第96話 出国手続き

 リジン郊外の休憩所から走ること40分程度。

 10分くらい前から完全に山道へと入った。またその辺から街道が車道と人道にわかれた。


 車道は幅が6m位あって傾斜もそこそこだが、傾斜を緩くする為に大回り。人道は距離は短いけれど急でところどころ階段がある。


 この人道、とてもではないが平地のように速度を出せない。それでも俺達は時速60km近い速度で半ば跳ねるように駆け上がっていく。厳密には女性陣がそれくらいの速度で飛ばすので俺やサダハルがついて行かざるをえないのだけれど。


 少し先に看板が見えた。


『シスチンまであと5km。標高1,224m』

 

 ようやく次の休憩地点だ。正直ほっとする。

 シスチンはこの街道では国内最後の街だ。ビルダー帝国の出入国手続きはこの街で行われている。


 なおフィジークの出入国手続き行っているのはグランドスウェルの街。シスチンから直線距離で10km西にある、この街道でフィジーク最初の街だ。


 この10kmの間には標高標高1,852mのランバー峠がある。この峠は大陸中部を南北に走るスパイン山脈の主脈上の鞍部。少しでも天候が崩れれれば強風が吹き抜ける谷間となり人が立っていられない状態となる。そうなれば当然通行止めだ。

 

 これでは流通に支障ありまくる。だから現在、ランバー峠の500m下を掘りぬくトンネル建設工事を行っているそうだ。

 ただし地質がかなり悪いらしい。おかげでもう10年以上工事しているのにいまだ開通していない。


 さて、俺とサダハルは明らかな変化に気づいていた。


「回復と持久の特殊能力スキルを意識する事はかなり有効なようだ。発動には筋愛きあいを消費するようだが、それでも前の休憩の時よりかなり楽と感じる。これは山道に入って速度が遅くなったせいではないだろう」


 サダハルの言うとおりだ。1回目の休憩前よりむしろ疲れていない気がする。


「確かに山道だから速度は落ちています。ですが一定の速度で走れないので平地よりずっと筋肉を使うはずです。ですからこれは特殊能力スキルのおかげで間違いない。僕もそう思います」


 どうやら前回の休憩所で思いついた特殊能力スキルの使い方は正解だったようだ。


 回復と持久の特殊能力スキルを使う事を強く意識する。そうすると筋愛きあいが意識した分だけ消費され効果が発動するという仕組み。

 ここまで走りながら使ってみた結果、ある程度の使い方は理解した。


 ただこの特殊能力スキル、長距離を高速で走るのが楽になるだけではないと感じる。


「この特殊能力スキル、使い方次第で効果が変わりそうだ。

 今は高速長距離移動が楽になるよう、持続力と回復力両方を程々に起動している。しかし疲労無視の長時間持久、更にはあえて筋肉が疲弊しきってから発動させて超回復による筋力強化を狙うなんて使い方も出来そうだ」


 サダハルも俺と同じようなことを考えていたようだ。


「ええ。上手く使えば短時間での筋力強化を狙えそうです。ただ副作用もありそうなので試すならトリプトファンに帰ってからですけれど」


「確かにそうだ。今はやめた方がいいだろう」


「強烈な筋肉痛になりそうですからね」


 なんて話しつつ走っているとシスチンの街門が見えてきた。両側が断崖で、谷間に煉瓦積みの壁を作ったという感じの門だ。

 ただレンガの色がトリプトファンやロイシンと違う。ロイシンだと煉瓦の色は黄色に近い褐色。トリプトファンは灰色っぽい赤色。しかしここはかつて日本等で見たような赤煉瓦だ。


「門が赤いね」


「土の質と煉瓦の作り方の違いです。気候が厳しいのでそれに耐えられるよう、高温で焼いた煉瓦を使っています。赤いのは土に鉄が多く含まれているからだそうです」


 フローラさんの感想にミトさんの解説が入る。


 門の脇には警備筋士きしが4名立っている。しかし入門審査等はしていない。国内側は魔物や指名手配の似顔絵が出回っている犯罪者以外はほぼノーチェック。


 それでも俺達くらいの子供が大人無しで入ったら普通は不審がられるだろう。しかし今回、俺達はブートキャンプ参加者用の黄色い腕章を巻いている。

 だから大丈夫だろう。そう思いつつ速度を落として歩く速度で門へ。案の定警備兵に止められたりという事はなく、すんなり中へ入れた。


「街も赤いね」


「同意」


 この街は建物の壁だけでなく瓦も、そして道路までもが赤い煉瓦製だ。

 細い川の両側に道があり、その左右に2階建ての家が並んでいる。正面方向、谷の終わりまでは500m位だろうか。街としては結構小さい。


「この街道をそのまままっすぐ行けば出入国管理事務所だよね」


「その筈です。事務所に合宿の係員がいるので、そこで名簿を確認すればそのまま通れると書いてありました」


 街は小さいし風景以外の観光要素はなさそうだ。なので寄り道はせず川沿いの通りをひたすら真っ直ぐ行く。


 すぐに正面に入ってきた門と同じくらい間口が広い建物が見えてきた。奥行きがあって左右に部屋がある門という感じの建物だ。


「あれが出入国管理事務所だろう」


「そうですね。案内図のとおりです」


 建物に近づく。入口入ってすぐの場所にブートキャンプの腕章を巻いている男性がいた。折りたたみ式の長机をセットして受付みたいな場所を設営中だ。


 俺達は入口を入ってそちらへ。


「失礼します。ブートキャンプの出国管理は此処でいいでしょうか」


「おっと、随分早いな。ちょっと待ってくれ」


 男性はテーブル向こうのパイプ椅子に座り、机上に置かれたファイルを開く。


「それじゃ順番に学年とブートキャンプの受付番号を言ってくれ」


 こちらが番号と名前を告げて、向こうが書類で確認するという仕組みのようだ。


「ここにいる5人は全員初等科です。私は受付番号311、ミト・アレクサンドラと申します」

 

 ミトさんから順に確認作業が始まる。

 

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