第104話 サダハルの調査結果

 その後、夕食の後の自由時間でミトさん達やサダハルにシュウヘが来ることについて話した。


「ちょっと怖いよね。実際あの時、とんでもなく怖かったし。それに使徒メタボリックなんでしょ。確かにフィジークは堕神エストロゲン教徒だろうと使徒メタボリックだろうと自由なのだろうけれど」


「同意。ただスグルが大丈夫だと思うなら、あとはサダハル次第」


 まあフローラさんの意見がビルダー帝国民としては一般的なのだろう。筋肉神テストステロンの信徒にとっては間違いなく敵性存在だし。

 そしてサダハルはこんな感じだ。


「僕は問題は無いだろうと思う。ここフィジークが中立地帯でブートキャンプ参加者なら此処のルールに従うだろうというだけではない。シュウヘ本人が信用出来ると感じるからだ」


「でもいきなり襲撃されてやられたのはサダハルだよね。何でそう思うの?」


 確かにフローラさんが言うのはもっともだろう。サダハルは頷いて、そして口を開く。


「見方を変えればだ。いきなり襲撃したのはむしろ僕の方だろう。問答無用でいきなり高筋圧こうきあつを放ったのだから。もちろんそちらに人はいないだろうと判断した上でのことだけれど。

 それにあの場でシュウヘは僕達を倒すつもりはなかった。あくまでこちらの実力とスタンスを確認するだけのつもりだったようだ。

 あの時シュウヘがその気になっていればこっちは全滅していただろう。違うか、スグル」


「その通りだと思います」


 俺は頷いて、更に説明を付け加える。


「シュウヘ自身、自分の勇者という称号と立場、更には最近の堕神エストロゲン教団の動きに疑問を持っているようでした。堕神エストロゲン教団が筋肉神テストステロン悪魔カタボリックも真の敵では無いとする派閥と、両者とも相容れる存在ではないとする派閥に別れている、なんて事を言っていましたし」


「スグル君やサダハル君の言うとおりなら心配はないのでしょう。それにここフィジーク、そしてブートキャンプは中立です。筋肉神テストステロンの信徒だろうと堕神エストロゲンの信徒だろうと問題はありません。

 ただそうも割り切れない生徒トレーニーがいる可能性はあります。そこは注意しておいた方がいいでしょう」


 そう、このブートキャンプに参加する生徒は俺達だけではない。アナボリック大陸ほぼ全土から、各学年80人の生徒トレーニーが参加するのだ。


 ビルダー帝国がアナボリック大陸で最大の国なのは間違いない。しかしそれ以外の国も当然ある訳だ。それらの国全てが筋肉神テストステロンを信奉している訳ではない。


 実際フィジークは宗教に対しては中立だ。シュウヘが住んでいるらしい山岳都市国家レプチンのように堕神エストロゲン側の国もある。


「だね。合宿中はとりあえずその辺は触れないのが正解かな」


「了承」


 とりあえずこれでミトさん達やサダハルついては大丈夫だろう。他の生徒トレーニーはシュウヘが使徒メタボリックである事を知らないから問題ない。


 さて、ならシュウヘについてはこのくらいでいいだろう。あとはサダハルに聞きたい事がある。


「ところでサダハル、図書館で何か目新しい情報は入りましたか?」


「ああ。堕神エストロゲンについてだけでなく筋肉神テストステロンについてもトリプトファン以上の情報があった。

 どうやらトリプトファンでは筋肉神テストステロン教団によってかなりの情報が消されているようだ」


 この辺は予想内だ。そして必要なのは消されていたという事実の確認ではない。消された情報の内容は何だったかという事だ。


「それで何が消されていた?」


「例えばこれは600年代に筋肉神テストステロンがトリプトファンに顕現した際の預言だ。

堕神エストロゲンは敵では無い。悪魔カタボリックは敵ではあるが、これも世界に必要な存在である』

 つまりこの当時は、少なくとも堕神エストロゲン筋肉神テストステロンと敵対してはいなかった。


 ちなみに筋肉神テストステロンによる堕神エストロゲンへの言及は、ビルダー帝国では789年に顕現した時のものしか伝わっていない。この内容はビルダー帝国民なら基本的に知っている通りだ」


 その通りで、当然俺も知っている。


堕神エストロゲン、そして悪魔カタボリックは世界の敵である。我々は断固として彼らと戦い、滅ぼさなければならない』


 ただ実際のビルダー帝国社会がこれを素直に信じているかどうかは怪しい。堕神エストロゲン側の国とも国交はあるし、貿易も普通に行われている。筋肉貴族たる父すら堕神エストロゲン使徒メタボリックであるグリコと協定を結んでいた。


 つまりこの789年顕現の言葉をそのまま信じているのは実のところ筋肉神テストステロン教団の一部と妄信的な筋肉神テストステロン信奉者、あとは世間知らずの初等学生以下くらいらしい。

 

 更に今、サダハルが言った事が確かならば。


「矛盾しているよね、その預言と今知られている預言とは。どちらかが偽物なのかな」


「いや、どちらも筋肉神テストステロンによる預言らしい。教団員や一部の筋肉貴族だけでなく一般人をも前にして預言されたようだから。

 つまり筋肉神テストステロン自身の堕神エストロゲン悪魔カタボリックに対するスタンスが変わってきているという事だ。


 そして変わってきているのは堕神エストロゲンも同じらしい。やはり寛容・共存側から排他的な方向に。そしてそれはおそらく悪魔カタボリックも。

 そして神々や悪魔カタボリックは弱体化してきている。以前からその傾向はあった。しかしここ50年くらいは弱体化も加速しているようだ」


 サダハルが今言ったのと似たような事を父からも聞いた気がする。


「神の病ですか」 


「ああ。ブルックスの『失われし聖餐』で筋肉神テストステロン自身がそう認めた事態。堕神エストロゲン側でも同じような事態が進行中らしい。


 筋肉神テストステロン教団は顕現が無くなった後、上層部が暴走しあのような事になった。同様に堕神エストロゲン教団も先鋭化しているらしい。そこはスグルが以前シュウヘから聞いた内容と一致している」


 なるほど。ならばもう少し話を進めると……


堕神エストロゲン教団もこの前の筋肉神テストステロン教団のような事案が起きる可能性があるかもしれませんね。筋肉神テストステロン教団の破壊者と同様の位置にいるらしい、堕神エストロゲンの申し子なる存在もいるようですから」


「イストミア聖学園のような組織も存在しているのかもしれませんね。まだ表に出ていないだけで」

 

 えっ! 

 しかし考えてみれば納得出来る。確かにミトさんが言うとおりだ。


「今回のブートキャンプに参加していたりしてね」


「ならきっとうちの学年にもいる」


 普通にトリプトファンで生活していると堕神エストロゲン側の情報は入ってきにくい。堕神エストロゲン側国家についても政治経済関係の事は新聞に書かれている。しかしそういった文化面的な事はほとんど記載されていないから。


 ならイストミアと堕神エストロゲン側のその組織とで対立なんて事態になったりするのだろうか。

 まだそういった組織や生徒トレーニーが参加しているかどうかすらわからないけれど。

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