第127話 約束

「やっぱり強いね、スグルは。私とエレイン二人がかりなら何とかなると思ったんだけどな」


「同感」


 いや、別に勝った訳じゃない。


「勝負そのものはついていないですよ。単に攻撃が一瞬途切れただけで」


「今の間合いで遠距離攻撃を連射していれば形勢は一気に逆転していた。少なくとも私かエレインのどちらかはそれで倒せた筈。そして片方だけならスグルはそれほど手間をかけずに倒せるよね。違う?」


 俺はあえて返答しない。攻撃はしなかった。だからその前提はなりたたない。そういう意味で。


「そうね。私とエレインはミトちゃんに付き合っただけ。基本的にはね。

 ただミトちゃんは本気だよ。ここで怪我をして動けなくなっても、何もしないで戦いに行って帰ってこないなんて結論よりはましだと思っている」


 ミトさんとサダハルは5m程で向かい合ったまま動きが止まっている。戦っていない訳ではない。お互い隙がなくて動けないのだ。


「サダハルはもちろんスグルもね、ミトちゃんにとっては弟みたいなものなんだよ、多分」


「僕もですか。サダハルは経緯を聞いていますけれど」


 サダハルとは親同士が知り合い。更に『王都も学校もはじめてだから姉だと思って面倒をみてやってくれ』と頼まれたと聞いている。

 しかし俺については予想外だ。

 

「ミトちゃんはいきなり3年から入学して苦労したから。だからいきなり6年に飛び級してきたスグルの事を気にしていたんだよ」


「野外学習のグループ分けもそう。飛び級だとどうしても不利。だからフローラと私にも事前に相談があった」


 なるほど。それでああいう形で誘ってくれた訳か。速度重視というコンセプトも年齢的に絶対的な筋力が足りないというハンデをカバーするためのものだ、多分。


「ただスグルは論外にタフだった。体力だけで無く性格も。その辺ミトも予想外」


「エレインの言う通りではあるんだけれどね。本来1年で学校に通うのも初めての年齢の筈なのに、あっという間にクラスに馴染んでいたし。


 普通は学年が飛び級するだけでも大変なんだよ。実際サダハルはそこそこ苦労していたんじゃないかな。ミトちゃんとスグルが仲立ちした感じで何とかなったけれど」


 それはわかる。実際スグルの方の人格は最初の頃ほとんど何も出来なかった。ただ俺の場合は田常呂たどころ浩治こうじがいた。奴が受け答えその他してくれたおかげで何とかなっただけだ。


「そして今度の戦い、どう考えてもただじゃすまない感じでしょ。だからミトちゃんとしてはサダハルもスグルも絶対に行かせたくない訳。それこそ全身を骨折させても、代わりに自分が行く事になっても」


「だから今回、あえてサダハルと一対一で戦わせた。戦績的にも相手をよく知っているという意味でもミトはやりやすいと思っている筈。少なくともスグルよりは」


 このエレインさんの言葉で俺にはわかった。二人が何を考えてこう動いて、そしてこの事態がどう決着すると予想しているかまで。


「ありがとうございます。何かもう色々と」


「スグルが礼を言う必要はないよ。それに私やエレインもミトちゃんやサダハル、スグルに会わなければこのブートキャンプにこれる程強くなれなかったと思うし。

 それに今みたいな機会はきっと必要だったんだろうと思うんだ、ミトちゃんにとっては」


「同意。そろそろ弟離れの時間」


 ミトさんとサダハルが動いた。ただすぐにミトさん側から離れる。ミトさんが仕掛けようとしたがサダハルに隙が無かった。反撃される前にミトさんが離れて距離を取った。そういう流れだ。

 

 一方で堕神勢対イストミアの方は派手に動き回っている。基本的にソウやヴィヴィアンさんが技を繰り出してシュウヘやナリマが避けたり対処したりという形。


 試合と言うより教えているのだろう。ニールやナタリアさん達、この合宿所を去ったイストミア勢が出す可能性がある技や動きを。この機会に可能な限り。


「さて、そろそ決着がつくと思うよ」


 5mの間合いを取って睨み合った状態から、サダハルが一歩前に出た。ミトさんは動かない。サダハルの動きに隙が無いから。


 サダハルが更に一歩前に出る。やはりミトさんは動かない。いや、動けない。サダハルに隙は無いが下がるとミトさんに不利になる。


 ミトさんの間合いは身体の大きさ分サダハルより近く狭い。故に飛び込まなければ勝ち目はない。

 遠距離攻撃は使えない。この距離なら遠距離攻撃のモーションの合間に近接攻撃を仕掛ける事が出来るから。


 そしてサダハルがもう一歩前に出ようとした瞬間。ミトさんが飛び込んだ。同時にサダハルも動く。

 ミトさんの動きは裏投げ狙い。それも前に入ると見せかけて相手を前に引っ張り出し、そこから崩して後ろに投げるという凶悪な技だ。


 ただサダハルはミトさんの動きを読んでいた。ミトさんが崩しに前に出た時点で膝を思い切り曲げつつあえて右手を取らせ引き込ませる。

 

 ミトさんがその意図に気づいた時はもう遅かった。拳二個分以上長いサダハルの左掌がミトさんの首筋を襲う。気絶撃だ。膝を曲げた分リーチに余裕がある。避けられない。


 気を失って倒れかけたミトさんをサダハルがさっと手で抱えた。そのまま俺達の方へやってくる。


「フローラさん。すまないがミト姉を頼んでいいか」


 フローラさんは向き直ってサダハルを見て、そして口を開く。


「条件一つにまけてあげるわ。全員で無事帰ってくること。いい」


「ああ。約束しよう」


「信じるからね」


「ああ」


 うーん、何か悔しい。主役を完全にサダハルに取られた気がする。

 もちろん何故こうなったのかも流れも必然性もわかってはいるのだけれど。

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