第31話 船上で(2)
乗せられた船はどうやら南下しているようです。
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「キク・カクタン」と言う名前が海賊らから何度か聞こえて来た。どうやら言葉が分からないけど彼らの目的地がキク・カクタンと言う名前の付いた場所の様だ。
海賊だと名乗った男なら言葉が通じるので、ぜひ会いたかったが向こうはラーファに会う気はない様だ。日中船上を歩く事を日課として過ごす時も男は近寄りもしない。
ここ10日ほど、日課の散歩で聞こえて来ていた「キク・カクタン」の名が聞こえてこなくなったが、他に地名の様な名前も聞こえてこない。退屈な日々が続いている。
キク・カクタン国は確か中の海の東にある国だった。中央大陸の東側にあるテテス海と中の海に挟まれた南大陸の最北端の国だった気がする。世界地図は見てるけど聖樹島の周辺しか記憶に無いから、生まれ変わる前のイスラーファはあまり重要視して無かったのかもしれないわね。
此の所雨が多く日課の散歩が出来ない、船室に閉じこもった生活は暗い気持ちばかりが湧いてくる。船の中の声からも船員がいら立っている様な感じを受ける。
雨でも嵐になっていないだけでもましな気がする。恐らく船の進み具合も良く無いのかもしれない。
船が港へ寄る事も増えた、その度にラーファの警備に男らが部屋の前に張り付き、たとえ晴れていても朝晩の散歩も無くなる。
ラーファも抜け出すならチャンスだと思うけど、船から抜け出す隙が無い。結局何回か在った港に寄港した機会を活かす事は出来なかった。
しばらくして天気が回復した、私の日課の散歩も復活した。広い海原に浮かぶ船の上で甲板の上をぐるぐると歩き回る。軽い汗を掻くようになってきた、暖かくなってきたのかも。
周りに島が多くなり、船は風に逆らう航海を続けている様で頻繫に向きを変える。船団が南下しているのは間違い無い、気温が上がっているのが分かる。テテス海に抜ける東の海峡に向かわないのなら、そのキク・カクタン国の中の海に面したどこかの都市へ行くのだろうと思っている。
更に数日たってどこかの島に寄港した。水樽に水を汲むのか騒がしい。頻りにカタンカタンと手押しポンプの音がする。
ラーファは何時ものように船の中に押し込められて島の様子は見せて貰え無いけど、舟板越しに聞こえてくる声や音からおおよそ分かると言う物である。
寄港する前に日課の船上の散歩で見える海の様子から、この辺が多島海に成っているは見えていた。右にも左にも島が見えるし、しばらくは今回の様に時々島によって水を補給するのだろう。
だんだん熱くなってくる日差しから南下しているのはなんとなくわかっている。ラーファが覚えている地図では、中央大陸の東にあるテテス海への海峡の南に、この多島海があったと思う。
多島海に入ってしばらくたった頃、いつもの朝の散歩で何時ものように左舷に太陽がある。風上に向かうための方向転換をする回数が減り、風を右舷後方から受けて走れるようになった。南大陸へ近寄る東への航路かもしれないが東に陸地は見えない、まだ南下するのだろう。
キク・カクタンと言う地名は知っていても場所は知らない。でもなんとなく誰かから名前を聞いた事がある気がする。ビェスから聞いたようなビチェンパスト国に関係する事だったような?
あ、ビンコッタ海戦の相手国の名前がそんな名前だったかも。
少し思い出した、何とか何とか・キク・カクタン王がビンコッタ海の海戦で負けて死んじゃったんだったわ。確かビチェンパスト国の創設にまつわる話で、パトとかパストとか言う村がその戦争で巨万の富を得て国を興したはず。
相変わらず、船の中で朝晩散歩の日課だ。同じような日が続くので今の日付があやふやになってしまった。船の中にはカレンダーの様な物は在るのかもしれないけど、私には見せて貰えない様だ。
更に数日過ぎて、今日も船の上の散歩の日課だ。
後どのくらいでキク・カクタン国につくのだろう? 50回ぐらい船上で朝日を見た気がする、結構な日数を船の中で過ごしたからそろそろ黒の海を抜けた南、中の海の最も北にある多島海も抜けた頃だと思う。
ラーファとしてはもう少し準備が、特に首輪が外れたらとは思うけど、魔術の行使が口の中で出来る事が分かっただけでも、抵抗する武器が出来たわけで心を強く出来た。
更に日が過ぎてだんだん東に陸地の黒い線が見えてきた。毎日同じ日課の続く日々なので日にちの感覚が狂って来る。ある日の船上の散歩で進む先の東に帆が見えた、やがて船団の姿が見えて来たところで下へ降ろされてしまった。言葉の通じる海賊の男から部屋に入ってじっとしていろと言われた。
船員があまり慌てていない、武器を用意しているのは用心のためぐらいの雰囲気だ。味方かよく知っている相手なのだろう。
侍女の二人に促されて、船室へ戻った。長い間一緒にいたので名前を知らないのは不便だと二人に名前を付けた。二人はラーファが付けた名前を自分の名前として使っている。嬉しそうに名付けた名で呼び合っている二人を見ていると、前から名前が無かったのかもしれない。
アーシャは二人の内、背が高くて髪色が黒く30才位の方。
「アーシャ、
シーリーンは、もう一人の栗色の髪をした少しふっくらした若い娘で20才ぐらいだと思う。
「シーリーン、
アーシャは私の片言言葉を理解したのか、部屋を出て行った。報告してくれるとありがたいけど、私に彼女の言葉がどのくらい理解できるか不安だ。
椅子に座っていると、シーリーンが紅茶を入れてくれた。水が貴重な船の中なので濃い目のお茶にして水質の悪さをごまかしている。水樽の水をそのまま飲むより数段マシなのでありがたくいただく。
「シーリーン、
船室でお茶を飲んでアーシャが帰って来るのを待って居ると、ドアがいきなり開いて言葉の分かる男ともう一人髭もじゃで背の低い小太りの男が後ろにアーシャを従えて入って来た。
「お前の引き取りに、王の代理人が来た、お前はこれからこのお方の船に移って貰う。」
言葉の分かる男がいきなり船を移る事を言って来た。本人も納得しかねる様な顔つきなので、気に入っていないのは分かるけど、王の代理人と言うからには拒否できないのだろう。
このお方と紹介された男は、さっきから私をジロジロと嘗め回す様に見て、何度か胸のあたりを確認して、フン!とでも言いたげな顔をした。
ラーファの気持ちが分かるだろうか? いや誰にもでは無いが妖精族とエルフの女性は共感してくれるだろう。顔に血が上るのをかろうじて冷静に抑えた。
だが内心ではこいつにどうやって仕返ししようか考えている、いや実行方法を色々選択していた。
『
マーヤによれば笑気ガスと呼ばれる、麻酔用のガスだそうだ。空気から簡単に錬金で合成できるので火薬を作る時に良く作っている。
『キャンセル!』、『キャンセル!』
何を考えているのでしょう! 危うくこの部屋の人全てを麻痺させてしまう所でした。今洋上で暴れても逃げ出せる方法がありません。
首輪を嵌められてから、男に対してどうにも切れやすい性格になってしまったようです。それだけストレスが溜まっているのでしょう。自分の性格が嫌になるとは、首輪を嵌められるまで知らなかった。
でも毒は使えそうです。口の中で合成すれば風に乗せて運べます。
結局王命には逆らえないようで、私は洋上で船から船へと移乗する事に成った。
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次回は、王様の代理人に連れられて、キク・カクタン国でのお話。
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