2章

2-1 天_鳴動

「確かに私は言いました。『朝ご飯食べるの?それなら私の分もパン焼いといて』と」

皿の上に乗った灰を前にミルカさんが淡々と声を荒げる。

「だからってコンロで直火焼きにする人がいますか!?トースターあるじゃないですか!」

私にはどうやら料理はおろか生活に必要な家事の知識がなかったらしい。

パンを焼いておいてと言われたものの何で焼けば良いのかわからず、かといって食パンの袋には焼き方なんて書いてなかった。

なので焼いてみた。

そしたらこの様である。

「はぁ、正体不明の拾い子だと聞きましたが、どうやら知識の偏りがすごいようで。仕方ありません。いいですか、しばらくは私の生活を見て家事は何をどうするものなのか勉強してもらいます!」

そんな感じで彼女にいろいろたたき込まれる日々を送っていた。

「洗濯物に手洗い用の液体石けんをぶち込まない!専用の洗剤があるから!」

「ゴミは勝手に燃やさない!『燃やせば消えるのに何で?』じゃないんです!ちゃんとまとめて捨てるところがあります!」

「洗ったばかりの食器を棚に戻さない!『濡れても全部いつか乾くから一緒』…が通る訳あるかぁ!」


「な、なんなのこの子…。悪気はないしむしろ素直なのに発想が普通じゃない。」

ミルカさんがうなだれている。

誰のせいだ。私です。

とはいえ、そんな(ミルカさんの)苦労の甲斐あって私もだいぶここでの生活に慣れてきた。

私には任務らしい任務はないので、普段はホーンズさんの話し相手になったり、イルスさんの医務室に遊びに行ったりしている。

でも、一番落ち着くのはシュドといるときだった。

どれだけ聞こえないようにしても、いつも少しだけ声が聞こえる。

そしてそれは決まって負の感情だった。

聞こえて気分が良いものじゃない。

黒といるとそれが聞こえなくなる。

だから、気分が沈みがちなときは黒のところに行って休むのが日課だった。

私について何か知っているらしい白は最近姿を見てない。

今度あったら色々聞こうと思っていたのだけど。


「異相生命体観測しました!」

「場所はどこだ!?」

「それが…」

「一般職員に反応が?」

報告を受けたアデルが疑問を呈する。

「私が持ってきたのは人類及び人類と同種の生命以外に反応する検知システムです。これがヒトに反応するというのは、反応したヒトがマイズの影響下にあると考えラられます」

「そういうわけで検査をしてみたがおよそ異常なし。とはいえマイズは我々の理解を超えている。これだけで断定はできないが…」

「経過観察を続けるしかないでしょう。検知システムが再度反応すればどこでマイズと接触しているか分かるはず」

経過観察と平行して、反応が確認された職員への聴取も行われた。

「黒い少女?」

「それが最近になって見えるようになったと?」

聴取は司令官とアデル直々に行われた。

「ああ、薄く笑った口が白く見えるだけであとは髪も服も、顔さえ真っ黒。んで、こっちをじっと見てるだけ。視線を変えてもカメラのレンズ汚れみたいにずっと視界の同じ場所にいるんだ。不気味だろ?俺はクスリとかやってねえしそんな幻覚を見る心当たりもねえ。それでこっちが不気味がると口角が下がって不機嫌そうになるんだ。だから、慌てて笑い返してみたらむこうも笑うんだ。だからといって、こっちを見てくる以外何もしねえし。案外いいやつ…とはいえねぇかもだが、害も今んところない」

「私の知る第二原種に性質がよく似ている。とはいえ第二原種は姿を消して数億年。即決は禁物か」

「どういう風に見えていたんだ?」

「そうだな。意外と小さかったぞ、ほんの隅っこに立ってる感じだ」

「では小さいのか?」

「それはなんともいえねえ。なんたって、景色にこびりついてる感じだからな。こっちが遠くを見ようが近くを見ようが大きさが変わらねえんだ」

こんくらいだと言って、職員は指を少し開いて大きさを示す。

「特定の人間にしか見えない…。なにか条件が?」

「一応他の手段も使ってみるが、見える条件によっては捕捉しようがないかもしれんぞ。例のシステムが反応したとき、電磁波や音にも異常は確認できていない」

「もう少し情報が必要ですね…」

新たなマイズが現われたものの、肝心の相手は見えず動きもない。

何もできぬまま時間が経過するばかりであった。

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