第100話 強い相手、実は……

 1回目の試合から4回目の試合まで毎回、俺と対戦相手の体格差は圧倒的。身長180cm以上級のフィジーク的マッチョばかりだった。


 捕まれば不利は間違いなかっただろう。しかし俺やシュウヘは筋愛きあいを使って崩れやすい試合場を自在に動くことが出来る。それが出来ない相手は俺達の動きについていけない。

 結果、投げたり足取りをかけたりで倒して固め、割とあっさり4連勝。


 そして4試合目終了後の試合場整備が終わった。


「では次の試合、ゴール・ツアンティ・イル対クイックシルバー・ジョーズ」


 5連勝がかかった最後の試合だ。しかし相手が試合場へ上がって来たのを見て感じる。今までと格が違う気がすると。


 相手チーム2人は今までのマッチョに比べるとやや小柄。年齢も30代前半位と今までの対戦相手達より高め。

 ただし明らかに筋愛きあいをコントロールしている。よく見ると足の試合場の砂へのめり込み具合が少ない。


 シュウヘが俺の方を見た。奴も今回の相手の強さを感じたのだろう。俺は頷いてみせる。わかっている、今度は注意していくぞ。そんな意味を込めて。


 ただしステータス閲覧は使わない。これは試合とはいえ遊びだ。だから相手の力がわかっては面白くない。

 それにそこまで強すぎる相手という事は無いだろう。こんな場所でやっているお遊びの試合なら。


「はじめ!」


 相手の男が動き出すより早く俺は前へ。

 この試合場は狭い上に端が崩れやすい。つまり中央側に位置すると圧倒的に有利だ。相手が強そうだから少しでも安全策をとっておきたい。


 シュウヘも同じ事を考えたようだ。そして相手2名は様子見の模様で動かない。

 結果、シュウヘが試合場中心から東側1mの位置で北側の相手を向き、俺が試合場中心から西側1mの位置で南側の相手を向いた状態になる。


 これまで動かなかった相手の男が動いた。左足を半歩前に出し、腕を回して筋愛きあいを錬る。これは間違いなく……


「こちらの遠距離攻撃は我が引き受けるでごわす」


「了承。こちらも同様です」


 どうやらシュウヘの相手も遠距離攻撃を放ってくるようだ。なら後ろの相手は任せよう。

 俺は目の前の男に集中。筋愛きあいを錬りつつ迎撃態勢を整える。

 この状況でなおかつ相手の遠距離攻撃を無効化しなければならない。定番は相殺用に弱めのエアシェルを撃つこと。しかし威力を間違えたら相手の背後、見物人まで遠距離攻撃が届いてしまう。


 ならば使える技はこれだ。右掌を意識する。全身の筋愛きあいを錬って右腕、そして右掌へ。

 ニール戦で使った筋愛きあい技の変形だ。違いは拳と掌底との違いだけ。この試合では拳は禁止だから。


 同時に左斜め前へ3歩前進。これはシュウヘを背後へかばうため。シュウヘもちょうど点対称のように動く。相談しないでもこうやって意図を察してくれるのは助かる。


 目の前の相手が遠距離技を放った。俺のエアシェル位の威力を感じる。しかし問題ない。俺は筋愛きあいを込めた掌底を前に出しつつダッシュ。掌底で遠距離技の圧縮空気と筋愛きあいを切り裂いた。


 超音速機が空気の壁と戦って生ずる衝撃波ソニックブーム、あのイメージだ。余波で左右の砂が舞う。しかし後ろに攻撃は通さない。


 遠距離攻撃の筋愛きあいの波を越えた。目の前の男は右腕を引っ込める反動で左手による張り手を繰り出す。ならという事でこちらの掌底を男の張り手に合わせる。


 バチン! 筋愛きあいがぶつかり炸裂した音。足場の砂が爆発した様に裂けた。更に俺の身体が背後に飛ばされる。それでも空中移動の要領で1m位で停止して着地。

 相手の男も試合場の端に着地した。通常なら立つと砂が崩れそうな場所だが筋愛きあいを使って体重を保持している。


 歪な楕円形のクレーターが俺と敵の間に出来ていた。ぶつかった筋愛きあいの衝撃で試合場の砂が左右へと弾かれた痕跡だ。


 一方俺の背後では猛烈な筋愛きあいのぶつかり合い。それこちらと違って連続で続いている。接近戦で、シュウヘが一方的に攻めているようだ。百烈張り手みたいな近接戦闘の連続技だろう。


 確かに百烈張り手を繰り出しながら前進なんてのは今の状況に有効そうだ。しかしそんなゲームでも不可能な技、今の俺には無理。


 目の前の男がまた遠距離攻撃のモーションに移った。しかし今度は目の前にクレーターがあるから前進しての攻撃は出来ない。


 どうすべきか。一瞬で答が出た。俺が試合場の中心近くにいて、男は端近くにいる。この位置を利用する作戦だ。


 俺もエアシェルのモーションに移る。あくまで第一発目は防衛用だ。男の遠距離攻撃を相殺する程度の威力があればいい。先程の攻撃で威力は概ね理解した。だから背後の観客まで届かない威力に調節は可能。


 そして二発目はもっと早く、エアバレットに近い早さで撃てるよう意識。なお二発目以降で狙うのは敵では無い。敵の足場である試合場の砂だ。これなら試合場外まで届かない。


 相手の男より一瞬遅く発動した俺のエアシェルは予定通り俺の目の前で男の遠距離攻撃と衝突。相殺された。

 そして二発目は俺のエアシェルの方が早い。筋愛きあいと圧搾空気の波が敵の下半身と足元を狙う。


 男は次の遠距離攻撃の方向を変えて俺のエアシェルを迎撃。一方で俺は更にエアシェルを連射する。背後の観客等の方には届かないように相手の男の足下に向けて。


 遠距離技による相殺より早く男の足元の砂が崩れる。端に近いだけに崩れ始めると早い。


 男は足を踏み換えたり筋愛きあいを使って砂を押さえている。しかし無駄だ。そちらに集中して筋愛きあいを使うとこちらに遠距離攻撃が出来なくなる。


 そして上昇気流が無い場所では航空力士的な技も使えまい。万が一そんな技能を持っていたとしても。

 これで詰んだだろう。そう思ったのだが男の筋愛きあいが一気に膨れ上がった。何かをする気だ。エアシェルのモーションを止めいつでも動けるよう身構える。


 男は全力の筋愛きあいで足場の砂を固定し、思い切り跳躍した。頭をこっちに向けて吹っ飛んでくる。人間砲弾とかスーパー頭突きというような技だ。


 筋愛きあいや空気だけでない実体のある攻撃。正面から筋愛きあいで受けると体格差で吹っ飛ばされてしまう。逃げると背後のシュウヘが危ない。

 この場合どうするか。簡単だ。正面から受けなければいい。


 俺は半身ほど右へ動きつつ姿勢を目一杯低くする。男の軌道は直進のまま変わらない。距離が短い事もあるが、航空力士的な筋愛きあいの使い方は持ち合わせていないようだ。


 掌底に筋愛きあいを回す。そのまま男を下から斜め横上方へ向けて突く形で迎撃。


 男の頭と俺の掌底が激突した。強烈な筋愛きあいと運動エネルギーによる反動。しかし上に向けて攻撃した為、俺が受ける力は斜め下方向。だから試合場の砂に埋まりつつも何とか持ちこたえる。


 一方男の軌道はやや左上にそらされた。だから着地したのは俺の左後ろ、端に近い部分だ。

 俺は体勢を立て直すと同時にエアシェルを放つ。立ち上がりかけで足場を崩された男は試合場外へと転げ落ちた。


「場外!」


 勝てた。しかしなかなか強かったと思う。特に最後の反撃、一瞬でも俺が迷ったら背後のシュウヘごと攻撃を受けていた。最初から場所取りで互角だったら危なかっただろう。


 どれくらいのステータスだったのだろう。興味本位で確認。


『ガブリエル・メディナ 35歳 身長175.2cm 体重70.4kg

 筋力135 最大187 筋配けはい110 持久60 柔軟60 回復57 速度61 燃費38

 特殊能力:波乗り4+ 

 称号:フィジーク公国筋士きし団元十卒長、アナボリック大陸合同・生徒トレーニー・ブートキャンプ主任指導員』


 えっ! ブートキャンプ主任指導員だと!

 これは少し、まずいかも……

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