第76話 サダハルの作戦

 遠隔攻撃や高筋圧こうきあつクラスの筋愛きあいを使ってヤスシを戦闘姿勢にさせない。サダハルによるそんな戦いが続いている。

 

 俺だったらヤスシとどう戦うべきだろうか。あと数時間後には実際に戦う事になるので本気で考える。

 接近してつかみ合うと不利だ。ヤスシの方が筋力があるし手足も長い。


 ただしヤスシは速度ステータスも高い。つまりヒット&アウェイが使えない可能性がある。

 遠隔攻撃や高筋圧こうきあつを使った遠距離戦で相手を疲労させる。疲れで出た隙を見つけ突入し、投げ技か打撃技で決める。これが最適解だろうか。


 なんて考えて気がついた。これ、まさに今サダハルがやっている戦い方だと。

 ならサダハルが勝負に出るのは制限時間ぎりぎりだ。


「4分経過、あと1分です」


「フリーポーズ。『わが生涯に一片の悔いなし!!』」


 サダハルは右拳を高く上げるという独自のポージングをする。独自というか……

 前世が二十世紀末か二十一世紀初頭の日本人にしかわからないポーズだ、これは。

 サダハルの世界にもあったのだろうか、北斗○拳。


 放たれた高筋圧こうきあつの威力は今までの規定ポージング以上だった。起き上がり掛けのヤスシが姿勢を崩して倒れ、場内ぎりぎりの所まで転がる。


 そこでサダハル、起き上がりにあわせるように遠距離攻撃を放った。エアシェルだ。

 サダハルのエアシェルは俺のより動作が大きく遅い。しかし一発の威力は大きい。それを一発、二発、三発……

 サダハルは姿勢をそのままでヤスシ目がけて3秒程度の間隔で撃っていく。


 二発目のエアシェルでヤスシは場外に転がった。サダハルは更に淡々とエアシェルを撃ち続ける。


「1、2、3、4……」


 場外カウントが刻まれていく。このまま勝負が決まるか。

 そう思ったところでヤスシの筋配けはいが変わった。一気に5割増し状態へ膨れ上がったように感じる。


 動きも変わった。明らかに速くなったのだ。横に転がりエアシェルを避けた後、強烈な速度で回転しながら起き上がり、そしてダッシュする。


 これがヤスシの特殊能力、一時強化か疑似回復なのだろか。何となくだが両方を使っている気がする。

 試合場を注視しつつもステータス閲覧を起動。


『ヤスシ・ムンツァー 筋力94(9+) 最大110 筋配けはい90(8+)持久55 柔軟63 回復60(+11) 速度75 燃費49

 特殊能力:一時強化2+(発動中) 疑似回復1+(使用中)

 称号:勇者(実験体) 破壊者疑惑』


 やはり特殊能力を使っている。使わないとこの試合は負ける。そう判断したのだろう。


 ダッシュの勢いでヤスシは場内へ。カウントは7で止まる。

 ヤスシはそのままの速度でサダハルに近づきつつ遠隔攻撃を放った。


 サダハルは今度は筋配けはいを使わず横移動で遠隔攻撃を避ける。しかしヤスシはダッシュの軌道を曲げ、更に遠隔攻撃を放ち、そしてサダハルに迫る。


 距離が近くなったのでサダハルも遠隔攻撃を避けきれない。両腕を前に出し、遠隔攻撃を防ぐ姿勢をとった。


 勝機とみたのかヤスシは更に高速で踏み込む。2m程の距離へ近づいたところでヤスシは両腕を前に出す独自の姿勢をとった。何だあの姿勢は、そう思った所で両腕を後ろ方向に強く引き、右前足を強く蹴り出す。


 腕の反動で強い蹴りを放った訳だ。あれなら近い場所でも瞬時に強力な蹴りを放てる。なかなか面白い技だ。


 これでヤスシの負けが確定した。そう俺は感じる。敗因はサダハルが今、筋愛きあい筋配けはいを抑えて防御していた理由を考えずに突っ込んだ事だ。


 筋愛きあい筋配けはいを使えば筋力を増強し防御力や攻撃力が増大する。ただし使った状態では筋肉を素速く動かせない。


 だからあえてサダハルは筋愛きあい筋配けはいを抑えて防御していた。つまりこの直後にサダハルの猛攻が出る。


 サダハルが動いた。両腕を前に出した防御の姿勢からとんでもない速さで右腕を回し、蹴りに来た足を掴む。

 掴んだ足を持ち上げ蹴りを上方向へ逸らし、そのまま真上へと跳躍。


 片足だけでは体重&反動以上に踏ん張れない。結果ヤスシもそのまま空中へ。足首を後ろ方向から掴まれて持ち上げられた結果頭が下方向、背中をサダハルに向けた無防備な姿勢となってしまう。

 それでもヤスシ、肘打ちや後ろ蹴りで攻撃しようとする。しかし有効な攻撃にはならない。


 サダハルは空中から更に腕力で上へとヤスシを投げる。首筋に手が届いたところで手刀による気絶撃。


 着地と同時にヤスシを引っ張って下へ落とした。ヤスシはそのまま試合場へと倒れる。


「1、2、3、4、5。勝負あり!」

 

 残り20秒程でサダハルの勝利が決まった。結果的には圧倒的な勝利だ。ほぼ全ての状況でヤスシを圧倒し、気絶までさせての勝利。

 ステータスを確認してみる。


『ヤスシ・ムンツァー 筋力55(弱体化:-20、筋疲労:-10) 最大80(弱体化:-20:筋疲労:-10) 筋配けはい67(弱体化:-15) 持久55 柔軟63 回復40(弱体化:-9) 速度50(弱体化:-15、筋疲労:-10) 燃費49

 特殊能力:一時強化2+(使用済。使用可能まであと7時間59分) 疑似回復1+(使用済。使用可能まであと11時間59分)

 状態:弱体化(一時強化使用による。持続時間残り29分)

    筋疲労(疑似回復使用による。回復時間残り1時間29分)

 称号:勇者実験体 破壊者疑惑』


 この状態でも悪いステータスではない。先程の強化中に比べると大分落ちているけれども。理由はステータスの状態欄にあるとおり、特殊能力使用による弱体化と疲労だ。


 どうやらヤスシの特殊能力、使用するとその後に弱体化が生じるもののようだ。

 ただ持続時間が29分なら、次の試合までに弱体化は解除される。そしてヤスシ、筋疲労が回復しなくとも普通の出場生徒トレーニーよりステータス上の能力は高い。


 そして午後、俺の試合までには筋疲労も回復している筈だ。つまり第二回戦中には大したデメリットとはなっていない。

 

 さて。俺はもう一度今回の試合を思い返してみる。


 ヤスシは決して弱くはない。今回は見せ場はなかっただけで充分に強いだろう。1組でもトップクラスを維持出来る力はある筈だ。ステータスといい、試合で見せた動きの速さといい。


 ただヤスシ、サダハルよりも対人の実戦経験が少ないように見えた。それも自分より強い、腕力があるとか速度があるといった相手、自分と戦法がまるで違う相手等との。


 今回の結果はその差だ。俺やミトさんをはじめとするやたら強力なクラスメイト、更には学校の格闘術担当教官との模擬戦闘を繰り返しているサダハルと、そこまでではないヤスシの違い。


 そんなサダハルが描いたシナリオをヤスシは破れなかった、シナリオの想定外に出る事が出来なかった。それがこの結果だ。


 なら俺はヤスシとの試合をそこまで恐れる必要はない。ヤスシは確かにステータス上は強く遠隔攻撃を使える。しかし戦闘の組み立ては1組の標準並かそれ以下。サダハルやミトさんと比べるべくもない。

 

 俺は落ち着いて、動きをよく見て対処すればいい。サダハル相手くらいのつもりで戦えば、隙なり糸口なりが見えてくる。そう信じて。


 ただヤスシがこの試合やこれからの試合で成長する可能性はある。なんて事も事実ではあるけれど。

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