1-7 騒動の後で

「クロアくん、クロアくん!!やりましたよ」

ホーンズに揺り起こされて、クロアは意識を戻す。

「疲れましたか?…さっきまでは命令しても平気そうだったのに…、何度も使うと疲労が…?それとも相手が抵抗してきたからでしょうか?」

クロアははっきりとした記憶を思い出せないが、その様子から上手くいったのだと推測する。

「今は休んでください。司令官と合流するため支部に向かっていますから、そこでしっかり検査を受けましょう。」

クロアは起きたばかりなのも相まって、適当に返事をする。

同時にどっと疲労に襲われて、すぐにまた寝てしまった。

目を覚ましたときクロアはベッドの上にいた。

最初の目覚めのときのように白い部屋だった。

「あっ、起きた?」

左から声がして、そちらを向く。

「おはよう。気分どう?どこか痛かったりしない?」

「問題ないです」

「…、私のこと分かる?」

そう聞かれたがクロアには思いつく人物はいない。

「あーやっぱりわからないか」

「ごめんなさい」

「いいのいいの謝んなくて。あのね、最初にあなたが目を覚ましたときにいた人、それ私」

「あっ、あのときの」

「そうそう。あのときの。私が担当してた部屋は基地ごと消えちゃったけど。今はここに一旦配属されてるの。だから、せっかくだしあなたの世話もしたいと思って起きるの待ってたの。じゃあ、起きたことだし早速だけど簡単な検査するね。っと名前言うの忘れてた。私はイルス。以後よろしくね」

朗らかな感じにクロアの張り詰めていた気が緩む。

「じゃ、ちょっと待っててね。起きたこと知らせてくるから」

検査も無事終わり、イルスは部屋から出て行った。

暇になったクロアは部屋を見渡す。

最初に起きた医務室とは様子が違っていた。

ベッドや棚の位置、匂いが違う。

クロアにとっては目に映る何もかもが新鮮なので、眺めているだけでも面白いかった。

そのままいろいろ触って見たいと思ったが、さすがにまずいと感じてやめておいた。

帰ってきたイルスはそのままクロアを部屋から引っ張り出し、新しい管制室へと連れて行った。

「というわけで~、新入りのクロアちゃんでーす。」

集まった人たちを前にして、イルスがクロアの紹介をする。

流れのままに部屋に集まっていたみんなの前に立たされてしまったクロアは緊張で乾いた口がろくに動かなかった。

「は…、はじめまして。えっとクロア…といいます。ただ、この名前は人につけてもらったもので本当の名前は私にも分かりません。私のことなんですけど…他のことも私は分からないんです。」

なんとか自己紹介を済ませたが、なんともいいようのない内容にクロアは若干嫌気がした。

「とりあえず彼女は、私の助手として面倒を見ます。彼女はマイズに関係があるようなので、こっちでいろいろ見れば何か思い出すかも知れないとのことです。」

ホーンズが話す。

それから少し他の人が話して、解散になった。

「君、時間あるかな」

クロアは声をかけてきた司令官と呼ばれる軍服の男を見上げる。

たくさんの傷を持つ顔はその雰囲気を実態以上に厳つくしている。

その容貌に身がすくみつつも時間はあるので拒否する理由も無い。

クロアは「はい」と答える。

「私はマイズ対策機関エルピスの総司令官をしているレイノルズだ。君もここで生活するのであれば、私から命令を受け取る機会も出てくるだろう。以後も我々の一員として組織の名に恥じない活動をよろしく頼むよ」

「よろしくお願いします」

「記憶喪失と聞いている。詳しい知識は研究室長が教えてくれるだろうが、自己紹介に使った以上これだけは私から教えておこう。マイズというのは、君も見ただろうがああいう未知の生物の総称だ。我々はああいう生物やそれを関連した物品をまとめてMysterialと呼んでいる。マイズは生物に限った言い方だ。覚えておくと良い」

そういって司令官は去って行った。

「はーい。今ちょっと言われた研究室長です。といってもクロアさんも私のことは既に知っていると思うので補足を。改めて、私の名前はミルハル・ホーンズ。当機関総司令部直下研究部門のトップとして研究室長の肩書きをもらってます。マイズに関するあらゆることが研究対象なので分からないことがあったら聞いてください。あと、そういう感じでマイズには詳しいので作戦立案なんかもよく押しつけられてます。なんか相談するかもなのでそのときはいい案期待してますね」

研究室長としてホーンズが改めてクロアに自己紹介をする。

「さて、自己紹介も一段落つきましたので、部屋への案内がてら基地を見て回るとしましょう。いや~クロアさん運が良い。本部が吹っ飛んだおかげで人員整理の真っ只中でして、部屋もスムーズに決まっています」

「本部吹っ飛んでるのはいいんですか」

「いいんです、いいんです。元よりそういう損切りがしやすいように設計されているので。では行きますよー」

「研究の仕事はいいんですか」

「研究室に閉じこもってばかりでは頭が固まりますからね。気分転換です」

ホーンズの軽い感じを伴って、クロアは支部を案内してもらった。

「貴方が基本的に利用するのは個室、作戦本部、僕の研究室の3つでしょう。個室はこの後案内しますし、本部と研究室は明日にでも。なので今からはそれ以外の場所を案内します」

そうして私はいくつかの場所を案内された。

医務室、ジム、隣接するシャワー室、娯楽室、屋外の運動場、公園などなど…

「この501号室があなたの部屋です。あー、言い忘れてました。本部と支部のメンバーがいきなり一つの基地にいることになったので相部屋が発生しています。で、この部屋ももれなく相部屋です。ただ、安心してください。貴方と相部屋になっている方はこの支部でも特に優秀とされている方なので。性格の相性も一応考えられていますので多分問題ないかと。まあ、これに関しては実際に過ごしてみて問題があったら言ってください」

女性用のエリアなので~居づらいので~とそそくさと説明だけして博士は帰ってしまった。

部屋に入ると、一人の女性がいた。

「あなたが新入り?」

「は…はい、そうです」

めがねをかけた黒髪のおかっぱ頭の人だった。

気弱そうな目とは裏腹に言葉はきつめな感じだ。

「そう。よろしく。部屋の説明をするわね」

部屋の中にもシャワーやキッチンがあり、生活するなら部屋の中だけでも完結する程度に設備は揃っていた。

「一通りのものはそろってるから、貴方専用のものはこれ」

そういって冷蔵庫を指さして部屋の案内は終了した。

「あの…、名前を伺っても?」

「私はミルカ。あなたはクロアでしょ。聞いてるわ。これからよろしく」

ここに来る前の記憶がない彼女は自分が何者なのか分からない。

それが解決するにせよしないにせよ、ここで起きることはどうあれ自身に影響を与えることになるだろう。

若干無愛想な彼女に不安を感じながらも、クロアはこれからの生活が楽しみでもあった。

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