1-2 _地鳴動

轟音を立てて、怪物は姿を現した。

「異相生命体出現しました!!」

アナウンスが響いて、アラートが鳴る。

「第6次大量絶滅から20年、ついに新たなマイズが現われたか」

画面に映し出された怪物を見て、軍服に身を包んだ男が驚嘆まじりに呟く。

その隣にいる黒い帽子と外套に身を包んだ人物は無言で怪物の姿を見ていた。

その風貌は巨大な虫に思えた。

節のある3対の長い足とぶよぶよと膨らんだ縦長の腹部、透明なガラスのような羽が特徴的だ。

頭の上には長い毛に包まれた触覚が数本見られ、その頭の大部分を占める目は編み目のようなものが見え、複眼になっていることがよく分かる。

さながら蚊と蝿の中間のような造形だ。

しかし、サイズはそうした虫とは比べものにならない数百メートルはあろうかという巨体だ。

見る者によっては嫌悪感からとうてい直視できないであろう。

それは、さながら浮いているかのように荒ぶる事無く悠然と辺りを飛行している。

「未知の飛翔体は、チャレンジャー海溝から現われたと見られています」

オペレーターが未知の生物について告げる。

「問題は、こいつをどうするかだ」

「今のところ海上を飛行しているだけです」

「何をしでかすか分からん。監視を怠るな!」

だが、彼らの警戒とは裏腹にその巨虫は何もしなかった。

思いついたように辺りを飛行しては、海の水を飲む。

その繰り返しであった。

「今のところ、あれに我々に対する敵意は無いといっていいでしょう」

「欠航や超高速の飛行による家屋損壊以外に大した被害はありません」

「だが実害が出ている以上野放しにはできん」

「武力行使を行う。通達をしておいてくれ」

「承知しました」

結果から言って、その巨虫は人類の智慧には及ばなかった。

その身は兵器から身を守れるほど堅牢ではなかった。

打ち込まれる弾が体に穴を開け、赤いドロドロとした血が海に落ちた。

ミサイルは体をえぐり、肉片が焼け消えた。

巨虫もどきの体は小さく、鈍く、重力に逆らえないようになっていった。

襲いかかる人類の叡智によって、焼け焦げた虫はその身を海に沈め、魚の餌になった。

「えらくあっけなかったな」

軍服の男は外套の男に声をかけた。

「君たちが警鐘を鳴らすからにはどんな化け物が来るかと思っていたが、なんのことはなかった」

「そのようですね、とはいえ我々としては被害が少なくなれば声をかけた甲斐はありましたよ」

穏やかに祝杯が挙げられた。

実働に当たった者たちが達成感に浸っている頃、そんな怪物たちを研究する研究者たちの長は頭を悩ませていた。

「この生物に対して疑問なところをあげろといわれてもなあ。虫の生態は特別詳しくはないし、ましてやこいつは虫でもないし」

あまりにもあっけない幕切れを見せた今回の騒動に不安を覚えないでもなかった軍服の男、この組織の司令官に相談を持ちかけられていた。

「かといって、下手に話を大きくしたくないから口外しちゃだめって言われてるしなあ」

頭が良いから今の地位に就いたとはいえ、自分にも知らないことは山ほどある。

そんな愚痴をいいながら、白衣の男はあれこれと調べていた。

インターネットの力に頼りながら、他の生物の生態を頼りに推測を重ねていく。

そういうことは彼にとっては慣れたものであった。

「他の虫に似ているところもあるけど、全部が一致するようなのはさすがにいないか…」

そう考えながらふと目にした資料から彼にある発想が浮かんだ。

あれは雄で、雌がいるのではないか。

同時刻、死海深部―――

もう一体のそれが目覚めを迎えた。

そこにまともな生き物がいればあるいは、今回の異常を察知できたかもしれない。

だがそれはついぞ誰かに知られることなく羽化を迎えた。

轟音と共に水しぶきがあげ、水をかき分け水面を裂く。

辺りの観光客が逃げ出すのをよそにそれは姿を見せた。

姿は先のそれを、生命としての完成度をはるかに超えていた。

「新たな異相生命体が出現!!」

「どこにだ!」

「北緯30度30分、東経35度30分!死海、水中からです!」

「映像回せ!監視衛星の照準早く!」

モニターに新たな怪物の姿が映し出され、その全貌が明らかになる。

鋼のような光沢を持つ巨大で長い針、毛の様に鋭い突起に満ちた獣のような3対の足、胴とつながる羽の根元には生物に似つかわしくない幾何学的な円盤形の何か、陶器のような凹凸の無い滑らかで無機質な羽。

腹部の側面に、城壁から突き出たように砲門とおぼしきものが並ぶ。

水面より現われしそれは嘶きをあげると、体を震わせ飛び去った。

軍服の男と外套の人物もそれを確認していた。

「未発見の生物が現われるにしてはタイミングができすぎている」

「やはりおかしい。あのような生物が前触れも無く生まれるはずもない」

「とにかく、情報を集めなければ。」

「あれも1体目と同じなのか、そうでないのか」

そんな議論をしている二人の後ろから声がかけられた。

「研究室長か…」

「はい、言われたとおり、いくつか可能性を考えてみましたが、先に現われた奴は体の形状が蚊の雄に似ていました。触角…というべき何かが頭に多数生えていました。多分感覚器官でしょうが、それが今現われた個体にはほとんどありません。仮説ですが…今現われたあれは雌あるいはそれに相当する個体でしょう」

「では、あれは先の雄の出現に反応したと?」

「それは分かりません。ただ私の見解では今現われたあれがさっきと同じとはとても言えないということです」

ある火山帯の上空にそれはいた。

それは空腹だった。

生まれたばかりのそれが十全な活動を行えるようにするには、すぐにでも食事が必要だった。

目覚めたばかりのそれは既に持ち前の感覚器官で、どこへ行けば食事にありつけるかを知っていた。

眼下に流れ漂う、赤く輝くものこそがそれの主食であった。

土煙を上げて着陸し、蠢き、近づき、地の穴に、鋭利な針を入れていく。

「マグマを、吸ってる…!?」

「奴の食料はマグマなのか。マグマを吸う巨大蚊。たしかに同じ赤い液体かもしれないが…。化け物だな」

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