ヤクザの息子は役者を目指す~不良の嫌われ者が高校からやり直して人気女優の隣に立つまで~

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

プロローグ

『もったいないよ! 桜花くんは絶対才能あるって!』


 いつだったか、俺———竜胆桜花りんどう おうかはある女の子にそのようなことを言われたことがある。

 高校時代、文化祭で何もすることを選ばず孤立していた俺に演劇部の手伝いをさせた子。

 ヤクザの息子だと敬遠されて、周囲から陰口を叩かれていた俺に臆さず声をかけきた。

 あの時は本当にびっくりした……まさか、俺に話しかけてくる子がいるなんて。

 しかも、足りない演劇部の助っ人を頼んでくるなんて。


 明るく、可愛らしく、無邪気でどこか大人びたことを言う。

 綺麗で、美しくて、普段は子供みたいに愛らしいことを言う。

 だが、ステージに立つ時は何者でもなくて、テレビに映る姿は誰の目も惹いて。


 学校でも噂になっていて、言うまでもなく学校で人気者だった。

 今最も注目されている若手女優で、幅広くも深い演技力は正しく天才なのだと。


『桜花くんってあれだよね。空っぽ……うん、空っぽなんだと思う』


 あぁ、今でもそう思う。

 その子に言われた言葉は今にでも耳に残っている。


『馬鹿にしてんのか?』

『馬鹿にしたわけじゃないよ!? むしろそれって、すっごい才能だと思うんだ』


 誰ともつるむことはない。

 ヤクザの息子だからと怖がられ、誰も近づかなくなり、吹っ掛けられる喧嘩を買っていくうちに孤立した。

 得意なこともなければ、大切な誰かもいたわけじゃない。家がヤクザだというぐらいだろうか? けど、それだけだ。

 それ以外の全てを、俺は生憎と持ち合わせていなかった。


『役者になればさ、皆ヤクザの息子だなんて気にしなくなるよ? だって、芸能人の中には不良だったって言う人もいっぱいいるし、何より……演じる君しか見なくなるからさ』


 でも、お前はあの時からなんでも持っていて。


『ねぇ、桜花くん―――』


 結局、俺は大人になるまで何も持ち合わせることはなかった。


『私と同じ世界にきてよ。桜花くんが役者になってくれたら……私、とても嬉しいな』


 あぁ、もしも。

 もしも、お前の手を取ってそっちの道に足を踏み入れていたら。


 少しは、自分の中の器を満たせただろうか?


(って、なんで俺はこんなことを考えてんだろうな)


 いや、きっと。

 見上げた先にあるビルの頂上。その電光掲示板に懐かしくもずっと追っていた女の子が映っているからだろう。

 美容液の広告。にっこりと、お淑やかな笑みを浮かべて目を合わせてくる。

 まだあれから七年しか経っていないというのに、もうお前は当たり前のように誰かの目に留まるのか。


(あぁ、くそっ……


 腹部に小さな風穴が空いている。

 そこから流れ出る赤黒い液体は座っている場所を侵食していき、やがて往来の真ん中に不穏なテリトリーを作っていた。

 俺がこうしている間に、周囲の人間は騒いでいる……いや、もう何も聴こえねぇ。

 立ち上がる気力もなく、ただただ電光掲示板に映るあいつの姿だけが視界に入る。


(……こんなことなら、お前の雑誌を買いに行くんじゃなかったよ)


 知ってるか? 高校を卒業して、親父の組を継いで、組長になっても実はお前のことを追ってたんだぞ?

 出ている番組は録画して、出ているドラマは姉貴分と一緒に視聴して、今日だって組の連中に黙ってお前の初めて特集が組まれた雑誌を買いに行こうとしていたんだ。


 ―――あの時から、お前の言葉が残っている。


 違うか、あの時から……俺はお前に惹かれていたんだと思う。

 的を射ていて、俺とは正反対。なんでも持っているお前が羨ましくて、眩しくて、気がつけばこうして追っていたりしていた。

 流石に組の連中には恥ずかしくて最後まで言えなかったが、お前が芸能界で活躍する姿をファンのように見ていたんだ。


(あぁ、ちくしょう……)


 赤い光とサイレンの音がようやく耳に届いた。

 誰かが慌てて通報してきたのだろう。

 そりゃ、往来で別の組の人間に玩具をぶっ放されて、一人死にかけているんだから当たり前か。


「桜花くん……桜花くん、だよね!?」


 ふと、そんな声が聞こえてきたような気がした。

 昔聞き馴染んで、今は何かを隔てないと聞こえてこないような声。

 どうして、今ここで彼女の声が聞こえてくるのだろうか?


「しっかりして! い、今さっ、慌てて救急車も警察も呼んだから!」


 目の前に、ふと懐かしい姿が広がった。

 綺麗な透き通った双眸。艶やかで昔とは変わっていない茶色の長髪。愛くるしく可愛らしかった端麗な顔立ちは、あどけなさが消えて美しくなっていた。


(これは、夢……か?)


 もう痛いとも感じない。

 流石にもう自分がどう転がって惨めな最後を迎えるかなど理解できる。

 ……あんなことを思ったから、最後にあいつの姿が見えるようになったとでもいうのだろうか?


(は、ははっ……)


 なぁ、有栖ありす———


(今でも、俺に才能があるって言えるか……?)


 あの時、お前の手を取っていたら……真剣に最後まで文化祭の舞台に立っていたら、何か変わっていたか?

 別に流されるようになった組の長じゃなく、違う道を歩けたか?


「おう、かくん……か……ん!」


 願うことなら、こんな空っぽな人生を歩まずにお前の手を取ってみたい。

 あの時と違う選択をした自分がどうなるのか、知りたい。


 ―――そしたら、今度はお前の横に並べたか?

 横に並べば、お前が持っている何か俺も持つことができるだろうか?


(じゃあ、な……)


 ゆっくり。

 本当にゆっくり。


 俺の意識は暗転した。

 2023年、5月———組を継いで二年。二十四歳の時であった。



 ♦♦♦



「……くん」


 なんで?

 なんでだ?


「竜胆桜花くん! ねぇ、聞いてるの!?」


 どうして、お前が……俺の目の前にいる?

 しかも、高校時代の学生服なんか着て。

 いや、それよりもこの言葉は―――


「文化祭で何もやることないんでしょ?」


 幾多有栖いくた ありす

 今最も売れている若手女優で、学校で最も人気の存在。


「なら、私と一緒に演劇部の助っ人をしてよ!」


 そんな女の子に、初めて声をかけられた時の言葉だ。



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