第118話 心の中の血涙

「失礼します。シュウヘ先輩、宜しいでしょうか」


 サダハルの言葉にシュウヘは頷く。


「ああ。いいでござるよ」


「シュウヘ先輩には聞こえていますか、神による呼びかけと思われる声が」


 神による呼びかけ? 何だろうそれは。少なくとも僕はそういったものを感じないのだけれど。

 シュウヘはサダハルの方を見て問い返す。


「ここにいる皆の前で言ってもよろしいでごわすか?」


「ここの皆は勇者や破壊者についてカミングアウト済みです」


「わかったでござる」


 シュウヘは頷いた。


「今日の10時頃から聞こえる様になり申した。その後、少しずつ声が強くなっているように感じているでごわす。


 声の内容は簡単に言うと『我が元へ集え、我に従え』。更には集うべき具体的な場所、その途中で国等による介入を出来る限り阻止するよう動く事など、細かい指示も文字や言葉というより意思として伝わっているでごわす。


 今はまだ無視する事が出来る程度で候。しかしこのまま放っておくとそのうち無視する事が、更には自意識を保つ事すら困難になり申す気がするでござる」


 サダハルは頷いた。


「呼びかけている神は違うが、内容はほぼ同じと思っていいようだ。僕も同じ位の時間から神による呼びかけを受けている。

 おそらく街等で騒ぎを起こしている連中も同じように神のメッセージを受けているのだろう。もしくは神のメッセージを受けた者に指示されているか」 


「つまり街の騒ぎは神による直接的な指示って事? それも筋肉神テストステロン堕神エストロゲン両方の」


「その通り」


 フローラさんに返答したのはサダハルでもシュウヘでも、ナリマでも俺でもなかった。

 意識していなかったところからの声だ。そしてこの声と筋配けはいを俺は知っている。


「カズヨシですか」


「ああ」


 ラッシュガードにハーフパンツ姿のカズヨシが出現した。ただし纏っている雰囲気が今までと明らかに異なる。


「カズヨシ殿、何故此処へ?」


「交通整理さ。在るべきものを在る場所へ在る為の」


 カズヨシはいつもと微妙に違う口調でそう言って、更に続ける。


「神は動いた。堕神エストロゲン以外も。

 神に従う事を誓いし者だけでなく一般の敬虔なる信者に対しても呼びかけている。最早時流に即さない、狂った神の声。そうであっても従う者は未だ多い」


 俺はカズヨシのステータスのうち称号欄を確認する。


『称号:寝技王 ※※神の代弁者』

 

 前回に無かった表示が現れた。なお※の部分が読み取れない。かつてリサのステータスを見た時と同じ状態だ。


「カズヨシ殿にお尋ね申す。狂った神は何を望んでいるのでごわすか?」


「どちらの神も同じ。邪魔な相手を倒すとともに世界をリセットし、自分の理想的な世界としてもう一度作り直そうとしている」


 シュウヘの質問にカズヨシはまずそう答え、一息置いて続ける。


「全てをやり直したい。今あるものを消去して。故に人も国も、魔物や魔獣をも戦わせ、全てを0の状態へと近づける。


 勿論神にも理性がある。人が責任感と呼ぶものと似た意識もある。人の知恵をここまで進めるのに必要な労力も時間もわかっている。故に筋肉神テストステロン堕神エストロゲンも通常ならそういった方向へと進まない。


 あとは案内する者が説明するだろう。何をすればいいかを」


 また知らないキーワードが出てきた。これは聞いておいた方がいい気がする。


「案内する者とは何者ですか?」


「すぐにわかる。此処へ向かっている筈だ。揃うまでは此処を動かない方が良い」


「僕達の味方と考えていいんですか?」


「味方かどうかは何を望むかによる。ただこの世界を終わらせたくない。そう望んでいるなら味方だろう」


 今ひとつ実態がわからない。ただ待てと言っている事は確かなようだ。

 ただカズヨシを信じていいのかはわからない。だから俺は更に質問する。


「カズヨシの立場は、そしてそもそも何者なんですか?」


「この身体はあくまで一介の生徒トレーニー。ただ東の辺境には筋肉神テストステロンとも堕神エストロゲンとも違う神への信仰がまだ残っている。その関係で古き神を知るこの者を通じて、道案内なり交通整理をさせてもらった。


 我はかつての主神。健康神ヘルスという名前はもはや歴史に埋もれて跡形もないが」


 つまり、

  ○ カズヨシは古い神を知っていた

  ○ 今の言葉はその神によって語られたもの

と考えて良いのだろう。

 あくまで言っている事が正しいのならば、だけれども。  


「神としての交通整理は以上。あとはお節介ながらこの合宿場の現況について。


 フィジーク公国は正午をもって予備役筋士きしの招集を開始した。指導員のほとんどは予備役筋士きしか現役筋士きしの出向者。双方ともにいなくなったこの合宿場は現在、残った職員は非筋肉系のみ。


 抜け出すのは簡単。故に神の声が聞こえる者はそれに従い、既に合宿所を抜け出し目的地へと向かっている」


 神の声が聞こえる者か。イストミアの連中が思い浮かんだ。彼らは神の声が聞こえているのだろうか。そしてそれに従うのだろうか。


「神からの伝言は以上だ。あとは俺としてスグルに個人的に。俺はこのチャンスで南を目指す。じゃあな」


 最後の言葉の時だけカズヨシは今までと同じ表情と雰囲気へと戻った。にやり、という感じの笑みを残し姿を消す。


 おい待てカズヨシ! それはヤリモクビーチを目指すという事か! この機会に抜け駆けなど……


 そう個人的には言いたい。しかし現状はどう考えてもそういった状態では無いようだ。

 だから俺も後を追うなんて事はしない。心の中は血涙を流しているけれど。

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