第60話 作戦

「さて、ここからはスグルに説明だ。

 実は当初から教団やデルトイドは怪しいという疑いがあった。この辺りは俺より第二筋士団きしだんとハムストリング侯が調べているところだ。現マッチョ帝のアーノルドも前任は第二筋士きし団長だからな。当然その辺は知っている」


 なるほど。


「デルトイドも当然その事は気づいているだろう。だが奴が第一筋士きし団長になってから今まで5年間、残念ながら尻尾をつかめなかった。何人もの怪しい者を捕らえはした。しかし宗教的洗脳をされていたようで口を割らなかったのだ。筋士きし団員にのみ許される拷問的手段を使っても。


 だからスグルはどうやって口を割らせたのか。その辺は大いに興味がある。この後間違いなく発生する教団関係者への尋問に使える可能性が高いからな」


 ちょっと待って欲しい。あの方法、イカせ隊的拷問手段を父に知られるのは流石に……


「あの方法は誰もが使えるとは思えません。また法に触れる拷問以上に扱いには慎重を期す必要があります。筋士団きしだん員そのものに有害な影響を与える可能性が否定できませんから。

 詳細は後ほどという事で。取り調べの録音を聴けばおわかりになるでしょう」


 ……リサ、俺が何をやったのか把握済みのようだ。あの録音を聞いたのだし当然だろう。

 俺はこういう場合どういう表情をすればいいのだろう。少なくとも『笑えばいいと思うよ』ではないのは確かだ。


「それでは今夜の作戦について話そう。

 確実に押さえなければならない目標は2名。1名はもちろん第一筋士きし団長デルトイド公爵。もう1名は筋肉神テストステロン教団総司教、デキスター・ジャクソン。


 勿論その下にいる幹部連中も確保する。しかし最重要なのはトップの2名だ。


 確保活動は第一筋士団きしだんと教団、両方同時に行う。時間差があると連絡されて対策を取られる可能性があるからな。

 私は主力及び立合者のハムストリング侯爵とともに第一騎士団隊長舎へ赴き、ブランチチェーン規定行使を宣言する。


 スグルとリサはガストロック伯爵が率いる第二筋士団きしだん別働隊と一緒に行って貰う。こちらはブランチチェーン規定が使えないので逮捕の要件が必要となるからだ。何故か、スグルはわかるか?」


 初等部6年までの学習範囲にはないが、一応知っている。


「逮捕の要件としてその地区を統括する筋士団きしだん長発行の令状か、被害者あるいは証人が必要となるからですね」


「……冗談で聞いたんだが本当に知っていたか。逮捕要件なんて初等部どころか中等部でも習わない範囲だろう」


 父め、俺を試したな。


筋士団きしだんを目指す以上、知っていて当然です」


「いや、普通そういった専門関係は筋士団きしだんに入ってからの教養課程で習うのだが……まあいい。そういう事だ。

 リサ、ガストロック伯爵は知っているな」


 父の奴、ごまかしやがった。

 まあ確かに筋肉刑事訴訟法の条文を学習している初等部生なんていない。俺もたまたま読んだ娯楽本で出てきて知っていただけだ。


「はい。存じ上げております」


「北門から入ったらリサとスグルはそのまま筋肉神テストステロン教団本部教会慈務へ向かってくれ。向こうで合流する予定だ」


「わかりました」


 この世界随一の大教団の最高責任者を逮捕か。間違いなく大捕物だ。そう思って、そして気づく。これこそ預言の『既存の教団を壊し』じゃないだろうかと。


 いや違う。単に今回はトップや教団の一部が腐っていただけだ。教団そのものを壊すつもりじゃない。


 そもそも俺にはアナボリックこの世界における使命なんてものは無い筈なのだ。間違って召喚されてしまっただけなのだ。筋肉神テストステロン本人から直接そう聞いている。

 だからきっと今回の件も預言とかとは一切関係ない事態だろう。


 だいたい俺はまだ6歳なのだ。あと2ヶ月で7歳になるし飛び級で初等部6年にはなっているけれど、それでもアナボリックこの世界では間違いなく児童。


 しかも仕掛けたのは俺じゃ無い。暗殺者を何人も送り込んでくる教団の方だ。つまり俺に責任はない。向こうが全部悪い。

 

 だから今回は気を楽にして見物に徹しよう。そう思えば楽しみな面もある。筋士団きしだんの精鋭と教団の戦いを直接この目で見ることが出来るのだ。


 本当は上級筋肉貴族同士の戦いの方を見たかった。それに父が心配ではないというと嘘になる。


 しかし今回は筋肉刑訴法の逮捕要件なんてものがあるから仕方ない。それに父の方は大丈夫だとリサが太鼓判を押していた。リサの言う事だから信じて大丈夫だろう。そう思うことにする。


 それに俺達の方の相手は筋肉神テストステロン教団の最高指導者だ。当然それなりの腕利きが護衛についているだろう。

 ならこちらだってそれなりに参考になる戦いが行われる筈だ。特等席で観戦できるのだし今はそれに期待しよう。


 もちろんこっちが負けるとは思っていない。当然第二筋士団きしだんはそれなりの精鋭を選んで送ってきている筈だし。


 王都トリプトファンが近づいてきた。行きの時以上の速度だから当然だ。

 当然門を警備している筋士きし団員の筋配けはいも感じられる。先程突破した後だからかそれなりに人数を増やして増強しているようだ。


「距離100mで一度停止してブランチチェーン規定の行使を宣言する。それが第一筋士団きしだんに通じても通じなくても通れるようになる筈だ」


 通じても通じなくても? どういう事だろう。

 走る速度が落ちる。そして俺達は門の前100mのところで停止。

 俺はリサの腕から下へと降りた。揺られていたせいで少しふらつくがすぐに元の感覚に戻る。

 

「トリプトファン北門を警備する第一筋士団きしだんの諸君! 私は第三筋士きし団長にしてブランチチェーン規定の三侯爵が一柱、パクトラリス侯爵である。

 私が本人である事を筋愛きあいにて確認するがいい。フロントダブルバイセップス!」


 うおっ! 洒落にならない! 父の奴、いきなり問答無用の一撃を放ちやがった。

 高筋圧こうきあつなんてものではない、まさに筋愛きあいの暴力。


 警備の騎士団員がバタバタ倒れる。そりゃそうだろう。前方で爆弾が炸裂したようなものだ。まともな人間が耐えられる訳はない。なまじ鍛えていて筋愛きあいに敏感な筋士きし団員ならなおさらだ。


 確かに父が言った通りになった。通じても通じなくても門を通れる状態には。

 しかしこれでいいのだろうか。俺は疑問に感じる。警備が全滅しては門が危ないだろう。悪魔カタボリックや魔獣の襲撃が無いとは言えないのだから……

 

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