第78話 称号追加

 焦った俺の目にあるものが映った。これだ! 俺は可能性にかけて全力で上へと跳躍する。

 筋愛きあいを使って試合場中央上空方向へ空中移動。両手両足を思い切り広げるとともに筋愛きあいを広げて上昇気流を掴む。


 試合場が屋外で地面が色付きのラバー舗装だったことが幸いした。舗装面が日射で熱せられたことにより僅かながら上昇気流が出来ていたのだ。


 シュウヘと戦闘した時の記憶とこの前リサに教わった筋愛きあいでの空中移動術を意識して上昇気流を掴む。軽く上方へと加速。飛行に成功したようだ。

 これで勝利が見えた。作戦も思いついた。シュウヘとの空中戦の時ほど高く上がる必要はない。40m程度上がれば十分だ。

 

 俺は筋愛きあいで姿勢を整える。そして下、ハツヒコめがけてエアバレットを連射した。


 俺はハツヒコの動きを上から見ながら最適位置へとエアバレットを撃てる。

 しかしハツヒコから俺を視認するには上を見上げなければならない。その上試合場での自分の位置を把握して逃げ回る必要がある。更に言えば上空からの攻撃を上手く防げるような技はほとんど無い。


 あっという間にハツヒコ、試合場の端に近い場所へと追い詰められた。俺のエアバレットが次々に直撃する。ハツヒコは全力で筋愛きあいを高めて耐えるがダメージが無い訳では無い。確実に蓄積されて体力と筋力を蝕んでいく。


 ハツヒコ、どうやら諦めたようだ。何発か直撃を食らう事を覚悟し、立ち止まって空中の俺めがけて遠隔攻撃を放った。


 だが甘い。これだけ離れた上空にいれば下からの遠隔攻撃は怖くない。障害物がないから前後左右どちらへも躱せるし、万が一当たったとしても後ろや横に揺らいで衝撃を殺せる。


 なおかつ筋愛きあいで上昇気流を掴んでさえいれば、下向きのほぼ理想的な姿勢を維持し続けられる。一方で地上から真上目がけて遠隔攻撃を放つにはかなり無理な姿勢を取らざるをえない。


 ハツヒコ、あっという間にダメージを蓄積してしまったようだ。動きが結構ボロボロだ。いくら筋愛きあいを高めて防御しても限度があるだろう。


 頃合いだ。勝負を決めよう。俺はエアバレット連射からモーションを変える。ハツヒコ目がけて高威力のエアシェルを叩き込んだ。


「ダブルバイセップス!」


 ハツヒコ、今の自分の状態では避けられないと悟ったようだ。高筋圧こうきあつでエアシェルを相殺しようとする。


 しかしそこまでの筋愛けはいはもう彼には残っていなかった。エアシェルを上空から食らったハツヒコ、ついに倒れる。


 勝った! まさかシュウヘの航空力士技を使う事になるとは思わなかったけれど。俺は着地の為、上昇気流から外れようとして、そして思い出した。

 ハツヒコには特殊能力がある。一時強化と疑似回復。どちらもまだ使っていない。それなら……


 俺は上昇気流から外れず高度を維持する。案の定ハツヒコの筋配けはいが変わった。立ち上がり、そして上空の俺の方を見る。


 もう一度エアシェルで攻撃するか。そう思った瞬間、ハツヒコは膝を屈伸させ、そして全力で跳躍した。真っ直ぐ俺めがけて飛んでくる。

 地上にいては勝ち目がないと悟ったのだろう。ならば空中で組み付いて戦うべきだと。


 甘い! 空中での戦闘は俺の方が経験は上だ。シュウヘと戦い、リサに空中移動の動きを教わっただけだけれど、それでもこの場での付け焼き刃に負けやしない。


 俺は筋愛けはいと身体全体で上昇気流を捕まえる。上への加速が始まる。

 初速は跳躍してきたハツヒコの方が遥かに速い。しかし空気抵抗と重力加速度の束縛がハツヒコを襲う。

 一方で俺は最初から上空にいて更に上昇気流を味方にしている。どちらが有利かは明らかだ。


 それでもハツヒコ、俺まであと3mまで迫った。しかしそこで速度が上向きから下向きへと変わる。重力に勝てなかったようだ。


 それでも全身と筋愛きあいで空を掴もうとするハツヒコに、俺はとどめのエアシェルを放った。


 命中。今度はハツヒコ、筋愛きあいで防げなかったようだ。そこまでの余力が無かったのだろうか。斜め方向、場外側へと落ちてく。

 俺も下へ。こちらは筋愛きあいによる操作で位置を調整しつつ試合場中央を目指す。


 そこで気がついた。ハツヒコは動けないのだ。このまま落下したら大怪我をしかねないだろうと。


「ハツヒコを受け止めてください! 僕が不利になっても文句はいいません!」


 3人いる審判のうち1人がハツヒコの落下方向へ駆けて行った。これで大丈夫だろう。ほっとしつつ、俺は上昇気流と筋愛きあいを使って速度を殺しつつ下降。


 無事ハツヒコが受け止められたのを確認した3秒後、俺は試合上へと着地した。軽く深呼吸して、そしてハツヒコの方を見る。


 主審が受け止めた審判の方を見た。受け止めた方は首を横に降る。


「勝負あり!」


 なんとか勝てた。結果的には圧勝に見えるが実はやばかった。上昇気流が見えなければ負けていた。少なくともあの瞬間は間違いなく俺が不利だったのだ。


 ハツヒコがいない相手側にそれでも礼をして俺は待機席へ。


「まさかあの技を使えたとは。隠していたのか?」


 サダハルの言葉に俺は首を横に降る。


「意図していたわけじゃない。使わざるを得なかっただけだ」


 本音ベースでそう返答する。実際勝ちを誇れる気分ではなかった。作戦の組み立ては完全に負けていたのだから。

 今回勝てたのは運が良かっただけ。俺自身が一番その事をよく知っている。

 

「本当のようだな。でもこれからはスグルが空中戦に出る事を考慮に入れざるを得ないだろう。多分にお互い様なんだろうが戦いにくい相手だよな、スグルは」


 確かにそのとおりだと俺も思う。俺にとってのサダハルもそういう相手だから。


「確かにお互い様ですね、それは」


「あと今の試合で称号が追加されているぞ」


 どれどれ、自分のステータスを確認してみる。


『スグル・セルジオ・オリバ 筋力76 最大108 筋配けはい81 持久75 柔軟75 回復92 速度76 燃費36

 特殊能力:回復5+ 持久5+ ステータス閲覧 前世記憶

 称号:不信心者インフィデル、破壊者、恐怖の取調官(男性専門)、航空力士(幕下級)』


 なるほど、今回の俺の空中戦能力は航空力士で言えば幕下クラスというわけか。

 相撲は上から横綱、大関、関脇、小結。シュウヘは確か小結級だった。そしてその下に前頭が十六から十七までいてここまでが幕内だ。

 そしてその下に十両が十四くらい。その下が幕下で確か五十くらいだった筈。

 

「シュウヘと比べるとだいぶ下の位です。間に最低でも30以上の階級がある」


 番付と言っても通じないだろうから階級と言っておく。サダハルもかつていた世界の記憶を持っているが、俺と同じ世界ではない。だからこれが正解だろう。


 しかし俺も航空力士か……

 我ながら何処へ向かっているのかよくわからなくなる。これでも筋肉の頂点、マッチョ帝を目指しているつもりなのだけれど。

 

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