との精神的接続の構築とそれを経路とする記憶や感情、感覚の共有です」
そう言うとヴァイはベッドで怯えたままのミルカを指さす。
「あの者は今何を思っていますか」
「怖がっています」
クロアは見たままを答える。
だが、それは望むような答えではなかったらしく、ヴァイは少し眉をひそめる。
「見て理解するのではありません。あなたの持つ異能を使って知るのです。ただ見るよりも多くのものが得られるはずです」
そう言われたもののクロアはどうすればいいのか分からない。
仕方なく先日の航空機の中で体験したことを思い出す。
浮遊感と共に視点が切り替わり、謎の声が聞こえた。
謎の視点はあのときの巨大な生物のものであることは推測できるが、なぜあのような感覚に至ったのかが分からない。
同時に感じた浮遊感と謎の声が鍵を握っていそうだが、そのどちらも今のクロアには感じられない。
「意識を重ねるのです」
ヴァイからアドバイスらしき言葉が飛んでくる。
(意識を重ねる…)
クロアは怯えているミルカを見る。
ヴァイの意識がクロアに向いていることでミルカの表情はさっきよりもほぐれている。
とはいえまだ恐怖の色は顕在であることも分かる。
見られていることに気づいたミルカが視線をクロアに移す。
互いが見合う構図になった瞬間、クロアはミルカになっていた。
否、クロアはミルカの視線でものを見ていた。
視界には棒立ちで佇む自分が映っている。
「成功したようですね」
ヴァイの声もさっきまでとは違う方向から聞こえてくる。
「これが精神の重ねあわせです」
「感覚の共有については体感できていると思いますが…どうです?」
うん、とうなずいたがその動作は佇むクロアではなくミルカのものとして行われる。
「何!?何なの!?」
自分の体が勝手に動いたことで異常を知ったミルカが声を上げる。
「その状態になってしまえば、感覚の共有や肉体の制御のみならず、接続対象の感情把握や記憶の同期・閲覧も可能になります。その辺りは御自身で研鑽を積まれるとよいでしょう」
ミルカの視界のままヴァイが動き出したと思うとクロアの体を軽くつつく。
気がつくとクロアは自分の体に戻っていた。
「この程度の衝撃で切れるのも問題ですね」
ヴァイの声をクロアは戻ったばかりの自分の体でおぼろげに聞いていた。
相手の認識がまるで自分のことのように伝わり、間髪入れずに自分のものに戻る。
その急な変化に理解が追いついていなかった。
「では私はこれで」
そういうとヴァイは持っていた窓ガラスを壁に立てかけると、入ってきたときと同様に窓から出ようとする。
ハッと意識が戻ったクロアはヴァイに尋ねる。
「どうしてあなたは私の力を知ってるの?どうして教えてくれたの?」
「そうなることが望まれているからです」
そう答えるとヴァイは窓ガラスの穴から飛び降りた。
クロアが穴から顔を出して下を見るが、既にヴァイの姿はなかった。
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