第113話 あるビーチ前での攻防

 まずは街中の商業組合に行って貯金からお金を引き出す。これは昨日お金を思い切り使ってしまったからだ。


 しかし後悔はしていない。あのグッズをフルに使った事情聴取は実に楽しそうだから。ターゲットも性格はともかく身体は悪くない感じだし。イラストによればだけれど。


 ただしお話聴取会は明日。今日は今日やるべき事をしっかりやるべきだろう。勿論やるべき事とはヤリモクビーチへの脱出ルートの確保だ。


 ガブリエル指導員は言っていた。

『ここでビーチレスリングをする位はかまわないだろうけれどさ。問題なのがここから南のビーチだ』


 つまりあの場所までは大丈夫だという事だ。だからあのビーチ付近まで行って指導員の配置や動きを探る。


 指導員は皆それなりの筋配けはいの持ち主だ。だからある程度離れても所在はわかるだろう。


 俺は筋配けはいを通常人以下に隠蔽して行動する。もし指導員による警戒態勢に穴を発見したらそのまま突入する位の勢いで。


 ただ現在の服装はあまり宜しくない。ビルダー帝国指定体操服上下だなんて、ブートキャンプ参加者だとばらしているようなものだ。


 だから下ろしたお金で此処にふさわしい服装を整える。どんな服装がいいかも勿論此処で確認だ。


 周囲の服装を確認しながら街を歩いて行く。どうやら男は上はラッシュガード、下はハーフパンツという格好が多いようだ。

 柄も確認。ラッシュガードは紺とか黒とか地味な濃い色一色、ハーフパンツは赤とか黄色とか派手な色が多い模様。


 とりあえず一番多いのは上が紺のラッシュガード、下が赤いハーフパンツ。


 それを確認した後、今度は服屋を幾つか物色。こういう場所は往々にして観光地価格なんて事がありそうだから。日本じゃないと言われそうだけれど、その位の用心は必要だろう。


 表通り裏通りと20件ほど見て、そこそこ大きくて客が多く値段も無難な店で服を購入。店で着替えさせて貰い、体操服をバッグに押し込めて、そしてビーチへ。


 うん、これでかなり目立たなくなった。俺と同じ位の年代の少年もそこそこビーチにいる。だから今の服装なら俺もそう目立たない筈だ。


 筋配けはいを2割くらいまで隠蔽して、ビーチ横の道路を周囲にあわせた速さで歩きつつ南へ。


 まもなく昨日ビーチレスリングをしたデロシービーチだ。とりあえずビーチレスリングを見物しながら筋配けはい探知をしようか。そう思いつつ歩いていると前方に知っている筋配けはいを感じた。


 間違いない。これはコウイチとアキノブだ。若干の筋配けはい隠蔽をかけているようだけれどまるわかりだ。知っている俺からすれば。


 奴らの目的も俺と同じだろう。ならちょうどいい。奴らを餌にして指導員の動きを見てやろう。

 俺は自分の筋配けはいを最大限に隠し後を追う。


 奴らは人通りが多いビーチ沿いの大通りを南下している。筋配けはい隠蔽を使い人に紛れて突破しようという作戦のようだ。


 奴ら2人とも筋配けはい隠蔽を使えなかった筈だ。おそらく今日の勉強トレで学んだのだろう。

 しかしまだ甘い。筋配けはいの5割くらいが漏れている。

 

 それでも半日程度の訓練でここまで出来るようになれば大したものだ。おそらく他の筋配けはい技や筋愛きあい技もやっただろうし。

 ただいきなり使うにはまだ未熟だ。度胸は認めるが。


 出た。強そうな筋配けはいがとりあえず4人。

 全員が指導員とは限らない。オフ中の警備筋士きしという可能性は否定できないから。


 しかし少なくとも2人は指導員だ。それも俺が前泊日にお世話になったガブリエル氏とフィリペ氏。


 俺は筋配けはい隠蔽を徹底しつつビーチ沿いの露店の方へ。これで指導員2人からは直接見えない筈だ。


 ただ指導員が俺が察知した4人だけとは限らない。筋配けはいを隠蔽している可能性だってあるのだ。注意するに越したことはない。


 ガブリエル氏が2人に近づきはじめた。フィリペ氏は少し先、南側へ。そして残り2人は一本奥の道とビーチ際にいる。


 その動きで俺は察した。指導員は4人だけではない可能性が高いと。


 4人の動きはあくまで見せる動きだ。通りとビーチを見張っていますよという。これに気づいて引き返せば良し、そうでなければ……


 配置的にはあと2人くらいだろう。だから運が良ければ突破出来る。ただ突破出来る可能性は決して高くない。良くて3割ってところか。

 少なくともまだ俺自身が試すべき状況ではない。様子見だ。


 ガブリエル氏がコウイチ達に接触。ここからは目視は出来ないが、おそらくはお説教開始だ。


 そしてフィリペ氏がコウイチ達とはまた別の方向へと歩き出した。その方向の筋配けはいを確認。ブートキャンプ参加者っぽい筋配けはい、こっちは1人だ。


 コウイチ達と名前を知らないもう1人が捕まって説教中。これはチャンスかそうでないか。

 俺は危険と判断して動かない事を選択。筋配けはいを殺したまま様子を見る。


 ガブリエル氏とフィリペ氏とが生徒トレーニー指導中。それぞれ道の端でやっているので道の中央は空いている。怪しい筋配けはいは感じない。しかし第六感はビシバシ警告を発している。


 あまり待つ事は無かった。ふっと道の中央に今まで感じなかった筋配けはいが出現。かなり強者っぽい筋配けはいだ。ガブリエル氏達より若干上と感じる。


 筋配けはいは3秒程度後、ふっと消えた。普通の人にはわからなかっただろう。何かあったかな位に感じるだけで。おそらく姿はそのままで筋配けはい隠蔽を解いて、また隠蔽しただけだから。


 しかし……俺は思う。おそらく今、見えない戦いが展開されたのだ。筋配けはいを完全隠蔽してヤリモクビーチを目指そうとする生徒トレーニーと、同じく筋配けはいを完全隠蔽してそれを防ごうとする指導員との。


 20秒後、今の俺の位置より北側で筋配けはいが出現する。この筋配けはいは知っている。カズヨシだ。北へと遠ざかっていく。


 なるほど、つまりはこういう事だ。

  ① カズヨシが完璧に近い隠蔽で突破しようとしたが

  ② 隠れていた指導員が筋配けはい隠蔽を解いて、『気づいているぞ』と警告

  ③ カズヨシは負けを認め、北へ去った上、去ったことがわかるよう筋配けはい隠蔽を解除した


 カズヨシの筋配けはい隠蔽は完璧だった。少なくとも俺は気づかなかった。そして服装も体操服では無くラッシュガードとハーフパンツ姿になっている。

 それでもこうやって見破られるとは……


 見破った方法はある程度想像がつく。筋配けはい隠蔽をかけても目視を完全にごまかす事は出来ない。筋配けはいだけではなく目視にも有効な隠蔽を使っても、ある程度慣れた人間なら視界の違和感で居場所に気づく。

 

 おそらくはそういった方法でカズヨシの隠蔽は見破られたのだろう。なら今の俺が挑戦しても勝ち目は無い。


 つまり此処から南下というルートを突破するのは難しい。もしクヒオビーチを目指すなら、別ルートを使うべき。


 結論が出た。ならここに長居は無用だ。俺は歩きはじめる。方向は北、つまり撤退。ただし筋配けはい隠匿は外さない。


 20歩ほど歩いたところだった。


「いい判断だ」


 真横からそんな言葉が聞こえた。俺はあえて振り向かない。しかし俺に向けた言葉だというのはわかる。一瞬だけ解いた筋配けはい隠蔽で相手がわかったから。合宿所のイタロ指導員だ。


 つまり俺の行動も把握されていたようだ。

 おそらくは目視で気づいていたのだろう。向こうはこの街に慣れている。身を隠すのに適した場所とか、そう生徒トレーニーが判断しそうな場所なんてのも把握していたのだ。きっと。


 残念ながら第一ラウンドは俺の負けのようだ。しかしまだ今日は合宿二日目。合宿は六日あるからあと四日は狙うチャンスがある。

 何としてもこの警備網を突破して、ヤリモクなビーチへと旅立ってやる。俺はそう、固く決意した。

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