第130話 対・罪天使長戦

「そろそろ治療と成長は終わっただろう」


 ミーツ氏の言葉とほぼ同時に激痛かいかんが消える。物足りない、もっと!

 そう思った次の瞬間、俺は気づいた。身体が軽い。痛みが消えたからというだけではない。明らかに感覚が違う。


 他の様子を横目で確認。サダハルやシュウヘは俺より早く治療が終わっていた模様。ナリマも普通に立っている。

 というかナリマ、一回り大きくなっているように見える。筋愛きあいもそうだけれど物理的にも。


 待てよ、ひょっとして……

 俺は自分のステータスを確認して見る。


『スグル・セルジオ・オリバ 7歳

 筋力89 最大128 筋配けはい99 持久75 柔軟75 回復92 速度78 燃費32

 特殊能力:回復5++ 持久5++ 速度5(貸与中) ステータス閲覧 前世記憶

 称号:不信心者インフィデル、破壊者、恐怖の取調官(男性専門)、航空力士(十両級)』


 おお、筋力と気配が大幅に増えている。しかも特殊能力に+が余分についている気が。


「いまので少しは力が上がったでしょう。しかし神と戦うにはまだ足りません。ですので成長の為にも残りの罪天使ネフェリムを片付けましょう。

 それでは行きます」


 リサ、そしてミーツ氏の加速は明らかに先程より速い。しかしついて行ける。これまでより更に速い速度にも。


 あっという間に黒い異形の集団が見えてきた。追いついたようだ。また大きいのが命じて小さいのを残していく。残した数は8体。小さいの全部だ。


「今度は私とリサは何もしない。全て任せる」


 問題ない。もう罪天使ネフェリムの動きが完全に見える。遅く感じる位だ。遠距離攻撃を撃つ速さも、何処を狙って撃つかも完全に見える。


 速度を殺さぬままに遠距離攻撃を避けて筋愛きあいを込めた拳を一発、そしてその反動で左へ動いてもう1体の罪天使ネフェリムに横蹴り。

 

 横蹴りで左足を少しひねってしまった。すぐに全筋愛きあいを治療回復に回す。やっぱり激痛。しかし先程よりは酷くない。ひっくり返ってのたうち回らなくても耐えられるという程度で。

 でも一応マゾの呼吸の呼吸は発動させる。うむ、高ぶってきた。


 なお罪天使ネフェリムは既に8体とも倒れている。絶望させるとか言っていたが実際は一発で倒れてしまう程度だった。何というか軽い。


 絶望なんてそんな軽いものではないだろう。何を試しても上手く行かないばかりか、どんどん自分が追い詰められていく。

 気がつくと周囲の全てが俺を敵視しているような気がする。声をあげようとしてもあげられない。そのまま握りつぶされそうな恐怖。


 そこまで行って初めて絶望だ。


 例えば俺がたまたま出たゲイビデオがネットミームのように世間に広がってしまった時のように。何処へ行ってもアレだと気づかれてしまうという恐怖。


 就職どころかその辺のバイトさえ応募しても『あのゲイだ』と弾かれ、後ろ指を指される。家まで特定され外に出ることも出来ない。そこまで行かないと絶望ではないだろう!


 おっと、田常呂たどころ浩治こうじの記憶が出てしまったようだ。しかしそれを無視しても、この罪天使ネフェリム連中、弱すぎる。


 でもまあ敵が弱いのはいい事だろう。だからこの際、気にしないでおこう。

 物事をあまり深く考えない、なんてのも絶望しないコツだったりするから。


「さて、あとは罪天使長アーク・ネフェリム5体だ。1体はこちらで対応するから1人1体。一見能力は高いがよく見て戦えば、今の君達ならそれほど難しい敵ではない筈だ。

 では行こう」


 先程より更に激しい加速、そして速度なのだろう。しかしもう辛くない。余裕すら感じられる。

 そして黒くて大きな連中5体を視界に捉えるまでの時間も今までよりずっと短かった。


 奴らはこちらに気づいたようだ。5体ともゆっくりとこちらを振り向いて、立ち止まる。揃ったように同じ動きだ。しかもまるでスローモーションのようにゆっくりに見える。


 そして5体ともやはりスローモーションでこちらへ向き直り、そして遠隔攻撃の姿勢を取る。


 そこまで動いたところで俺は理解した。奴らは決してスローモーションで動いている訳ではない事に。


 手の動き、足の動きそのものの速度は俺達とそう差はないのだ。例えば手の先が1メートル動く速さを比べれば。


 ただし奴らの身体は巨大だ。だから全体として同じ動きをするのに、身体が大きい分だけ余計な長さ分を動かさなければならない。

 故に縮尺を無視して全体を見たときには、奴ら動きはスローモーションに見える。特撮の巨大ヒーロー物と同じ理屈だ。


 なるほど、だからミーツ氏は『よく見て戦えば』と言った訳だ。理解した。


 さて、奴らと戦うにはこの街道は狭すぎる。なら俺は広い場所から攻撃させて貰おう。

 この時間はもう地上の方が気温より温度が高い。だから上昇気流など至る所にあるし、作れる。


 俺は片手を広げて空気の渦を作り、そして上方へと飛び上がった。巻き起こる上昇気流に乗って一気に高度を稼ぐ。


 シュウヘも空へと上がってきた。どうやら同じ考えのようだ。

 

「ナリマとサダハルは右から2番目、3番目が狙いやすいでごわす。故に我は一番右、スグル殿は残りの片方をお願い申す」


「わかりました。左から2番目にします」


 そういった直後、一番左の罪天使長アーク・ネフェリムが倒れた。リサとミーツ氏の遠距離攻撃をダブルで食らったようだ。胸に大穴が開いている。


 そして残り4体の罪天使長アーク・ネフェリムのうち、2体が俺とシュウヘの方を目がけて遠距離攻撃を放った。しかし動きは見え見えでかつスローモーション。だから斜めに高度を落としてさっくり躱す。


 さて、こちらの攻撃だ。空気の流れを読んで足の動きで落ちる方向を制御する。両手は目一杯の筋愛きあいを込め、そして特大のエアシェルを上から罪天使長アーク・ネフェリムへと放つ。


 顔に直撃した。奴は両手で目を覆おうとする。今の姿でも目は弱点のようだ。それとも人間の時と同じ感覚で、弱点だと思っているだけなのだろうか。


 わからないが、そんな無駄な動きをするような隙は見逃さない。下降気流を見つけ、筋愛きあいで掴んで加速。方向は下、罪天使長アーク・ネフェリム直撃コース。


 右拳を前に出す。目一杯の筋愛きあいで出した右拳を先端とした弾丸をイメージする。


 頭は本来頭蓋骨で守られた最も固い場所のひとつ。しかしリサは言った。奴らの肉体はエーテル体を物質化したものだと。

 人間の構造と同じとは考えなくていいだろう。ならば充分に勝ち目はある。


 重力加速度と下降気流を味方にした俺という筋愛きあいの弾丸は、罪天使長アーク・ネフェリムの頭頂部に突き刺さった。


 ムナールの腹を抉った時以上の衝撃。問題ない! 筋愛きあいの一点突破でそのまま奴の身体を上から更に中へ。


 しまった。めり込みすぎて動けなくなった。奴の身体や筋愛きあいが俺の下降速度を受け止めてしまったのだ。

 これでは息が出来ない。ならば。


 高筋圧こうきあつ! 筋愛きあいを俺の前面方向へ全力で放つ。

 前に穴が出来た。外が見える。俺は飛び出して筋愛きあいで姿勢を制御して着地。直後、奴が前に倒れてきた。慌ててダッシュで逃げる。

 

 逃げ切った後、他の罪天使長アーク・ネフェリムを確認。既に決着がついたか、決着がつく寸前か。全く心配いらないようだ。


 なら俺はマゾの呼吸モードで回復しよう。あふぅ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る