第102話 それぞれの立場?

 更に話しているうち、ガブリエル氏とフィリペ氏がここにいた理由がわかってきた。どうやら前世日本でいうところの補導員的な事をやっていたようだ。


「ここビーチブレイクはフィジークの中でも一段と開放的な街だからさ。特に田舎から出てきた層には刺激も誘惑も多いんだ

 そしてブートキャンプ参加者って間違いなくその学年の筋肉エリートだろ。だからあわよくば今のうちに手をつけて……なんて輩も少なからずいたりする」


「ブートキャンプ参加者は目立つ。この辺を歩いている中心層と比べると若いし、各国指定の体操服を着ている事が多いから。だから狙われやすい」


 例によってガブリエル氏、フィリペ氏という順で話してくる。

 そしてこの説明、今後にとって大変に参考になる。つまりヤりに行くならばれないような格好で行けという事だ。


「一部の連中の間では優先的に狙う生徒トレーニーのリストなんてのが出回っている。各地の戦抜結果については名前と出身校入りで新聞掲載された。それを手がかりに各出場生徒トレーニーについて調べて、良さそうなのを食ってしまおうという魂胆だ。上手く行けば玉の輿で一生安泰だから。

 筋肉貴族家出身とか使徒位持ちなんてのは間違いなくリストに入っている。十分な注意が必要だ」


 ガブリエル氏の説明。どうやら此処でのナンパ状況、なかなか洒落にならないようだ。なら食われそうになる前にステータス閲覧でしっかり確認する必要がある。


 そしてどうやらガブリエル氏とフィリペ氏、俺とシュウヘが誰なのかわかっている模様だ。筋肉貴族家出身と使徒位持ちと言ったのはそういう意味だろう。


「わかりました。十分気をつけます」


「御指導ありがたく頂戴する」


「まあここでビーチレスリングをする位はかまわないだろうけれどさ。問題なのがここから南のビーチだ。特に街壁の外部分のビーチはなかなかに風紀が悪い。


 街の外扱いだから警備筋士きしの巡回も無いしさ。間違っても各国からお預かりしているブートキャンプ参加生徒トレーニーには近寄らせたくないところだ。


 海の近くだから陸の魔物は出ない。だが小型のクラーケンなんてのはたまに出る。しかし魔物以上に人間が危ない場所だ。だからブートキャンプ事務局でも要員を出して、自由時間にそっちに行かないように見張っている」


「例年十何人かは行こうとして捕まるんだよな。こっちもきっちり見張りしているからまず行くのは無理なんだが」


 今度はフィリペ氏が先でガブリエル氏が補足。そして俺は理解した。今日ここでシュウヘに捕まった事は幸運だったようだと。おかげで指導員に現行犯で捕まらずに済んだ。

 そして明日以降行くのならビーチ経由で普通に突破するのは無理っぽい。運良く突破出来ても間違いなく合宿所で捕まる。


 結論だ。行くなら途中で服装をこの街らしい格好に変えて、途中から完全な筋配けはい隠匿をかけること。更には筋配けはい探知を確実に行い見張りに見つからないようにすること。


 何なら誰かが捕まった隙を狙うなんてのも有効かもしれない。コウイチやアキノブあたりに犠牲になって貰おうか。サダハルやイストミアの連中はそういう所に行きそうなイメージはないから。


 そういった注意を受けつつ結構美味しい料理をいただいて無事解放。


「それじゃもうすぐ次の見張り時間だから失礼するよ」


「あとは合宿所で会おう」


 店の前で指導員2人と別れた後、シュウヘに尋ねる。


「堕神の申し子なんて話があったけれど、あれはこちらでは有名なんですか?」


「そこそこ知られているでごわす。約20年前三大使徒の一人であったガーブリエーラが書いた『最後の顕現』なる書物に記載されていた故。古い本ではあるがアメイワの図書館ならある筈で候」


 なるほど、ならサダハルが今頃調べているだろう。

 ところで20年前に三大使徒が書いた本か。


筋肉神テストステロン教側にも同じ頃、似たような本が出た事を思い出しました。元枢機卿第三席が出した暴露本で、先程の話にあった破壊者について述べられています」


「レイモンド・ブルックスが書きし『失われし聖餐』もアメイワの図書館にて読めるでごわす。フィジークは各勢力の力が均衡し失われる書物もまた少ない故。


 ただ残っている物が多い故、偽なる内容の書物もまた多いでござる。また探せども勇者たる存在に対する言及が具体的なものは発見出来ぬまま。破壊者、申し子、分身あるいは現し身という存在に言及した書物はあれど」


 なるほど、フィジークには両方の側の書物が残っている訳か。そしてシュウヘはひととおり調査済みと。

 しかし勇者に対する言及がないというのは意外だった。


「勇者という言葉そのものは、少なくとも筋肉神テストステロン教団には昔からあった筈ですけれど」


墜神エストロゲン教団にもあり申した。されど『神に選ばれ、神の敵と戦う存在』という概念のみ。具体的に何をする、どんな役割がある等についての記載は皆無。


 そしてそれは現在も同じ、破壊者、申し子、分身あるいは現し身と目的や使命が明らかな存在に比べると具体性が薄い上、最近は言及すらされない状態でごわす」


 俺は筋肉神テストステロン教団での定義を思い出す。


「確か筋肉神テストステロン教団でもそんな感じだったと思います。あとは認定の手順くらいですね。教会に勇者が出現したというお告げがあり、そのお告げを元に勇者を探し出し、聖地ベニスビーチに出現する試練に打ち勝つ事で認定される。そんな流れで」


堕神エストロゲンの勇者もほぼ同様。聖地も同じくベニスビーチ也」

 

 そこまで話して気づいた。ごく最近、勇者というステータスを見たしその件について話したなと。


「そう言えば今回僕と同じ学年とブロックから参加した者の中に、勇者実験体、勇者完成体というステータスを持つ者がいます。かつて筋肉神テストステロン教団による人体実験の場になっていた元孤児院の出身ですけれど」


「初耳でごわす!」


 流石にそこまではシュウヘも知らなかったようだ。


「その場合の勇者とは、どういった使命に対する称号なりや、おたずね申したい」


「その人体実験は、『破壊者を倒し教団と神を守るために、破壊者と同世代の優秀な者に筋肉英才教育を行い、教団の盾となる者を育成する為のもの』だったらしいです。

 またそこでは勇者とは破壊者を倒す聖なる使いと教えられていたそうです。


 ただそんな存在を勇者と呼んでいるだけなのかもっと他に意味があるのかまでは聞いていません。それ以上の事は本人に聞いた方が早いと思います。ただし教団の洗脳が抜けきっていない者が多いので、聞くのならソウという男子生徒トレーニーかヴィヴィアンという女子生徒トレーニーにした方がいいです」


 何せシュウヘ、堕神エストロゲン使徒メタボリックなのだ。洗脳が残っている相手と会わせるのは怖すぎる。混ぜるな危険という奴だ。


「なかなか面白い事を聞き申した。ソウかヴィヴィアンか、覚えたでごわす。

 さて、そろそろ帰るのにちょうどいい風が吹く時刻。故に我はこの辺りで失礼させて頂く」


「ええ。ビーチレスリング、なかなか楽しかったです。それではまた、今度は合宿場で」


「了承。あと遊びに出歩くなら十分に注意をするでごわす」

 

 シュウヘは東方向へと去って行く。どうやらシュウヘめ、俺の目的に気づいていたようだ。

 いずれにせよ今日は時間切れだ。とりあえず合宿所へ向かおう。俺は街の北へ向けて歩き始めた。

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