第134話 今までで一番の強敵

 堕落したというか、背徳感たっぷりの食事を10分で詰め込んだ後。俺達は再び北へと走り出した。


 道は平坦から緩く長い上り坂にかわった。まだ山を登る道ではない。山から続いている小さな尾根を越える為の上りだ。


 ただこの位の坂道、どうという事はない。むしろ下りより足の筋肉的には楽だったりする。


 だから気になるのは足ではなく胃腸。あれだけの量、そして経験した事のない油の量を詰め込んだのだ。胃腸がおかしくなっても不思議では無い。


 そう俺は感じたのだが、何故か身体の方は全くもって絶好調だ。他の皆さんも調子が悪そうな様子は無い。ひょっとして筋力と同様、胃袋も成長したのだろうか。


 だったら別の不安が生じてくる。あの油ぎとぎとの鶏料理、気を抜くとやみつきになりそうな恐怖を感じたのだ。


 あんなのに取り憑かれたらマッチョ失格だ。大丈夫だろうか、今後の俺。サダハルに意見を聞いてみたいがこの速度で喋るなんて事は出来ない。そんな事が出来るのはリサとミーツ氏くらいだ。


「あと10分で次の敵と接触する」


 峠っぽい所を通過した際、会話可能なうち1人がそう告げた。次いでもう1人も口を開く。


筋肉神テストステロンの命令でこちらを待ち構えています。おそらく今までで一番の強敵でしょう」


「元々資質があった者が自らの意思で神力を受け入れて強化されている。その根底に筋肉神テストステロン教団の洗脳があったのは事実だが、自らの意思と判断力、そして戦闘技術を失ってはいない」


 なるほど。該当する相手はすぐに思いつく。イストミアのニール、ヤスシ、ハツヒコ、ナタリアさんだ。

 皆ももうわかっているだろう。この速度では喋れないだけで。


「戦闘時には僕とリサが神力を使って相手への神力供給とこちらへの干渉を切断する。それでも厳しい戦いになるだろう」


「勝機はあります。ですが私達からはあえてアドバイスはしません。自分達で見つけて下さい」


 その言葉とほぼ同時に強大な筋配けはいが感知範囲に入った。4つ、どれも大きさこそ違うが知っている形の筋配けはいだ。

 ミーツ氏とリサの走る速度が落ちる。


「ここからは任せる」


 そして前方の筋配けはいがこちらへ動き始めた。どうやら迎え撃ってくるようだ。

 それでもまだ距離は20キロある。目視は出来ないからステータスは確認出来ない。

 

 ナリマの筋配けはい、そして姿が消えた。なるほど、ナリマはそういう戦法も使えるのだった。


「拙者は空中戦で行くでござる」


 北向きの下り坂が終わって日の当たる場所へ出た地点でシュウヘは跳躍。高度を上げていく。


「僕は正面突破で行こう。スグルはどうする? 


 言われて俺は逡巡する。どうするべきだろうかと。

 しかし俺が使える戦法で明らかに有利なもの。となるとやはり空中戦だ。

 シュウヘ以外には空中戦を得意とする相手はいない。それに空中戦なら先に高度を稼いで上についた方が有利だ。

 

 そして他に俺に有利になりそうな戦法は思いつかない。少なくとも正面突破はやめた方がいいだろう。筋力的には俺は一番下だから。年齢的に仕方ないのだけれど。


「上から行きます」


 俺は前にあった上昇気流を狙って跳躍、そのまま高空へと上昇する。


 前方を確認。大きな筋配けはいの元が四つとも視界に入った。

 四人とも既に元の姿ではない。罪天使ネフェリムに似ているが色は白色、そしてよく見れば元の特徴も少し残している。筋配けはいだけでなく見た目でも元が誰か判別がつく程度には。


 前の黒いのが罪天使ネフェリムならこちらは天使というところだろうか。大きさも元のままだ。

 俺はニールのステータスを確認する。


『 ニール・ムンツァー 種族:天使 身長143.6cm 体重40.5kg

 筋力285 最大384 筋配けはい270 持久55 柔軟75 回復59 速度75 燃費45

 特殊能力:不死 強化5+ 回復5+ ステータス確認

 称号:筋肉神テストステロンの使徒 元勇者(完成体) 元破壊者疑惑』 


 やはり天使でいいようだ。そしてステータス、筋力と筋配けはい以外は以前と数値的には変わらない模様。

 ただどう見てもこれ、普通では勝ち目はない気がする。念の為俺自身についてもステータスを確認。


『スグル・セルジオ・オリバ 7歳

 筋力100 最大145 筋配けはい108 持久75 柔軟75 回復92 速度78 燃費31

 特殊能力:回復5++ 持久5++ 速度5(貸与中) ステータス閲覧 前世記憶

 称号:不信心者インフィデル、破壊者、恐怖の取調官(男性専門)、航空力士(十両級)』


 俺が勝っているのは特殊能力の回復、持久、速度。あとは基礎ステータスの持久、回復、速度。

 つまり正面から戦わず逃げ回って相手を消耗させる、なんてのが戦法としては正しいのだろう。出来るかどうかは別として。


 そこまで考えた時だった。ニールが顔を上げて俺の方を見る。目が合った。そう感じた次の瞬間。


 奴は踏み込んだ足を大きく曲げ跳躍した。速い! 

 跳躍の筋力だけでない。場所が俺より有利なようだ。使用している上昇気流が俺のいる場所のものより強く大きい。


 まずい。俺は上昇気流を捕まえるのに使用していた筋愛きあいを解いて、エアバレット連射で迎撃。


 当たらない。考えたら当然だ。筋愛きあいを使えば空中でもそこそこの範囲は自由に移動出来る。そして動ける範囲は上下前後左右。避けるのは簡単。


 まずい、まさか空中戦でいきなり不利になるとは。

 しかも空中だと俺最大の長所である速度の恩恵が使いにくい。そして俺最大の奥義である性感攻撃は人間体で無い相手には使えない!


 仕切り直しだ。しかし間に合うか。ニールは急速に近づいてくる。


 周囲の気流を確認。ちょうどいい場所に下降する気流があった。方向を確認しつつ俺はエアシェルを最大出力で構えて、そして放つ。


 ニールはあっさり避けた。しかしこれは予想内。エアシェルを撃った反動で俺の身体は反対方向へ。


 先程確認した下降気流を掴んだ。一気に高度が下がる。ニールの位置が俺より上になった。

 俺は更にエアシェルを発射。そして更に下へ。


 ニールが遠距離攻撃を連射した。何とか筋愛きあい操作で移動して躱す。

 この辺は先程ニールが躱したのと同じ方法論だ。違いは上昇中か下降中かだけ。避けるのはやはり容易。


 さて、問題は落ちる速度の調節だ。遅いとニールに追いつかれる。速いと着地時のダメージが大きい。そして現在の高度は目測で100m程度。このまま落ちたら流石に再起不能だろう。


 ニールが上空から遠距離攻撃を連射している。俺はこれを避ける為に筋愛きあい操作を使いまくっている。

 そろそろ下降気流から離れて上昇気流を捕まえ速度を落としたいのだが、隙がない。


 このままでは地面に激突して終わりか、ニールの遠距離攻撃でダウンかどちらか。

 焦るな、俺。必死に心を落ち着かせて打開策を探る。何かないか、見落としている事はないか。ニールに隙はないか。

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