感覚の使い手
「発射準備完了!」
「目標海岸垂直方向、西北西に移動中!」
「避難指示範囲…」
解決策が提示されたことで管制室はさらに喧々囂々とする。
グレイを連れてきたレイノルズはモニターを指して言う。
「この画面を見ながら、君は放たれたミサイルがあれにぶつかったときに攻撃できた感覚を付与して欲しい」
グレイがうなずく。
「答えて欲しい。正直、できると思うか」
答えかねるグレイはどうとも言えない、できない。
それを見たレイノルズは画面に向き直る。
「そうだな、やってみなければ分からない。忘れてくれ」
オペレーターが二人に叫ぶ。
「来ます!」
モニターの端から飛翔体が映り込む。
「仮定着弾座標まで三、二…」
グレイはミサイルの先端部に集中する。
とはいってもミサイルの具体的な仕組みも威力も知らない彼女の集中は、ミサイルの先端に乗っているようなイメージを膨らませることだった。
「零!」
遠隔でミサイルが爆破される。
それに数瞬、肉体反応の差だけ遅れてグレイは思い描く。
爆発があの白い巨人の体を吹き飛ばす様を。
それをミサイルからみた感覚を夢想する。
風は観測された。
白い天使に与えられた一撃として、彼女が観測した。
観測された結果は現実になる。
現実になった攻撃はモニターに観測される。
管制室の皆がそれを認識する。
それをもって、彼女は傷つけられた。
同種を知る一人の夢想は、天使の否定できる範疇を超えた。
「傷ついた」と認識された彼女は、傷つき爆風の衝撃でよろめく。
同然の行動として、被弾した部分に顔を向ける。
「いけるぞ!」
「次だ!次の準備だ!」
攻撃が通ったことを確認した管制室は勢いづく。
だが、巨人は活動を再開する。
彼女は傷ついた。
だが、爆風が収まって初めて分かった。
攻撃を加えられたのは、グレイが感覚の付与という裏技でミサイルに相手の損傷を観測させたからである。
そして、その感覚とは彼女の経験無き想像上のものである。
想像でしかない故に、一部分で済んだのだ。
一発だけのミサイルが天にそびえる巨体を一撃で砕く様などどう都合良く見積もってもあり得ない。
それは結果に通じる。
初撃の成果は、白い巨人の背中の一部を削っただけであった。
だが、攻撃が通ったという事実は確かであり、それは勝機をたぐり寄せる確かな糸であった。
「いけるか!」
口元に抑えきれない期待を浮かべてレイノルズが聞く。
グレイもまた上手くいったことを実感する。
「次が来る!このまま頼むぞ!」
撃てるだけの武器が飛ばされた。
ミサイルのような爆裂を伴わなくとも、感覚の媒介となれば良い。
それが分かってからはもっと数が打ち込まれた。
だが、その攻勢も虚栄となり始める。
「使用弾数に対して成果が少ない…」
一発一発の成果は乏しい。
そもそも彼女の反射速度的に、使われる火器すべてに感覚の付与ができるわけでは無い。
数が重なれど、体高10kmの巨人は未だ健在であった。
その間も巨人は歩みを止めない。
痛覚はあるようで、弾が当たる度動きは鈍くなる。
だが限度がある。
彼女の救済が執行される範囲は時間と共に拡大していた。
「このままじゃジリ貧だ…!」
事態はそれに追い打ちをかける。
爆裂音と共にモニターが暗転する。
「中継カメラに着弾!」
火力を目的として放たれたミサイルが向きを変え、姿を映し続けた観測機器を破壊した。
「カメラを切り替えろ!復旧急げ!」
それを皮切りに、自立機能を保有する兵器が誤作動し始める。
「制御がきかない!?」
何が起こっているのか、ホーンズが気づく。
「反撃か…!」
こちらが接触させた重火器という第3者を破壊の観測者としているように、相手も同様の機能を持つ。ならば、飛んでくるそれらに異なる感覚、例えばでたらめな敵の熱源やエラーを感知させれば、武器の支配権を奪うことができる。
そうなれば、より高機能な兵器ほどそのまま向こうの操られるままにこちらが被害をうけることになる。
グレイが必死で感覚の付与を一つ一つ行っているのに対して、巨人は救済も反撃も全てを一度にやってのけている。
機能差がありすぎる。
焦燥に駆られながら、指示を飛ばしているレイノルズに考察を伝える。
「迷い無くこちらの目を奪い、高機能の兵器も事実上封じられた」
報告を聞いたレイノルズは現状を分析する。
「こちらも攻撃はできている。映像も直接被害が出てはいない。火器は使うものを選べば良い。だが、火力が足りない。もっと奴を倒せるだけのものがいる」
それを聞いた者たちは、核を初めとした兵器を思い浮かべる。
だが、それらが相手に奪われたが最後、どういった事態になるかを想像すると有用とは言えない。
グレイもまた混乱の中にあった。
ただでさえ雲を掴むような実態の無い作業を続けている。
その中で、少しでも相手を倒そうと規模の大きな爆発や攻撃を想像してみるが、効果は無い。
自分が感覚的に納得のいくだけの爆発がモニターを介して確認できるのみである。
そもそも、感覚の付与とはどういうことなのか?
起きてから言われたままにしている。
その上、言われたことができてしまっている。
彼女が過去にしてきたのは読心と行動の強制である。
それらも自分にとっては無意識である。
自分の知らない力をせっつかれるように行使する。
しかも、端から見れば自分はただ突っ立っているだけなのである。
その意味不明さを不気味に感じつつも、説明のしようもない。
ただ、現状を繰り返すばかりであった。
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