第69話 戦抜一週間前の空気感

 期末試練対策の時もそうだったけれど、リサ、必要と思えばこちらがまだ初等部の生徒トレーニーだという事を無視した高度な技をこちらに教える。しかもリサ、ミトさんの家で教える場合には丁寧に練習する際のコツまで教えてくれる。


 そしてまもなくアナボリック大陸合同・生徒トレーニー・ブートキャンプの戦抜大会。だからリサの技術指導も大盤振る舞い状態。

 結果、俺以外の4人もやたら強化されてしまった。特にフローラさんとエレインさんが。


 サダハルは元々チート持ちだし強い。ミトさんも技の速さと正確さで1組内での模擬試合で俺以外には負け越していない。

 ちなみに模擬試合の戦績では俺、サダハル、ミトさんは三すくみ状態。サダハルはミトさんに負け越していて、俺はサダハルに負け越していて、ミトさんは俺に負け越している。

 というのはまあ、置いておいて……


 元々はフローラさんとエレインさん、1組内では強い方ではなかった。筋力的に男子に劣るからある意味仕方ない。

 しかし遠隔技を覚え、更には高速走行訓練なんてのをやりはじめてから一気に変わった。変わったというか、化けたというか。


 例えばエレインさん対コウイチの模擬試合だと……


◇◇◇


 コウイチは立ち止まる。はあはあ、少し息が上がっている様子だ。


 エレインさんは5mくらい離れて立っている。右足を半歩前に出して膝を軽く曲げた、瞬時にどの方向ヘも動ける体勢。


 模擬試合開始から1分経過。ここまでは双方有効なダメージはなし。コウイチが攻撃しようと接近したところでエレインさんが側方や後方に逃げ、後を追おうとするコウイチの足下に遠隔攻撃を放つ。その繰り返しだ。


 試合場の広さは20m四方。それでもコウイチはエレインさんを追い詰める事に成功していない。遠隔攻撃によって移動方向をコントロールされ、試合場の中をぐるぐる回っている状態だ。


「くそっ。捕まえられれば一撃なのによ」


 実際は捕まえるどころか攻撃を当てる事すら出来ていない。エレインさんの攻撃もまだ当たってはいないけれど。

 ただ双方の状況を見ればこれはエレインさんの意図通りだとすぐにわかる。息が上がっているコウイチに対し、エレインさんは疲れを感じさせない状態だ。少なくとも見える限りでは。

 

「動きが鈍ってきた。そろそろ」


「何がそろそろなんだよ!」


 コウイチがエレインさん目がけてダッシュした。右拳を側方やや後ろから全身の力を込めて前へと動かす。踏み込みも速さも初等部生徒トレーニーとしては充分以上だ。


 しかしエレインさんの動きはそれ以上だった。コウイチが踏み出したのを確認した後・・・・・、コウイチから見て左側に、ほぼ瞬時にとしか思えないような速さで滑るように動く。


「くっ!」


 コウイチはそれでも次の踏み込みの向きを変えてエレインさんを狙う。しかしそのせいでやや身体の重心が左へブレた。


 エレインさんが更にダッシュした。コウイチから見て更に左方向へ、そして右腕を大きく振るう。遠隔攻撃、モーションが大きく連射が効かない代わりに威力が大きいエアシェルの動きだ。


 ドン! コウイチが横へと倒れた。強力なストレート級パンチと同等の威力が重心のブレた身体に横方向から直撃したのだ。

 コウイチは身体を縮め、回転して立ち直ろうとする。しかし立ち上がろうと両手をついてしゃがんだ姿勢になった瞬間、首筋にエレインさんの手が当てられた。


「チェックメイト」


 ◇◇◇


 エレインさんの場合はこんな感じで、相手の動きが鈍った状況でたたみ掛ける場合が多い。


 そしてフローラさんの場合はもっと直接的かつ凶悪だ。

 フローラさん、女子の中では身体が大きめ。そしてエレインさんやミトさんと比べても短距離での加速力が強烈。


 これ利用して相手が避けられないような角度から強力なパンチを繰り出す。どれくらい強力かというと、当たればサダハルでも3m位は飛ばされる位。

 それが正面では無く側方とか背後から襲ってくるのだ。何というか、ヤバいとしか言い様がない。


 そしてミトさんは前以上に速度と技に磨きがかかっている。ケーリーに仕掛けた時以上にヤバい状態だ。一瞬でも油断したら投げられて床の上だ。


 そんな状況の中、戦抜が近づいてくる。具体的に言うと、今日からあと一週間ちょうどで戦抜初日だ。結果、だんだんと不安が加速していく。


 そんな不安は例えば休み時間、俺、コウイチ、アキノブ、マサユキといった面子で雑談している時等でも、こんな感じで頭をもたげてくる訳だ。


「何というか、バトルロイヤルの時点で同じ学校の生徒トレーニー同士の対戦がないというのはありがたいよな、本当に」


 コウイチが弱音ともとれかねない言葉を吐いた。しかし俺を含めた残りの3人とも、大きく頷いてしまう。


「今日の二時限ではフローラに吹っ飛ばされてそのまま授業終了だった」


 そう言ったアキノブは決して弱い方ではない。むしろ1組の中でもかなり強い方。ただエレインさんやフローラさんが強化されまくっただけだ。


 マサユキもうんうんと頷く。


「最近異様に強くなったよな。あとエレインとか。ミトちゃんは相変わらず洒落にならないし。スグルくらいだろう、ミトちゃんに勝ち越せているのは」


 確かにそうだ。しかし余裕という訳では無い。


「何とかってところだな。ただ僕も余裕は全く無い。ちょっとでも気を抜くと床に叩きつけられる」


「あれ食らうとたまらないよな。30分は動けない」


 武闘場には畳に似た衝撃吸収マットが敷き詰められている。しかも1組の皆さん、それなりに鍛えられていて頑丈だし回復力も常人以上。

 それでもミトさんの投げで床にたたきつけられるとダメージ大な訳だ。


 石畳の上でこれをまともに食らっても応急措置だけで回復したケーリー、やっぱり上級筋士きしにふさわしい頑丈さだったんだな。なんて事を今更ながらに思ってしまう。


 そして俺は今のコウイチやアキノブの会話で更なる不安の種を見つけてしまう。うちの1組だけでこの状態なら、まさか……


「もっとヤバいのが他の学校から参戦してくる、って事はないよな」


 俺が感じてしまった危惧をマサユキが代弁。


「いくら何でもそこまでって事は無いだろ」


「だと、いいけれどな……」


 きっとそうだ。そうであって欲しい。俺は強くそう願う。


 そもそもフローラさんやエレインさんまで手をつけられなくなったのはリサのせいだ。この場では言えないけれど。

 しかし似たような事が他で起こっていないとは言い切れない。そして俺はリサから正々堂々何も考えずにひたすら正面から戦えという課題を出されている。


 何というか……思わず溜め息が出てしまった。

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