幸と不幸

「落ち着きましたか」

クロアの服についた土を払いながらシュドが聞く。

クロアは首是する。

うなずきはしたが、まだ声を出そうと思えるほどには元気はなかった。

「頭は働くか?」

頭の中の存在感が復活すると同時に声が聞こえてくる。

うん、と頭の中で返事をする。

「…」

「どうしたの?」

声の主が黙っているのでクロアが尋ねるが、何でも無いように声は話し始める。

「お前にも傾向があるのかもしれん」

声の主の考えによれば、第二原種の感覚の学習適正の傾向が私にもあるという。

白いマイズの救済への耐性、いくら指向性があるとはいえ人からの負の感情への極端な脆弱性。

「お前はあいつとは真逆かもな」

白い巨人となったマイズは幸福感情に対して適性があったらしい。

クロアは逆で負の感情に対して適性があるらしい。

普段聞く声が全て負の感情であること、幸福感情の付与に対する鈍さが根拠だという。

だからこそ、負の感情を感じすぎて人の精神では耐えきれないのだという。

「まあワタシは適正に関しては割とオールマイティだったがな」

とにかく、そうであれば再戦は難しいとのこと。

やり方はどうやら合っていたようで、あのまま続けてもらうつもりだったらしい。

そうなると向こうの反撃も似たようなものになる。

それに耐えられない、耐性を超えるだけの感受性を持っている以上同じ目に遭う。

「ワタシが補助をする。だからもう一度精神をつなげるんだ」

あれをもう一度するのか、クロアは拒絶と疑問からそう思った。

元よりイメージ次第で勝負が決まるという実感のなさに加え、あの反撃は明らかに自身という存在が観測されなくなるすなわち死に対しての明確な反抗だった。

相手がどういう存在であれ、どれだけの厄災であれ、一つの命を絶つという事実とその感触をクロアは耐えられると思えなかった。

違う方法はないのだろうか。

そう思って手がかりを求めて自分の能力について思い返して見るも、あまりにも突拍子のないことばかりで整理など到底できなかった。

どういう手を取ろうと結局はやってみるしかない。

クロアはそう結論づけた。

目を閉じる。

一度やったことで精神をつなげることはすんなりとできた。

重なった精神は相変わらず妙な感覚だと感じた。

相手の見る景色を自分の目に映る。

相手の感触が自分の肌を伝う。

それでいて自分の感覚も確かに別に存在する。

クロアはその感触、感覚、意識を一つ一つ感じてみた。

相手の行動のどれに関われば、今の行為を止められるのか。

相手の存在を末梢する以外に手はないのか。

その答えを探していった。

意識の揺蕩いの中、一つの感覚に違和感を覚えた。

確かに相手の中から選んだはずのある感覚がこちらには全く伝わってこない。

例えるなら、勝手に手が動いている感じだ。

意識としてそこが動いているという認識はあるが、感覚がない。

視覚や声の情報を並べて見る内に気がついた。

これは幸福感情の付与の感触だ。

精神を重ねたことでマイズの幸福感情の付与をさながら自分が実行しているように感じることができていたのだ。

だがクロアは負の感情に感受性が強い。

幸福感情を感じることは苦手を超えて感受性が無に等しいようだ。

マイズ本人の幸福感情を付与するという行為に対して、精神を重ねて肉体を同期しているような状況にあっても、神経が麻痺しているかのように何も感じない。

(お前はあいつとは真逆かもな)

さっきの声が言っていたことを思い出す。

真逆だとこうも違うのか。

精神を重ねてなお行為の自覚さえできない、感じられない。

マイズによる視覚作用か感情付与、どちらかを弄るべきと声は言っていた。

だがこのありさまでは感情付与への干渉などできるはずもない。

何をしているのか感じることができないのだから。

やはりさっきみたいに視覚に干渉して、視線を消していくしか無いのか。

そう思い視覚の感覚につなげようとして、クロアは一つの方法をひらめいた。

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