第2話 ゆるしの肉跡。
小窓の向こうにカーテンを開ける音が聴こえ、すぐに閉まる音が聴こえた。
「どうぞ、お座りください」
「……はい」
やや緊張した声が小窓の奥で言う。
この小窓は細かな網で向こう側と仕切られ、奥に居る信者の顔がこちら側からは視えない様になっている。逆にあちら側からこちら側を視るのも難しく、僕は完全に自分が隠されるよう、椅子に座る位置を小窓の位置からずらしていた。
その方が信者も語り易いだろうという狙いと、単純に僕自身の心構えでもある。信者は筋なる肉に罪を告白し赦しを乞う為にあちら側に座っている。僕の姿を強調したならば、それは妨げになると考えるのだ。
信心が薄い者達の中には「罪を持つ者が赦しを得る為に告白する事は救いになるのか」と疑問視する者達もいる。わからないではない。人は肉の内に罪を抱えると苦痛に感じる。それを誰かに告白する事で苦痛が和らぐ。その上で罪をゆるされる。罪人に対し甘いのではないか、という向きは確かに僕にもある。
だが僕は知っている。
肉の内に抱える罪が更なる罪を呼ぶ事を。
たとえどんなに細かな罪であっても、それを他者に語る事で心の内を穏やかに、健やかにし、健全たる肉体をキープする。それが大切な事で、それこそが僕の務めであると考える。心の健康は肉体の健康、健康な肉体には筋なる肉が宿るのだ。
もちろんこの僕の本音は筋なる肉に背く勝手な解釈なのかもしれない。公でこれを云ったならば僕は断罪されるだろう。しかし、本当の罪を決めるのは人間などではなく、筋なる肉だ。筋なる肉は寛大で、きっとこの罪も赦して下さる。だから僕は毎日骨格と筋なる肉に、祈りを捧げるのだ。清い汗を流しながら——。
「あのう?」
声の響きからその信者が女性である事がわかる。
「どうされましたか?」
「実はわたくし、『ゆるしの肉跡』が初めてでして……」
「ああ、大丈夫。緊張する事はありませんよ? まずは脱力です。全ての運動は脱力から始まります。さあ肉に、身を委ねるのです」
「わかりました」
「では始めましょう。式次第は分かりますか?」
「はい」
「宜しい——
「マッチョメン」
迷える子羊がその罪を、語り始めた。
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