第136話 怒り

 回復しつつ周囲を確認。10km位先で筋愛きあいが動いている。まだ戦いは続いているようだ。

 動いている筋配けはいはサダハルとナタリアさんのもの。他は勝負がついたようだ。シュウヘとナリマの筋配けはいを感じるから。


 行くか。今回は両腕両手以外は無事なので走る事は可能だ。もちろん走ると傷が無茶苦茶痛むがマゾの呼吸のおかげで問題無い。快感が突き抜けて動けなくなりそうにはなるけれど。


 治療回復に筋愛きあいを割いているので走るのに使うのは筋力のみ。それでも今なら結構速度を出せる。


 激痛かいかんのあまり途中何度もイってしまいそうになりつつも、あと1km位までと近づいた時。


 よく知っている、しかし知っているのより遙かに大きい筋愛きあいが炸裂したのを感じた。


 サダハルだ。筋愛きあい集中の打撃技を放った感じだ。ナタリアさんの筋愛きあいが急速に萎んでいく。どうやら勝負がついたようだ。


 無事合流。例によって三人とも治療と回復、成長痛に苦しんでいるようだ。


「スグル殿も無事勝てたでござるか」


 座り込んでいるシュウヘが声をかけてきた。


「ぎりぎりです。地形のおかげですね、今回は」


「地形を活かせるのも実力でござるよ。それにしても何故スグル殿は成長や修復が平気そうなのでござるか。今も走って来たけれど、拙者、会話こそ出来るものの動ける余裕は無いでござる」


 ちなみにサダハルは無言で必死に痛みを堪えている。ナリマは路面でのたうち回っていて時々奇声を上げている状態だ。


「結構ぎりぎりですよ、これでも」


 そう、ぎりぎりなのだ。苦痛かいかんで何度もイキかけた。今だって思い切り勃●している。パンツを汚さないよう必死に我慢している状態だ。


「スグルさんは器用過ぎるのでしょう。最初の判断ミスで不利な状況で戦いが始まったのにも関わらず、結果的にはそれさえ利用して勝ってしまいましたから。地形と風とを使って」


「今回の戦い、本当は筋力や筋愛きあいでかなわない中で戦い、戦いの最中に成長して勝つという見込みだった。人間、特にこのくらいの年齢なら幾らでも成長出来る。一方相手は天使と化した時点で成長はあまり見込めない。そここそが勝機の筈だった」


「ただそうやって戦ったのはサダハルさんだけでしたね。シュウヘさんは地力と戦闘経験で圧倒して、ナリマさんは隠蔽を最大限に使って勝負を決めましたから」


 なるほど、本来はそういうシナリオだった訳か。


「ただこれは悪いことではない。既に天使と戦えるという実力があるという事だから。

 この先、更に敵は強力になる。天使または罪天使と化した元聖職者、強硬派の使徒メタボリック、そして悪魔カタボリック


「勿論味方も大勢います。この付近ですと聖戦を望んでいない各国筋士きし団や穏健派の使徒メタボリックといったところでしょうか。

 ただその大多数は治安維持に追われているでしょう。それでもある程度の部隊はステルム、またはケハヤザへ向かっていると思われます」


「大悪魔襲来事案はわずか3年前の出来事だ。各国筋士きし団にもある程度の事を知っている者は大勢いる。故に今回の事案と重ね合わせケハヤザ方向に注意した者も大勢いるだろう。今回も悪魔カタボリックが襲来している事に気づいた者も」


 なるほど。確かに大人の時間で考えれば3年前なんてほんの少し前なのだろう。

 しかし何故、こんな話をするのだろう。そう思って気づく。これは、つまり……


「私達の予想より早く戦闘が始まっています。ここから20分も走れば既に戦闘が始まっている地帯に入ります」


「障害は排除して進む。しかしこの先は滅神コルチゾールを宿した存在の元へ急ぐ事を優先する。無論この全員揃った状態でという条件でだ」


 何を言おうとしているのか。一呼吸分おいて俺は理解した。

 そして俺より先にシュウヘが口を開く。


「助けられるとわかりつつ味方を見捨てざるを得ない場合がある。そういう事でござるな」


「その通りです」


 リサは頷いた。


「これは間違いなく私達のミスです。大悪魔襲来事案と今回の件を結びつけて即座に行動した者達がここまで多いとは思いませんでした」


「各国は記録を消した筈だった。また僅かに正気を取り戻した神も忘却を促した筈だ。

 それでも忘れていない者がいた。思い出せた者がいた」


「被害を食い止めるには神々を正気に戻すしかありません。その為にこの全員でできる限り早く滅神コルチゾールの前へとたどり着く事。ここからはそれを最優先します」


 そう言っている2人こそがこの場で最も辛いのだろう。それくらいは俺でも察する事が出来る。

 

 リサもミーツ氏も3年前の戦いで知人を多数失っている。今度もまた失う事になるのだろう。そう思うだけでもう気分はブルーなんてものじゃない。


 考えてみればリサとミーツ、そうでなくとも辛い立場の筈だ。自分達で解決する事は出来ない。自分達よりずっと弱い弟子達に託すしかない。


 そしておそらく最終局面ではそんな俺達と戦うしか無い。神に憑依された上で。


 個々の思いを踏みにじって発生する事態、どうにもならない不条理。

 俺の中に何かが芽を出して伸びていく。


 これは怒りだ、おそらくは。

 どうにもならない状況を、それを生み出した存在への。


 この世界で俺はそれなりに多くの人間と戦ってきたと思う。自分の手で直接戦った以外も含めて。


 ただ敵に怒りを持つというところまでは至らなかった。

 武装盗賊団、名前は忘れたけれど入学当日に絡まれた3人、ケーリー先生、筋肉神テストステロン教団総司教デキスター・ジャクソン、ムナール……


 しょうもないとは思ったりした。駄目駄目だなと主言ったりもした。倒さないと仕方ないとは思った。

 でも相手に本気で怒るというところまでは行かなかった。


 しかし今回は間違いない。俺は本気で怒っている。この事態を招いた、そして814年の事案を引き起こした、神に。


 神の側にも事情がある事は承知だ。病気という事も、まともな判断が出来なくなっているという事も理解している。


 そしてこの怒りが意図的なものかもしれないとも感じる。俺を本気で神と戦わせる為、神自身が用意した状況設定という可能性。


 いいだろう。これが意図的なものだとしても構わない。用意した怒りに載ってやろう。

 俺は神を許さない。筋肉神テストステロン堕神エストロゲン、そして滅神コルチゾール。三柱とも。


「すみません。もう大丈夫です」


 ナリマがのたうち回りモードから復帰した。


「スグルは大丈夫か?」


 治療も回復も完了している。怒りとともに若干成長に筋愛きあいを取られている気がするが、とりあえず問題はない。


「大丈夫です」


「では行きましょう。ここからは山道で速度が出せません。ですので走りながら補食をとって下さい。今まで消費した分のエネルギーを補填し、今後の戦いを戦い抜くために」


 ミーツ氏とリサから巨大紙コップがそれぞれ渡される。そう、テイクアウトした揚げ鶏だ。

 走りながらこんな物を食べたら消化不良を起こさないだろうか。カロリー爆弾なのは事実だけれど。


 俺達は走り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る