1-8 地球内生命

厳かな雰囲気の家具や麗美な調度品が並ぶ部屋でヴァイは佇む。

彼女の前には机を挟んで男が椅子に座っている。

「さて、ヴァイ。いよいよ我々の計画も動き出す。君にも新たな使いを頼むことになる」

ヴァイがうなずいて承知する。



「犯行声明?」

「ええ、発信地不明の通信が。司令はそのとき出ていましたので」

「記録は残っているか」

「はい、再生します」

パソコンの画面に映像が流れ出す。

映像といっても、実際に届いていたのは音声のみであり、映像越しの通信モニターにはSound Onlyの文字が移っている。

「あーあー、音声は繋がっているかな。繋がっている?よしでは早速。我々からの宣戦布告は受け取っていただけたかな」

「お前は誰だ。戦線布告とはどういう意味だ?」

「私の正体は言うに及ばず。戦線布告というのも君たちにはある程度想像がつくだろう。君たちがマイズと呼ぶ生命による新たな秩序の構築だよ。そして、我々には彼らを自由に解き放つ準備ができている」

「奴らはなんなんだ。遺伝子さえ取得できないあの奇怪な生物たちをお前が作ったとでもいうのか」

「無論違う。…君たちは、46億年の地球の歴史の中で誕生した生命が、”遺伝子を持った、細胞で構成された生物”しかいないと思うかね。そうでない生命がいたかもしれないと想像さえしなかったか?我々の共通祖先たる最初の生命が現われるまでの数億年、その期間で地球上に他の生命が一つも生まれなかったとどうして思える?」

「何!?まさかマイズは…!」

「そう、マイズ。彼らは38億年前に、我々の共通の祖先たる生命が生まれる前に、間違いなく地球で誕生した生命、我々と同じく故郷を地球とする生命だ。さしもの私もかつての地球で彼らがどのように生きていたかは分からない。しかし、彼らは生きる場所を変え、今まで生きていた。だが、その痕跡さえも我々は観測することができなかった。だが!我々は発見した!それらを観測できるようにする領域を。本来であれば見ることも触れることも叶わない別種の生命。しかし、時空を歪ませる融界の下にいる生物は互いが互いの感覚器官に認識できるようその存在が変化する!融界はさながら、生命の存在自体を翻訳する空間なのだ!」

「なぜ、それを教えてくれる?我々が詳細を知らずに手をこまねいている間にいくらでも好きにやれるだろう」

「条件をフェアにするためだ。宣戦布告といったが、私はあなた方と主義主張の違いによる喧嘩をするつもりなのだ。立場は対等でなければいけない。故に、あなた方が次に動くためのきっかけを今回提供させてもらった。…私としても、どちらが正しいのか、それは分からない。だからこそエルピス、あなた方と私は対立し、双方の正しさを証明し合うのだ。私の計画は全てこの状況、そしてこれからの抗争のために。ここから先はその黒外套の者に説明してもらうといい。私よりよほど説明するのに適している。ここまで話したのだ。あなたも正体を明かして全てを話しては?では私はこの辺りで失礼しよう」

そうして通信は途切れた。

「記録終了です」

「なるほど。それで話を聞く前に私の帰りを待ってくれていたのか。時間をとらせてしまったな」

皆が皆、思うところがある。

だが、それを考えるのも先だ。

今は少しでも真実が分かりそうなのだ。

黒外套の人物に視線が集まる。

彼は観念したように話し出した。

「まずは、私の正体から。我々は自らを”第三原種”と定義する者。かつて41億年前から39億年前まで、冥王代の地を生きた先人類です。そして我々はあなた方と同じように科学技術を発展させ、あなた方風に言えば”厳しい環境”であるそのときの地球を生きていました。発展する過程で私たちは先に知的生命として活動していた”第二原種”とコンタクトをとり、友好的な関係を築いていました。彼らは”生物の感覚器官の反応”に住まう者たち。我々とは文字通り住む世界が異なるため、争いにはなりませんでした。しかし、38億年前我々の生活を一変させる事が起こりました」

「38億年前…。まさか、後期重爆撃期ですか」

「そうです。再び地球に降り注いだ天体衝突により安定していた地殻が再度乱れました。とはいえ、それだけであれば数億年を生きた我々の科学力で解決できたはずでした」

「何が起こったんです」

「我々はそれを”第一原種”と呼んでいます。マグマ・オーシャン時代はおろか惑星胚のときから生きていると推測される生命が、地表が冷えるに伴って地下深くの核で生きていたであろう怪物が、地殻という蓋が壊れたことをきっかけに地表で暴れ出したのです。超極限状態で単一生命として完成したその生命体は、我々だけではどうしようもありませんでした。しかし、その極限種に困っていたのは我々だけではありませんでした。生物の感覚反応に住まう第二原種もまた、極限種の活動によって私たちや同時期に生きていた種々の生命たちが死んでいくのを看過できませんでした。私たち第三原種と第二原種は協力し、ついに第一原種を打破することに成功しました。しかし、その代償として、もはや地表は我々が修繕できる範疇を超えていました。我々は先だって見つけていた異界、異次元と言いましょうか、そこへ種族まるごと生活圏を移し、貴方方とは異なる領域でこの地球を生きてきました」

「今の話からすると、原種以外にも生物はたくさんいたんですか?」

「はい、こちらの世界の動植物のようにたくさんの生命がいました。大半は第一原種に直接あるいは戦いの中で消えてしまいました。残った生物もできる限りは我々と同じ世界へ移動させましたが、残されたものたちやその子孫らしき生物が確認できない辺り…、こちらでは滅びたとみていいでしょう」

沈痛な面持ちに、空気も一際重くなる。

「話を戻しますが、生活圏を変えた我々はその後、二度と同じような事態に陥らないよう地球の生命を調べ上げました。その結果、当時は我々と第二原種以外に知的生命と呼べるような生命は確認できませんでした。そこで私たちは、地球の生命を管理する存在として活動することにしました。戦友となった第二原種たちは、第一原種との戦いで絶滅状態に陥り、戦いの後コンタクトを取れた生き残りたちもどこかへ消えてしまい、最後に生存確認が取れたのは35億年前だとか」

スケールの大きなこの話は、既に大半の者たちがすぐには受け入れられなくなっていた。

「我々は、あなた方人類を最新の知的生命たる”最終原種”として扱い、接触を図らせてもらいました」

「他に原種たる知的生命体は地球にいるのか?」

「少なくとも我々は認知していません。だからこそ我々も困惑しているのです。異なる領域に生きる生命を見つけることは決して簡単ではありません。言葉は悪いですが、我々よりも技術力の劣る人類の、ましてや一介の民間団体があのような強力な生命を我々に先んじて見つけ利用することなどできないはずです。我々はこの時空で数十年前に起きた生態圏の異常を感知しました。私は人類への監視と援助を目的に派遣されて来ました。しかし、実態は自然の異常などではなく、もっと人為的な何かのようです。この一連のマイズの出現は生態圏を揺るがす事件、監視に留まらない解決しなければならない案件だと私は捉えています」

ここまで話したところで、黒外套の男は力を抜いて深呼吸する。

「とはいえ、ここまで一挙に話しましたが、今すぐに全てを御理解いただくのは難しいでしょう。皆さんがよろしければ、ひとまずこの辺りでお話を区切りたく思います」

30分ほどの休憩を挟んで再度外套の男が話し出す。

「さて、では続きを話しましょう。といってもそれほど残ってはいません。私にも名前はありますが、人間とは発音の仕組みが異なります。私がこうして話せるのも翻訳機を通じているからです。なので、こちらでは”アデル”という名前で通しています。といっても不用意に多数と関わることは避けていましたのでこの名前を知るのはレイノルズ司令官ぐらいでしょう。避けていた理由はさっき話したとおり。何事もなく事が済めば、私はそっと消えるつもりでした。私は第二原種の一固体であり、今回人類との接触を任されています。ゆくゆくは仲間も何人かこちらに来るかも知れませんが、今は私一人が担当しています。私や我々の身の上についてはこれくらいでしょうか」

「では、次にマイズへの対処について考えよう」

レイノルズ司令官が切り出す。

「さきほどの声は今後マイズが続けて出現することを示唆した。我々としては対策を練っておきたい」

「とはいっても、マイズは個体間でかなり性質が違います。遺伝子はおろか見た目、食性、生態の類似性さえ発見できていないので、次どんなマイズが現われるかの予測は困難です」

結果的に効果的な案は出ず、制度や武器を整え地力を上げることで結論がまとまった。



「首尾はどうだ」

通信を終えた男は近くに来ていた老人に声をかける。

「順調だ。M.U.の奴ら、人類より強い生物の居場所を教えるといったらすぐに向かった」

「それは結構。我々が動くと目立ちすぎる。誰かに任せるのが一番良い」

「まったく、人類が滅びるのが待ち遠しくてならん」

「それを言うなら君も人類ではないか」

「無論、わしと君以外の人類が滅びたときわしらも死ぬのだよ。君もそれを知った上でわしと組んだのだろう?」

「言うまでも無く。全ては計画通りだ。多少のライブ感は否めないが」

「準備段階で既に奔走しきったとはいえ、計画が基本人任せになってしまって暇で仕方ない」

やーれやれと老人は部屋を出て行く。

「ヴァイ、君はA.M.R.の監視を続けておきなさい。今動かれるのは困るからね」

そう言って男も部屋を出て行く。

一人になった部屋でヴァイは腰に差した剣を見る。

白い鞘に収まった細剣は彼女の象徴だ。

電気を消し、部屋を暗くする。

その中で彼女は物思いにふける。

数分の後、目を開け、与えられた指令を思い返す。

彼女は踵を返すと部屋を出て行った。

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