第65話 高速走行勉強と速度の恩恵

 ミトさんの家から一番近い門は南西門だ。ただし俺達は最短距離で外周走路に出た後、ぐるっと回って南東門へ向かう。


「この時間、北門や南西門は夕方に間に合わせる為の人力車が多く走っています。ですから大型の人力車が通れない為に空いている南東門に向かい、そこからセリンへ向かう街道へ出ます。


 この街道にはおおよそ5kmごとに休憩所が設けてあります。5個目の休憩所で折り返して戻ってくるとおよそ50kmです。


 なお今回の高速走行勉強トレは全員で一緒に走ることにします。魔物が出ると危険ですし、全員の走り方を見てアドバイスする為にもあまり距離が離れない方がいいですから」


 なら無茶な速度は出せないだろう。俺、少しばかり安心。

 ウォーミングアップという事で走路を60km/hで走って南西門へ。門でリサが証明書を出して提示。警備担当はあっさり通してくれた。


「本当に通してくれるんだ」


「同意。貴重な体験」


 フローラさんとエレインさんがそんな事を話している。これが貴重きちょうな体験では無く気重きおもな体験にならなければいいのだけれど。


「それでは私の速度にあわせて走って下さい。最初は80km/hくらいで、そこから徐々に速度を上げていきます。今日は初日ですからそこまで無理な速度にはしないつもりです。


 あと集団で走るといってもあまり近づく必要はありません。むしろ速度が速いので最低20mは間隔をとってください。全部で200m位でしたら筋配けはいで全体を見るのも楽ですし声も届きます。

 他の交通を考えて縦一列で、順番はスグルさん、ミトさん、エレインさん、フローラさん、サダハルさんの身長順でいいでしょう」


 このメンバーに教えるようになってから、リサは俺をお坊ちゃまとかスグル様では無く、さんづけて呼んでいる。


「それでは行きましょう」


 全員が並んで、そしてまずはリサが先頭に立って走り始める。さっと加速して、通常移動の時の3割増し位でほぼ一定の速度になった。


「それではスグルさんはこの速度を保って走り続けて下さい。私は皆さんの走行フォームを確認してきますから」


 リサはそう言うと先頭から外れて後ろに回る。


「ミトさんはこの速度でもフォームが安定しています。ただもう少し視線を上げて……そのくらいです。あと今の速度ならもう少し肩を後ろ、上体を上げて……。ええ、そして肘をもう少し曲げる事を意識して下さい……」


 この速度なら今の俺でもある程度余裕を持って走れる。なので後ろでリサが色々言っている事も概ね耳に入る。

 そして何というか疑問に思ってしまう。俺って今まであんな風にフォームを丁寧に見て貰った事ないよなと。ただひたすら速度を出して、ついてこい形式だったよなと。


 微妙に不条理を感じながら、それでも速度を一定に保って俺は走る。

 最後尾のサダハルのフォーム矯正までやって、そしてリサは先頭に戻ってきた。こっちもそこそこの速さで走っているのに、なんて思ってはいけない。リサにとってこの程度の速度、お散歩程度に過ぎないだろうから。


「それでは速度を上げます。今度は100km/hです。この速度で安定して3分走れたら120km/hまで上げます」


 リサはそう言って何でもない事のように速度を上げる。120km/hか……3月にロイシンからトリプトファンに出てきた時にはこの速度でも結構苦しかったんだよなと思い出した。

 皆は……筋配けはいからすると大丈夫そうだ。少なくとも今の100km/hペース程度なら。


「それでは120km/hまで上げます。何も無ければ折り返し地点1km手前までこの速度を維持して、その後折り返し地点まで減速する予定です」


 速度を上げる。かなり速くなった感じがするが、それでもまだ大丈夫だ。

 成長期なおかげか昨今の特訓のおかげか、俺の身体はこの速度なら問題無く走れる。


「それでは皆さんのフォームを確認します……」


 リサが再び後ろへ。


 ◇◇◇


 やはりリサはリサだった。そう俺は思う。

 折り返し地点までの行きは120km/hまでしか出さなかった。しかし帰りは少しずつ速度を上げ、一時は160km/hなんてところまで出して走らされたのだ。


 何というか、俺でも少々きつかった。この速度を維持しつつ走るというのにかなり神経を使う位に。

 

 意外な事に最初にダウンしかけたのはサダハルだった。サダハルの速度が落ちはじめたので160km/hから130km/hまで速度を落とした上で、サダハルのフォーム改造を実施。

 トリプトファン手前3kmで速度を落とし、あとはクールダウン速度で走っている訳だ。


 ミトさんの家が見えた。街中なので速度を抑えている為、なかなか近づかないように感じる。もう少し、もう少しで……


「はい、到着です。お疲れ様でした。それでは中で整理運動をして今日は合同訓練を終わりにします」


 筋配けはいで見る限り一番疲れているのはサダハルで、次がどうも俺のようだ。結構きつい勉強トレだったと思うのだけれど、女子3名は割と平気っぽい。


 俺もサダハルも筋肉神テストステロンの恩恵持ちなのに、女子3名強すぎる。何でなんだ。サダハルは身体が重いというのはあるだろう。しかし俺なら体重はむしろ軽い筈だし。


 そう思って、そして気づいた。女子3名とも速度の恩恵持ちだった!


『ミト・アレクサンドラ・シュラスコ 筋力55 最大67 筋配けはい62 持久75 柔軟63 回復64 速度75 燃費50

 特殊能力:有酸素活動範囲2+ 速度3+』


『フローレンス・グリフィス 筋力67 最大80 筋配けはい66 持久72 柔軟57 回復61 速度74 燃費43

 特殊能力:速度2+』


『エレイン・トンプソン 筋力61 最大66 筋配けはい59 持久70 柔軟60 回復61 速度73 燃費49

 特殊能力:速度2+』


 速度の恩恵がどれも上がっている。他のステータスも心なしか以前より上がっている気が……。

 いずれにせよ速度の恩恵、なかなか絶対的なもののようだ。勇者の恩恵持ちのサダハルや俺ですら、勝てないと感じる程に。


「結構きつかったけれど楽しかったよね。思い切り速度出せて」


「確かに。ここまで出したのははじめて」


「そうですね。リサさん、またお願いしてもいいですか?」


 リサは頷く。


「そうですね。ただ筋肉の回復があるので、次に外へ出て速度を上げるのは3日後にしましょう。今度は皆さんの限界を試すために、更に速度を上げてみるつもりです」 


 本当かよ……。俺とサダハルは顔を見合わせる。サダハルは何も口に出さない。しかし思っている事はよくわかる気がする。

 俺も正直、これ以上は勘弁してくれと思っているし。


 ◇◇◇


 なお3日後、リサは宣言通り第2回・街壁外訓練を実施した。

 なお今度は

  ① 折り返し地点の2つ手前の休憩所までまず走って

  ② そこからそれぞれ全力で折り返し地点の休憩所まで行って戻ってくる

という訓練だ。


 この距離を走りきれる全力を意識して走った結果、俺の最高速度は197km/h程度とリサが測定した。ちなみにサダハルは身体が重いせいか189km/hがやっと。


 しかし女子は3名とも200km/hを突破。中でも足が長いせいか、フローラさんが最高速で217km/hなんてとんでもない速度をたたき出したりした。


「あと1回、安定して高速を出す勉強トレをすれば、少なくとも期末試練で走る科目についてはそれなりの結果は残せるでしょう。他の科目についてもこの勉強トレで鍛えた事は無駄にはならないと思います」


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