親切な青年
翌朝。辰也に起こされる前に起きようと合わせた目覚ましを止めようと腕を伸ばした。
「あいたたたた」
腕が筋肉痛!! ……腕だけじゃない、全身が痛い! 全身筋肉痛だ。
ゆっくり起き上がってストレッチして筋肉をほぐす。腕も脚も首、肩、背中、あちこちが悲鳴をあげている。
そこへ辰也がやってきた。
「おーはーよー! あれ? 今日はもう起きてる! すご~い」
「おはよ。すごいって何が?」
「だっていっつも朝は起きてないのに」
「ラジオ体操に一緒に行くでしょ。だから今日から早起きしようと思ったの」
子どもは正直だなぁ。思ったことをなんでも口にする。沙也加が朝起きていることは、すごいことなのか。まぁこの半年、辰也の登校時間までに起きてたことってなかったからね。そう思われてもしかたないのか。
痛い身体でなんとか公園までたどりつく。ぎくしゃくした動きをする沙也加を見て辰也が笑う。
「さやちゃん変なの~」
「うるさいな。大人になったらこんなもんなのよ」
「ふ~ん? あっ! 昨日のお兄ちゃんだ!」
辰也はランニングしている青年を見つけて駆け寄っていく。公園内のことだからまあいいか、と追いかけない。というか、走るなんてとてもじゃないけどできない。
遠くのまま会釈だけしておく。向こうも会釈を返してきた。そのまま辰也となにかおしゃべりしている。内弁慶の辰也にしてはめずらしい。
ぎしぎしいう身体で、ぎこちなくラジオ体操を終わらせる。ベンチに座って辰也がスタンプを押してもらうのを待つ。行列に並んでいるのを見ると、辰也はかなり小さいようだ。となりの列に親子でならんでいるのは幼稚園児たち。その子たちよりも低い。そうか。辰也はちびっこなのか。あの子しか見てないから、大きくなったなあって思ってたけど。
スタンプを押してもらって駆け戻ってきかけた辰也は、沙也加の十メートルほど手前で方向を変え、手を振りながら沙也加の斜め後方へ走っていく。視線で追いかけると、あの青年がいた。またしてもランニングを中断させられたようで、申し訳ない気になる。
そちらへ向かおうと立ち上がると、身体がみしりという。ラジオ体操で少しほぐれたけどやっぱり痛い。とろとろ歩いていたら、向こうからやってきてくれた。というか、辰也に連れてこられいる。
「あの。辰也くんから、筋肉痛ってきいたんですけど」
何を言いふらしてるんだ。辰也は。恥ずかしくてぺらぺらしゃべってしまう。
「ほんと、運動不足過ぎてお恥ずかしいです。ここんとこ、全く運動していなくて。動かした方が早く治るんですよね?」
「動かしすぎはよくないですけど、ラジオ体操くらいの軽い運動なら問題ないですよ」
その軽い運動でなったんだけど……。
「あ、あと、しっかりストレッチして、マッサージして、夜はぬるめの入浴で血行をよくするといいですよ」
丁寧に教えてくれる青年に礼を言い、早々に退散する。あー、恥ずかしい。
辰也は青年が気に入ったようで、毎朝公園に到着すると、彼を探して走っていくようになった。それからラジオ体操が始まるまで一緒にランニングする。その間彼は辰也に合わせてゆっくり走ってくれる。
親切な人だなぁ。底なし体力の辰也の相手をする時間が短くなるのは、とっても助かるけど、迷惑じゃないのかなぁ。
と思いつつも、「子ども好きなんで、いいですよ」と笑顔で言われ、ついつい甘えてしまっている。
ある日、帰り道で辰也がくくくっと笑いだした。
「あのね、あのお兄ちゃん、さやちゃんのこと、ぼくのお母さんだと思ってたんだよ」
「ええ?」
小学生の親に見られてたことにショックを受ける。そんな年に見られてたのか。いや、確かにすでに子どものいる同級生もいるけどさ。小学生……もいるかもしれないけども。
「だからね。お父さんの妹で、お仕事やめて帰ってきてず~っと家にいるんだって教えてあげたの」
……こらこらこら。勝手に人の個人情報をばらまくんじゃない。いや、別にあの青年によく見られたいとかそんなんじゃないけどさ。
「お兄ちゃんは大学生なんだって」
若いねぇ~。眩しいはずだわ。それに対して……。
兄さんに頼まれて仕方なく毎日ラジオ体操につきあっている自分と、希望にあふれた大学生で自らの意思で毎朝走っている青年。
都会へ行って、出戻ってきた自分にげんなりする。
あんな風に希望に満ちていた時もあったはずなのに……。あー。なんか、ばばくさいな。
自分で思って苦笑する沙也加を、子犬のような目で見上げて辰也が変な顔をした。
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