第122話 背景説明

 814年といえばリサが俺付きのメイドになった年だ。更に言うとリサが筋士きし団を辞めた年で、大悪魔襲撃事案の年でもある。


 そう、まもなく来る彼女とはおそらくリサだ。状況的に間違いない。だから俺はミーツ氏にこう返答する。


「いえ、もしその彼女というのがリサだとしても、僕は何も聞いていません。僕が知っているのはリサのステータスの特殊能力欄に神の残光という記載がある事だけです」


「そうか」


 ミーツ氏はため息をつく。


「もう一人の案内役がリサというのは正解だ。だがここから先の説明その他はリサが到着するまで待とうと思う。誰をどこまで巻き込んでいいのか、筋肉神テストステロン側の方は私では判断が出来ない」


 なるほど。

 例えばシュウヘやサダハルは勇者だから巻き込まれというより当事者だろう。そしてナリマと、認めたくはないが俺もきっと当事者というか関係者に入る。


 しかしソウやヴィヴィアンさんは関係者かどうか微妙なところだ。そしてミトさん達は単に俺やサダハルとの関係で一緒にここにいるに過ぎない。

 

 勿論ある程度事情を知っているから、このまま無視して放置するというのは申し訳ない気がする。しかしこの先には間違いなく危険な戦いが待っている筈だ。そこに巻き込んでは申し訳無いどころでは済まない。


 だから判断はより状況を知っているリサが来てから、というのは頷ける。

 なら今のうちに聞けることをもっと聞いておこう。まずはこの事態の説明、更にそれ以前の部分についてだ。


「この件の元となった、ナリマ暗殺未遂事件からの堕神エストロゲン教団正常化計画を立てたのはミーツさんですか?」


 ナリマは襲撃情報の入手先を『反主流派の学長と、元教団筋士きしの知り合い』と言っていた。その『元教団筋士きしの知り合い』というのがミーツ氏だろう。そう思っての質問だ。


「あれはダワー学長やその周辺の、反主流派によるものだ。しかし確かに協力はした。だから事案がここまで広がってしまった事の責任は感じている」


「どのような結末にする計画だったのでしょうか」


「フィジーク当局が教団及びレプチンに対し、今回の件及び今までの犯罪の責任を取るよう申し向け、現教団主要幹部、つまり主流派が排除された形で教団が再建。そこまでの計画だった。


 しかしフィジークによる要求は予想以上に強硬かつ徹底的だった。どうやらこれは計画で予期していた以上の情報がフィジーク当局に流れたことが原因のようだ。

 

 フィジークに所在する教団諜報部の秘密拠点まで暴かれ、捜査されている。それによって教団の反社会的活動の殆どが明らかになった結果、フィジークとしてもそう出ざるを得なくなったのだろう」


『予期していた以上の情報がフィジーク当局に流れた』


 その言葉の時点でシュウヘとナリマの視線が一瞬俺の方へ動いた気がする。まさか……。俺がムナールから情報を引き出し過ぎてしまった事が原因なのだろうか。


 いや、たった1人に2時間だけ、しかも極限というにはほど遠いライトな聴取手段SMを使っただけなのだ。

 だから俺は悪くない。そこまで元情報を喋ってしまったムナールと、悪逆非道な活動をしていた教団が悪い。


 それでも何か気が重くなってきた。


「今起こってしまった事態を打開し正常化する方法はありますでしょうか」


「もはや動きは神自らが動くところまで来てしまった。故にこの事態を収めるには神を止めるしか無い」


 神を止めるしかないのか。それならばだ。


「人間は神と戦って、勝つ事が出来るのでしょうか?」


「神は人間とは存在次元が違う。そしてこの世界は三柱・・の神の均衡の元に存在している。一柱でも神を失えばこの世界はバランスを失って崩壊する」


 また予想外の事態が明らかになった。

 神が、三柱!?

  

筋肉神テストステロン堕神エストロゲンの他にも神がいるのですか」

 

 言っている途中でカズヨシの事を思い出した。


「そう言えばやはりこの合宿に来ている生徒トレーニーの一人が古き神、健康神ヘルスなんて名前を出していましたけれど」


健康神ヘルス様は別格。筋肉神テストステロン堕神エストロゲンより更に上位の存在。


 この世界を作り上げているもう一柱は滅神コルチゾール。ただ人間の信徒を持たず、眷属たる魔物と影響下にある魔獣を操るのみ。故に人はその名を忘れ去った。今は眷属を含み、俗に悪魔カタボリックとだけ呼ばれている」


 えっ!?


悪魔カタボリックが、神でごわすか」


 シュウヘの問いとも単なる驚きともとれる言葉にミーツ氏は頷いた。


「然り。悪魔カタボリックを率いる者こそが三柱目の神、滅神コルチゾール。もっとも滅神コルチゾールそのものは此処20年程は顕現していない。筋肉神テストステロン堕神エストロゲンと同様に」


 話が一気に複雑になった。てっきり筋肉神テストステロン勢力と堕神エストロゲン勢力が戦うだけかと思ったのだが、他にも勢力がいるとは。


 それにだ。神が三柱いて、どれも倒せないし倒してはいけないのなら、今の事態をどう片付ければいいかわからない。


「今の混乱を治める方法は存在するのでしょうか」


「ある。ただここから先の説明はリサの到着を待ってからにしたい」


 ミトさん達を巻き込んでいいのかわからない。だから仕方ないだろう。ここまででも今まで知らない事が大分出てきている。

 そして。


「来た」


 エレインさんの言葉とほぼ同時に俺も筋配けはいに気づいた。間違いなくリサだ。東側、30km東から猛烈な速度でこっちに近づいている。


「速いでござる」


「リサは通常でも速度の恩恵を持っている。私より更に速い」


 パソコンかスマホ、せめて電卓でもあれば出力を計算するところなのだが。リサ、どう考えても人間とは思えない速度で接近してきている。新幹線相手に余裕で勝てそうな速さだ。この世界にそんなものは無いけれど。


 しかしリサの筋配けはいは2km程走ったところで消えた。理由は何となくわかる。それ以外の、合宿所や町の周辺に感じる強い筋配けはいの動きで。


「警戒されないよう、筋配けはいを隠匿した」


「多分そうだよね。前にケリー先生を倒した時、筋配けはいも姿も見えなかったし」


 エレインさんとフローラさんの言う通りだ。おそらくは。

 勿論普通は筋配けはい隠匿なんてしたまま超高速で走るなんて事は出来ない。でもリサなら可能だ。

 ただそうなると疑問が生じる。


「何故ミーツさんの筋配けはいにここの警備は反応しなかったのでしょうか?」


「フィジーク筋士きし団員にも師匠の道場に通った者は結構おるでごわす。だから師匠とわかっているのなら特に警戒の必要は無い。そう判断すると思うのでござるよ」


「念の為、レプチンを出る前にテレタイプでフィジーク警備担当に連絡しておいた。この件について、解決のために独自に動くと。その際にフィジークにある合同ブートキャンプの合宿所に寄ると」


 なるほど、既に根回し済みだったのか。

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