第21章 フィジークへの道

第95話 予想通りの苦難

 今日から前泊と移動日を含め、七泊八日の合同合宿だ。そして今日は移動して前泊という日程となる。

 トリプトファンから合宿が行われるフィジークのビーチブレイクまではおよそ380km。もちろん走って移動だ。


 一応合宿参加者と世話役係員とで走っていく事にはなっている。しかし実際はかなり自由を認められている。


 トリプトファンの北門を出る時は全員一緒だ。しかしあとは概ね時速60㎞で走る人力車に追いつかれなければいいだけ。一応道中の所々に係員が配置されていてはいるけれど。


 その条件で元五班の皆さんと一緒に走ると、当然ながら特殊能力スキルに速度なんてのがある女子3人のペースとなる訳で……


「2時間あれば到着出来るよね。そうすればビーチブレイクを5時間観光できる!」


「同意」


 速度特化系女子2名、とんでもない提案をしてくる。


「流石にそれは無理でしょう。他の通行人もいますし、スパイン山脈越えでは山道も通ります。出国手続きと入国手続きがありますし、途中で給水と間食休憩も必要でしょう。

 どんなに急いでも3時間程度はかかかると思います」


 抑え役のミトさんですらこういう認識。3時間でも平均時速は130km近い。そして実際はその中に休憩とか山道で速度を出せない区間なんてのを含んでいる。

 それでも……


「やるしかないか」


「そうですね」


 俺とサダハルはため息交じりで頷き合った。


 そんな訳でスタート早々、俺やサダハルにとっては全開近い速度で移動開始。


 この速度だと結構な風圧が前面から押し寄せてくる。だから正面を向いて会話なんて事は出来ない。風圧が口に入り込まないよう横を向き、少し強めに息を吐きながら声にする必要がある。


 そもそも俺やサダハルにそんな事をしてまで会話する余裕はないのだけれど。

 ただし女子3名は別だ。


「この位の速度が出せる試合場だったらもっと成果を出せたんだけれどなあ」


「同意。でも無理」


「審判が大変でしょう。相当な数を配置するか全力で走り回るかしなければなりませんから」


「わかっているけれどね。狭い試合場だと思い切り走り回れなくて鬱憤がたまるの」


「それはわかります」


「同意」


 それで同意できるのはこの3人だけだろう! ツッコミたいがそんな余裕はない。余裕があってもツッコめないだろうけれど。


 正直なところリサの訓練よりきつい。あれは耐えられるぎりぎりという線をついてくる。しかし今回は僕やサダハルが耐えられるかという観点は多分、無い。


 それでも何とか意地で耐え抜き走ること1時間弱。リジン郊外にある街道休憩所に到着した。


「ここで10分位休憩をとりましょう。水分と補食をとらないと筋肉が痩せますから」


「ペースとしてはやや遅いかな。ここまでトリプトファンから140km位だし」


「走り足りない。でも3分の1と思えば妥当」


 女子3人は余裕そうだ。一方で俺とサダハルは……


「明日、動けるだろうか。筋肉痛で合宿1日目の訓練が厳しいという事にならなければいいが」


 全くもってサダハルの意見に同意だ。


「まさか特殊能力スキルひとつでこれだけ違うとは思いませんでした」


 そう俺は口にしてそして気づく。そう言えば俺やサダハルにも特殊能力スキルはあった筈だと。


『スグル・セルジオ・オリバ 筋力76 最大108 筋配けはい81 持久75 柔軟75 回復92 速度76 燃費36

 特殊能力:回復5+ 持久5+ ステータス閲覧 前世記憶

 称号:不信心者インフィデル、破壊者、恐怖の取調官(男性専門)、航空力士(十両級)』


 今まで回復や持久は他の人より数段速く回復し、持久力があるという能力だと思っていた。しかしひょっとしたらもっと能動的に使う事が出来るのかもしれない。


 身体に意識を集中してみる。特に何かを発動させるようなスイッチ的なものは感じない。

 ここはサダハルに相談してみよう。奴も同じ特殊能力スキルを持っていて、そして俺と同様現状に苦しんでいる筈だから。


特殊能力スキルの回復や持久って意識的に使えないのでしょうか。イストミア聖学園の皆さんが一時強化や疑似回復を使ったように」


 サダハルの表情が変わった。全てを悟った修行僧から何かを考えるような表情に。

 少し間を置いて、そしてサダハルは頷いた。


「試してみる価値はありそうだ。発動させるスイッチ的なものは感じないが、とりあえず回復と持久の能力を使用するイメージを持って次の区間は走ってみよう」


 なるほど、能力を使用するイメージを持って走ってみるか。そういう方法で発動できるのかもしれない。というか、発動してくれるとありがたい。


「そうですね。僕もそうしてみます」


「少し希望が見えてきた気がする。何せこれからが本番だ」


 サダハルの視線の先にはスパイン山脈がある。大陸の中心を南北に走っている長大かつ急峻な山脈だ。一番高いところで4,000m級、今回超えるランバー峠は鞍部のかなり低いところだが、それでも標高1,852mある。


 ちなみにこの休憩所の標高は20m無い。海まで20kmちょっとだから仕方ないけれど……


「上るのが辛そうですね」


「問題はむしろ下りる方だ。上る時以上に筋肉の負荷が増えるらしい。登山トレーニングで筋肉痛を起こすのも大抵は下りだそうだ。上りで筋肉を使い切っているというのもあるだろうが」


 なるほど。


「意外ですね。下りはずっと楽だと思っていました」


「今回の合宿前に念のため調べたらそう書かれていた。あと高いところから空中移動で降りるというのもやめた方がいい。スパイン山脈では突風が吹き下ろす事があるから注意と書いてあった」


 実は下りがきついと聞いて考えてはいたのだ。航空力士的な方法で下れば楽だろうと。

 しかし残念ながらその方法は使えないようだ。ただ少しだけ疑問が残る。


「まさかその本に高所から飛び降りて下山するなんて方法が書いてあったんですか。吹き下ろす突風に注意するなんて」


「突風に吹かれて飛ばされたり体温を維持できなくなったりする事があるらしい。そのための注意だ」


 なるほど。納得した。

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