Mysterial
秋ノ夜長
序章
1-1 無彩色
―――目が、覚めた。
辺りを見渡す。
ベッドに横になっていたようだ。
白い布が周りに垂れている。
視点を上げれば、照明がついた白い天井がある。
斜め下を見れば、境目のないきれいな白い床がある。
見えるものは少ないが、ここが病院と理解するには十分だ。
なぜ、私はここにいるのか。
私が起きたことに気づいたらしい。
女の人が近づいてくる。
その時だった。
頭が割れるように痛くなった。
思わず頭を抱えて押さえつける。
痛みを我慢しながら、目を開けて状況を理解しようとする。
そんなかすかな思考を埋めるように、私の頭に声がこだまし始めた。
罵詈雑言にまみれたそれは瞬く間に私の頭を埋め尽くしてきた。
その言葉は聞こえるだけではなかった。
声が聞こえる度、私の感情がそれに飲みこまれそうになる。
嫌悪感に突き動かされて、ベッドから転がり落ちるように私は逃げ出した。
部屋を出て、病院の廊下をひた走る。
すれ違う人もいたけれどみんな無視して突っ走った。
どこに行けば良いかも分からかったけれど、あそこから離れたいという思いだけがあった。
逃げることが正しいのかは分からなかったけれど、逃げた分だけ声は小さくなっていった。
私が走るのを止めたのは、息も上がり、心臓が急な拍動に応えきれなくなったときだった。
とても長く走ったように感じていたけれど、小さな体で走った距離はほんの少しだった。
息を荒くしながら辺りを見渡す。
周りに木がいくつか生えた広場と私に近い木の側に質素な長椅子がある。
振り返った先には私がいた病院らしき建物が見える。
それらを見て、ここが公園だと理解できた。
疲れた私は椅子に座る。
さっきの声はまるで聞こえなくなって、風が吹く度に葉がすれる音だけが聞こえる
静かな公園は私の心身を落ち着けてくれた。
ふと公園の入り口に誰かがいることに気がついた。
向こうも私に気づかれたことに気づいたらしい。
何かを投げつけるように腕を振った。
けれど、それ以上のことはせず、公園から離れてしまった。
入り口に釘付けになっていた私の後ろかがザザッと音がした。
驚いて振り返ると、真っ黒な服を来た男が木から落ちたようで、ひっくり返っていた。
男は無駄のない動きでさっと立ち上がった。
改めて男の全身を見ると、真っ黒な服はしわすら見えにくいほどに黒く、逆に肌は血の気を感じないほどに白かった。
「私と戻りましょう」
黒い人は私にそう言ってきた。
私は首を横に振った。
他の人が近づいてきたときに声は聞こえてきた。
今戻れば同じように声が聞こえてしまう不安があった。
部屋にいれば、病院である以上また誰かが私の側に来るだろう。
そこまで考えたとき私は気がついた。
彼が近くにいても声は聞こえなかった。
私にはどういうことかさっぱり分からなかったけれど、恐る恐る彼についていくことにした。
戻ましょうという言葉の通り、彼は病院の部屋まで送ってくれた。
私は彼から離れなかった。
人とすれ違うときも彼がそばにいると静かだった。
ベッドに戻るまでと戻ってからの少しの時間に彼はいろいろと教えてくれた。
黒い男の名前はシュドというらしい。
病院を含めて、ここが「エルピス」いう組織の基地であるという。
よく分からない怪物のような生物を相手にする場所とのことだ。
そんな場所に私がいつの間にか倒れていたらしい。
「ひとまず医務室で様子を見ようということになって。私が見守っていたのですが、急にひどく取り乱したので経過観察をしていました」
彼がいろいろと教えてくれる最中、ふとあの公園の入り口にいた人を思い出した。
「彼女は”ヴァイ”と呼ばれている敵です。詳しいことは私もまだ分かっていませんが、世を乱すどこかの組織にいて彼女もそうした活動に手を染めているそうです」
名前と顔以上のことはシュドも知らないようだった。
「では、私はこれで」と彼は部屋を出ていこうとした。
私は嫌だった。
彼がいなくなったら、またあのうるさい声が聞こえるかもしれない。
そう思うと彼から離れたくなかった。
「…では、誰もあなたに近づかないように言っておきましょう。仕事が終わったらまた来ますから。」
それはそれで寂しい気もしたが、あの不愉快な感じは御免だったので私はうなずいた。
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