1-6 _地鳴動 2
司令官が部屋から出て行くのと同時にホーンズがクロアに声をかける。
「さて…、それでは作戦を説明します。正直に言って今この基地にあれをどうにかできる設備はありません。よって、この基地は一端捨てます。どのみち火山噴火で一掃されるでしょうから。そして全員航空機で避難します。船舶は港と船がやられたので使えません。スタッフには最寄りの支部まで移動してもらって、手はずを整えてもらいます。
さて、ここからが重要です。クロアさん、あなただけは別の方向に飛んでもらいます。勿論護衛は付きますが。何分使用するものがものですので、人がいる場所は避けたいのです。そして、私が合図したらさっきの実験のように動きを止めるように指示してください。一瞬でも止められれば結構です。」
「つまり…、合図されたら止めてみればいいんですか?」
「そういうことです」
「分かりました」
「では、準備をお願いします」
クロアには取り立てて準備は必要なかった。
なにしろ気がついたときにはここにいたのだ。
勿論他の者はそんな訳もなく、基地内は慌ただしくなっていた。
しかし、改めて考えると水上基地であるここにどうして私は倒れていたのだろう。
誰かが運んできたのだろうか?
そんな疑問がクロアの頭に浮かぶ。
少しの間考えてみたが、答えの出ない問いかけをしていても仕方ないとクロアは自分が乗る予定の航空機へ急いだ。
クロアが着いた先では既にシュドとホーンズが航空機に乗り込んでいた。
「さあ、我々も行きます」
クロアが乗り込んですぐドアが閉められる。
外の景色など見る暇も無く航空機は出発した。
クロアは加速に体を押しつけられつつ窓から外の景色を見る。
モニターで見た大きな生物がいた。
クロアにはそれがこちらを見ていたように感じた。
けれど、口が海から出ていなかったからか、すぐには追いかけてはこなかった。
少し後、ドオンという音がしてクロアは再度窓に顔を向ける。
見えたものは、噴煙が立ち上り、基地の残骸らしきものが沈みゆこうとする様子だった。
遠ざかりながらこの様子を見続けていると、ついに巨大な虫は頭を持ち上げ、飛び立った。
迷うことなくクロアの乗る航空機に狙いを定めている。
「来たぞ!!」
パイロットが叫ぶ。
「こちらが何もせずに注意を向けてくれるのは有り難いですが!距離の縮まりが速い!スピードを上げてください。」
ホーンズも負けじと叫ぶ。
そしてクロアに語りかける。
「バンカーボルトは一点集中型の兵器、高速で飛ぶあれにそのままぶつけるのはいくら計算で速度や位置を求められても実際成功する確率などたかが知れています。よって一度急上昇して、高高度におびき寄せた後急降下します。こうしてなるべく奴の軌道が真上から見て点になるように仕向けます。とはいえ、それだけでは少し横にずれるだけで落ちてきたボルトを避けられてしまいます。そこで貴方です。貴方はそれにさしかかったら動きを止めてください。そうすることでボルトを奴に当てる確率を少しでも上げます。もし当たれば、一瞬の停止は致命的な隙になります!」
相変わらずクロアにとっては理解するのに時間がかかる言い回しをする。
「上昇するぞ、振り落とされるな!!」という声と共に飛行機が大きく傾く。
クロアの体は痛いほどに椅子に押しつけられる。
「―――!――!」
何か言っているようだが聞こえない。
ふっと体が軽くなって、次は別の方向に飛行機が傾いた。
と同時に体が持ち上がる。
「まだ、まだだ。奴が同じ座標にくるまで…」
クロアはいつ声がかけられてもいいように集中する。
「来た!今です!!」
「よし!止まれ!!」
研究室でやらされたようなイメージをする。
だが、まるで手応えは感じない。
「止まってない!?もう耐性が!?」
「あと7秒だ!それ以上は地上に激突する。」
「なんで!?」
クロアは焦りながら、止まれと心の中で繰り返す。
「しょうがない。今回はワタシがやろう。大物相手は初だからね」
聞いたことの無い声色の声が聞こえた。
その声が響くと共に廊下で感じたような浮遊に包まれる。
同時に見える景色が一変する。
航空機の無機質な船内ではない。
それを後ろから追っている様子だった。
あの生物の視点。
クロアは直感的に理解した。
なぜこれが見えるのか、元の場所はどうなっているのか。
そんなクロアの混乱と困惑をよそに新たな声はしゃべり続ける。
「星の子もどきが。おまえのような”第一原種”の粗悪コピーがワタシに逆らえると?止まれ、そして死ね」
乱暴な物言いを最後にクロアの意識は段々と薄れ、途切れる。
鋼の蚊はまるで金縛りのように空中で動きを止める。
慣性を無視したその動きはさながら映像の一時停止のようだ。
その瞬間、衛星軌道から加速を続けたバンカーボルトが鋼の蚊に突き刺さる。
否、重力によって常識外の貫通力を得た杭すら、その肉体が通すことはない。
だが、逆らうことはできない。
杭に押されるまま地面へと急降下する。
土煙を上げて、地面に叩きつけられる。
嘶きと共に体を回し、杭を押しのけようとする。
「さようならだ、蚊の化け物。…爆破!!」
支部に移動していた司令官は映像を確認すると指示を出す。
凍結弾が炸裂し、空間が光に包まれる。
周りの廃墟と取り残された動物とともに時空が凍結される。
時空の揺らぎは、理外の生物と人類をつなぐその門は、押し込まれた虫など無関係に閉ざされていく。
爆発の閃光が収まる。
全てが止まった中、鋼の蚊は姿を消していた。
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