第80話 対サダハル戦⑵

 サダハルは固い。新たについた鉄壁という称号に納得する位に固い。鍛えられた筋肉だけで大抵の攻撃を防ぐ上、筋愛きあい操作で更にガチガチに防護可能。

 だからと言って通る攻撃が無い訳では無い。


 試合場の空気の動きを確認。今は上昇気流は無いようだ。ただ床面の方が気温より熱いのは変わらない。朝ほどの温度差が無いだけ。

 でもこれで方針は立った。頭の中でも組み立て出来た。


 俺はミトさんほどの対応力はない。だから戦いの中で一瞬の隙を見つけて突くなんて技はきっと出来ない。並の相手ならともかく相手がサダハルの場合は。


 だから動きと技の組み立てで隙を作る。サダハルが想定出来ないような状況を作って。


 まずは威力が大きめのエアシェルを一発。モーションが大きいのでサダハルなら避けられるだろう。その辺は想定済みだ。


 エアシェルを放つと同時に筋愛きあい筋配けはいを足にかけて超加速。エアシェルの背後を同軌道でサダハルへダッシュをかける。


 サダハルはエアシェルを受け流す事を選択したようだ。俺から見て左へ軽く移動し筋愛きあいで守りを固める。


 この状況ではこちらの攻撃も通らない。俺は次の足で右側へ踏み込み軌道を変える。

 サダハルエアシェルを筋愛きあいで横へはじいた後、背を向けた俺を追撃しようと踏み込んだ。


 しかし俺から見れば反応が遅い。エレインさんやミトさんならエアシェルをかいくぐって2テンポ早く仕掛けてくるだろう。フローラさんなら超加速で接近して打撃を繰り出してくる所だ。


 この隙に俺は超加速でサダハルとの間合いを広げる。試合場をぎりぎりまで使って8m。筋愛きあいを使って空中移動の要領で振り返り姿勢を整える。


 傍目には追い詰められた形。でもこれでいい。場所もここが正しい。


 エアシェルをそこそこのモーションで2発。サダハルは俺から見て右へ避ける。これは俺が意図してサダハルのやや左側を狙ったからだ。

 サダハルは気づいているだろうか、俺の意図に。今の俺の動きと合計3発のエアシェルの軌道の意味に。


 わからない。しかし試合場の空気が俺の意図通りに動はじめた。だから仕掛けるのは今だ。


 俺は姿勢を低くし、超加速をちょっとだけ使いダッシュ。

 サダハルは姿勢を低くして突っ込んできた。想定通りだ。俺はやや下に強く踏み込んで、そして身体を一気に上へと伸ばす。


 サダハルの拳が迫ってきた。俺は拳では無く両手の掌底でサダハルの拳を下へ押し出すように筋愛きあいを放つ。同時に地を強く蹴る。


 バチッ! ぶつかり合った筋愛きあいの爆発で俺は上へとはじかれる。その力と蹴り上げた力とで俺は上へ。


 エアシェルと先程の俺のダッシュで試合場の空気が渦を巻いている。竜巻という程の強い風ではない。それでも発生した上昇気流が更に俺を上空へと押し上げる。


 俺の筋愛きあいと掌底で下へ押しつけられたサダハルはすぐには追撃してこない。

 追撃してきても跳躍と今の筋愛きあいの衝突、そして上昇気流も味方にした俺にはついてこれない。


 つまり今こそ、俺が反撃を気にせず攻撃を仕掛ける事が可能な最大の機会だ。


 俺は下、サダハルへ向けエアシェルを放つ。十分なモーションをつけた威力最大級のものを。

 対ハツヒコ戦と同じ状況だ。上からならエアシェルの攻撃範囲を目一杯使える。これならサダハルだろうと避けられまい。


 サダハルの筋愛きあいが増大していく。高筋圧こうきあつ筋愛きあい操作で耐えるつもりだろうか。

 いやそれだけでは無い! あの姿勢は!


「フリーポーズ。『わが生涯に一片の悔いなし!!』」


 サダハル、全力のポージングと下から突き上げる形の高筋圧きあつでエアシェルを迎撃した。想定外だ。まさか上向きのポージングなんて存在するとも使われるとも思わなかった。


 しかし失敗したという思いより流石だという感嘆の方を強く感じる。それでこそサダハルだ。


 さて、それはそれとしてだ。俺はサダハルが素直にジャンプしても届かないだろう高さにいる。下手に試合場へ降りるとその隙を狙われる可能性が高い。重力加速度と筋愛きあい操作による移動より、地を蹴り超加速をかける方が速いから。


 そして俺の挙動は下から丸見えだ。距離も離れているのでフェイントをかけるなんて事もあまり意味がない。

 必然的に俺の攻撃はエアシェルがメインになる。

 

 しかしサダハル、下からエアバレットを連射してきた。俺にこれ以上エアシェルを撃たせないつもりのようだ。

 避けるのは簡単だ。しかし避ける為に筋愛きあいで空気を操作するとエアシェルを放つ余裕が無くなる。


 かといってエアバレットを無視するわけにもいかない。当たると空中での姿勢が崩れてしまう。立て直す間に高度が落ちる。サダハルのジャンプの射程に入ると面倒だ。


 更にサダハルのエアバレット、何気に連射速度が早い。こういった技は本来サダハルはあまり得意ではなかった。しかしミトさんの家での合同練習で鍛えられた結果、かなり使える状態になっている。


 俺がとるべき方法はひとつだけ。サダハルのエアバレットを相殺する為のエアバレット連射。威力は空中位置制御が可能な程度に筋愛きあいを残す位で。

 結果、ひたすら互いを目指してエアバレットを連射する状態になる。


 俺の方が遠距離技は得意だ。しかし今は空中にいるので上昇気流を捕まえ姿勢を制御するのに筋愛きあいを使っている。

 だから全力をエアバレットやエアシェルに回せない。結果、サダハルの攻撃を押し返せる程の速さや威力を出せない状態。


 しかしこのままでは膠着状態だ。残り時間が少ない。ならば少しリスクがあるが狙ってみるか。


 上昇気流を掴むために広げた状態で保っている筋愛きあいを解除する。落下が始まる中、足に可能な限りの筋愛きあいを固めて、下からやってくるエアバレットを弾く。


 足を膝と腰を使って思い切り振り上げる。下からのエアバレットが当たるがここは我慢。俺ならこの程度のエアバレット、5発くらいは受けても問題ない。痛いけれど。


 落下速度が更に増す。このくらいでいいだろう。両手で姿勢と足の向きを制御しサダハルに向ける。全力で蹴る時を参考にして、全速で足を伸ばしつつ足先から筋愛きあいを放つ。


「踏み蹴り!」


 もっともらしく叫ぶが今思いついた技だ。足下方向を全力で攻撃するために。

 筋愛きあい操作で位置制御をかけている。サダハルが超加速をかけて逃げるのは不可能だ。

 サダハルがとれる方法はひとつだけ。


『わが生涯に一片の悔いなし!!』


 予想通りのポージングでサダハルが迎撃してきた。勝負だ! 急造ながら重力加速度を味方につけた俺の筋愛きあい攻撃とサダハルの独自ポージングのどっちが上か。


 中間地点やや下で互いの筋愛きあいが激突した。上下から筋愛きあいに 圧縮された空気が逃げ場を求めて左右へ炸裂する。


 ドグアァァン! 


 足元方向から脳天を揺さぶるような衝撃。俺は残った筋愛きあいを放ちつつ最低限の姿勢制御で耐える。まだだ、まだだ!

 サダハルもあのポーズで耐えている。先に筋愛きあい放出を止めるわけにはいかない。時間的も最後の機会だ。相手に勝利するための。


 カンカンカンカンカン。鐘が鳴った。


「やめ!」


 時間切れだ。俺は筋愛きあい放出を止め、姿勢と落下速度制御に気合を回す。

 サダハルもポージングを解いた。引き分けだ。


 サダハルを倒せなかった。結果としては残念だ。しかしこれが今の俺の実力だろう。そう納得出来るくらいには全力を出せた感覚がある。

 まずは試合場で向き合って礼をしてそれぞれ試合場反対側へ。午前中は全部で第20試合まで。俺とサダハルはこれで午前終了だ。

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