第9話 ル・ボネン国から来る(2)

 使節団の歓迎会前日のラーファです。

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 ボーデン奥様、エイシャ奥様と侍女たちはラーファを待って居ました。


 イガジャ邸へ向かい、イガジャ邸の表口から中へ入ると、男爵様や奥様方と侍女の群れが待って居ました。男爵様に帰還の挨拶をしようと足を止めて礼を始めたばかりの時に、侍女の群れに囲まれ連れ去られてしまいました。


 何が何やらさっぱり分かりません、何が始まるのでしょうか?連れ込まれたのは、奥の部屋にあるエイシャ奥様が使われる部屋の一つです。


 一緒に付いてきたボーデン奥様がラーファの前で、ラーファを覗き込むようにして言いました。


 「イスラーファ様、おとなしくしていてくださいませね」


 「時間もあまり無いので、急がせていただきます」


 周りの雰囲気から何やら不穏な気配がして、恐る恐るボーデン奥様に聞いて見ます。


 「あの、何がはじまりますの?」


 エイシャ奥様がニコニコ顔で近寄ってきました。


 「イスラーファ様何で前日に成るまでお帰りにならなかったのですか?」


 「衣装合わせが間に合わないかと思っていましたわ」


 ニコニコされてるのはお怒りを隠されているからのようです。


 「っ・・ ッ」


 言い訳しようと口を開きかけましたが、口が旨く開きません。エイシャ奥様のニコニコ顔の目がギラギラしています。まるでドラゴンの咆哮ハウリングで金縛りにあったようです。怖い!


 「では、お召替えさせていただきますね、皆さんお願いします」


 ラーファは頷くだけです。エイシャ奥様の合図で一斉に侍女が群がってきました。アッと言う間にラーファの着ている飛行服から下着まではぎ取ってしまった。


 何も身に着けていない裸のラーファを、部屋の奥に設えて在る風呂場へと連れて来た。カカリ村は蒸し風呂が多いのに浴槽に放り込まれた。エイシャ奥様の指揮の元頭の先から足のつま先まで侍女の集団に洗われてしまった。


 体を布で拭かれ。髪を邪魔にならない様に一纏めにされて頭の上に結わえられ。ベッドへ寝かせられ。全身を揉みほぐされた。


 揉むのが顔見知りの女性だからと言って、胸やふとももの内側まで露わにされて手でもまれるのは羞恥心で真っ赤に成ってしまった。ラーファはお人形さんにでもなった気分です。


 爪をやすりで形をと整えられ、ラーファやおばば謹製の乳液や薬草を体に塗りこめられ、磨かれた。体と髪が乾くと明日の歓迎会用にラーファに用意されたドレスを着させられて合わない部分が無いかチェックされた。修正部分が無かったのは魔女の衣装や飛竜の鞍を作る時、何度もラーファのサイズを測ったサイズの情報が在るからだと思います。


 スモックと呼ぶ下に着るワンピースが白い色に裾や袖、襟回りに緑の聖樹の葉の模様が刺繍やレースであしらわれた手の込んだ物で、上半身は長袖に襟は丸首、裾はひざ下まで在ります。


 重ね着するスクマーンと呼ばれる伝統的なワンピースのドレスは濃紺の色で染められ、服の淵に沿って赤い糸で幾何学模様が刺繍されている。スモックより丈が短く袖が無い作りで襟は深く切れ込みが在り、スモックの丸首や袖、裾に施されたレースと刺繍が良く見えるように成っている。頭には薄地の黄色いスカーフをかぶり、髪を一纏めにして後ろから垂らします。


 腰には赤い刺繍のベルトに、前掛け《エプロン》の赤を背景に木肌を茶色と緑の葉を基調とした、聖樹の木をあしらった刺繍が目立つ特徴的な作り。長い膝までの靴下と踵の在る網紐の革靴を履いたら出来上がりです。


 男性は短いチョッキの様な腰まで無い上着が正装でも普段着でも同じですが、女性は正装する場合は膝上までのワンピースです。


 手作りで作られるこれらの服は1年以上かけて作られる。ラーファが着てサイズがぴったりなのはラーファに合わせて作られた事を意味します。


 いったい何時頃から作り始めたのでしょうか? 時期的に今回の会談のために作られた物ではありえません。


 「そうね、レースの柄を決めて頼んだのは5年前だったかしら」


 「スモックの仕立ては2年前よ、刺繍は出来上がってから入れたの」


 「スクマーンの刺繍は3年前から生地を用意して入れて貰ったの」


 「去年レースと刺繍の用意が出来たから仕立て始めたのよ」


 「仕立て上がってから入れた刺繍も多かったので、陛下とお会いする時に間に合わなかったのが残念だったけど、今回誂えたような正式な場に着て貰えてうれしいわ」


 奥様の言葉で、この服装で明日の歓迎会に出席する事が決まった。


 手間も時間も掛けた高価なドレスは5年、いえその前から準備して作り始めたのでしょう。


 それもラーファの体形に合わせたラーファのためだけのドレスです。


 言葉に出来ないありがたい気持ちが沸いてきます。


 「なんとお礼を言って良いかわかりません、ただ深く感謝申し上げます」


 ラーファは深々と感謝の気持ちを込めてカーテシーをした。そのまま寿ぐ。


 「アイリス、イガジャ侯爵夫人のご懐妊、お祝い申しあげます」


 「ありがとう、あなたが診察してくれたと聞いたわ、こちらこそ感謝申し上げますわ」


 「それに、素敵なご挨拶カーテシーも頂きました、うっとりとしましたわ」


 奥様が柔和なお顔でラーファを見ている。何とかお怒りは静まったようでほっとしました。


 長く着て着崩れさせる分けにも行かず、直ぐに脱がせてもらった。


 下着姿にまた飛行服を着るのも嫌なので、神域からいつものシャツとスカートを出して着た。靴は素足にサンダル履きだ。


 明日の歓迎会は正餐から始まる。


 ラーファは正餐には出ないが、歓迎会の主賓の一人だ。挨拶をするだけの出席で、その後のタバコやお酒を飲みながらの歓談は男だけです。


 イガジャ邸の自分の部屋へ帰ってきて、そのまま神域へと移動する。マーヤが家でドヤ顔で待っていました。


 「どうだった? きれいな衣装だったでしょう?」


 「ええ、とても素晴らしい衣装だったわ、でも何故何も知らせてくれなかったの?」


 「それは、衣装は船に乗る時に渡す予定だったから、まだ余裕が在ると思っていたのよ」


 「今回の使節団の話、急に決まったでしょう?」


 「歓迎会とかお別れ会とか、ラーファの事だから普段着の少し上等な服で出る積りだとみんな思ったのよ」


 「ボーデンお婆様が最初に言い出したの、お別れに渡す衣装を着て貰う事は出来るかしら? ってね」


 「それで、エイシャ奥様が張り切って、衣装の完成を急がせたの」


 「間に合って良かったわ」


 「そんな事情が在ったのなら、早めに知らせてくれれば良かったのに」


 「みんなラーファの驚く顔が見たくて頑張ったんだから、知らせるわけに行かなかったのよ」


 「そうだったのね、びっくりさせられたけど、嬉しかったわ、ありがとうマーヤ」


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 実は、ラーファに贈るための衣装は2着用意されていますが、今回はその内の一つのお披露目です。

 歓迎会の朝、男爵との打ち合わせと、最終準備です。

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